チーズフォンデュ
冒険者ギルドから出ると、ちょうど夕食の時間だった。
シオン達はグライアの街を歩き、食事処を探した。
やがて、街の中央部に飲食街をみつけた。
「クレア、ペイモン。何を食べたい?」
シオンが、二人の近衛侍女に尋ねる。
「シオン様のお望みのままに」
銀髪金瞳のエルフの少女が慇懃に答える。
「ペイモンは、美味しくて量がタップリあるものが良いのです」
亜麻色の髪の少女は遠慮なく欲望を吐露した。
クレアが、ペイモンをたしなめ、シオンがそれを見て微笑する。
ふいに香ばしいチーズの匂いが鼻孔をついた。
「あそこにしてみるか」
シオンが、碧眼をチーズの匂いがしたレストランにむける。
「了解致しました」
「美味しそうなチーズの匂いなのです」
クレアとペイモンが、声を弾ませる。
レストランに入り、丸いテーブルにつく。
北欧風の木造建築だった。
すでに多くの客で賑わっている。客の割合は、冒険者が多いようだ。
「いらっしゃい。ご注文は?」
三十歳ほどの美人の店員が尋ねてくる。
「おすすめの料理はあるか?」
シオンが尋ねると、美人の店員が誇らしげに胸をはり、
「おすすめの料理と言ったらチーズフォンデュだね。これで決まりだよ」
と答えた。どうやら自慢の料理らしい。
シオンは三人前を頼んだ。
(チーズフォンデュか)
シオンは椅子に背をもたせ、足を組む。
間違いなく、地球人の転生者か、転移者。つまり【来訪者】が残したのだろう。
郷土の料理を食べたい、この世界にも根付かせたい、という想いはシオンにも理解できる。
俺も、未だに日本食が喰いたいという願望が強く残っている。
白米、醤油、味噌汁、納豆、思い出すだけで涎がでてくる。
西にある大国・神聖フソウ帝国では日本食が豊富にあるそうだ。
実家で読んだ本によると、神聖フソウ帝国の初代皇帝は『コノエ=サトル』というらしい。
『コノエ=サトル』は、間違いなく日本人、もしくは日本人の関係者だろう。日本食や、日本文化が相当あるだろうと、シオンは期待している。
神聖フソウ帝国に行くのが今から楽しみで仕方ない。
そう思っていると、チーズフォンデュが運ばれてきた。
美人の店員が、「よっこらせ」、と言って、大きなチーズフォンデュの鍋をテーブルの上に置く。
「おお、すごいな」
「美味しそうです」
「これは絶対美味しいのです!」
シオン、クレア、ペイモンが、チーズフォンデュの鍋に感歎する。
良質のとろりとしたチーズが鍋一杯に満ちている。
そして、黒パン、ジャガイモ、ソーセージ、べーコン、キノコ、カボチャなどが、別皿に添えてあった。
濃厚なチーズの匂いが立ち込め、食欲を強烈に刺激する。
シオン達は、ソーセージに長めのフォークを突き刺して、チーズフォンデュにつけた。
粗挽きのソーセージに熱々のチーズフォンデュがトロリとまとわりつく。
そして、各自の皿にソーセージを置くと、フォークとナイフで食べた。
シオン達が、ソーセージを咀嚼すると口内にチーズの味が溢れた。
濃厚でクリーミーなチーズの香りが染み渡る。
熱いソーセージを咀嚼すると肉汁が溢れ、チーズの味と混ざり合う。
(たまらない美味さだ)
シオンは夢中でソーセージを食べた。
強烈な食欲が、胃袋を直撃する。
シオンは、ソーセージだけでなく、ジャガイモ、キノコなどにもチーズフォンデュをかけて食べる。
クレアとペイモンもドンドン食べた。
あまりに美味すぎて、三人の若者は、暫し無言で食べ続けた。
シオンがフランスパンのような形状の大きなパンを千切ってチーズフォンデュにつける。
シオンを見習って、クレアとペイモンもパンを千切ってチーズフォンデュにつける。
チーズフォンデュのついたパンを口に入れる。
カリッとした表面のパンとチーズの味わいが口の中でとろけた。
幸福感が、シオン達の全身を包む。
三人はさらに無言で食べ続け、やがて水を一杯飲んだ。
木製のカップをテーブルにおくと、三人の口から幸福そうな吐息がもれる。
「最高だな」
「信じられない程美味しいです」
「ペイモンは、今日の感動を忘れません」
シオン、クレア、ペイモンが、それぞれの感想を口にする。
美人の店員に話を聞くと、この地帯は牛や羊の乳製品作りを昔から得意としていたそうだ。
チーズフォンデュは数百年前、ふらりと現れた『来訪者』が、この地帯に住み着き、広めたらしい。
「その来訪者に感謝だな」
シオンは水の入ったコップを傾け、感謝の意を表す。
クレアとペイモンもそれに習う。
そして、シオン達は食事を再開した。
最後に鍋の底に残ったおこげをしっかりと食べて、満足のうちに夕食を終えた。
その後、街の商店で牛肉、野菜、牛と羊のチーズを購入し、宿屋に戻った。
◆◆◆◆
翌日の朝、シオン達は再び〈奈落の迷宮〉に赴いた。
シオン達は十三階層で、昨日と同じく仮装用の衣装に着替えてダンジョンを降りていく。
十八階層に到着した時、クレアが、シオンに質問した。
「シオン様、今日はダンジョンで何をするのでしょうか?」
「そうだな。とりあえず迷宮守護者を倒す」
シオンは穏やかな語勢で答えた。
「め、迷宮守護者ですか?」
クレアが、夢幻的な美貌に驚きの表情を浮かべる。
「さすがシオン様です。凄いのです」
ペイモンが、無邪気に主人を褒める。
「し、しかし、迷宮守護者というのはダンジョンで一番強い存在ですよね?」
クレアの黄金の瞳に緊張の色が波打つ。
「ああ、迷宮守護者は膨大な魔力を持っているからな。その分だけ倒したら、魔力を大量に得られるわけだ。レベルアップには最適な存在だ」
シオンが答えた。
ダンジョンによっては迷宮守護者がいないダンジョンもあるが、シオンの経験上、このタイプのダンジョンには最深部に迷宮守護者がいる。
「さすがに初めてダンジョンに入ったその日に迷宮守護者を倒すのも味気ないからな。だから、二日目の今日にしたわけだ」
「そ、そうですか……」
クレアは不思議そうに小首を傾げた。味気ないとか、そういう問題ではない気がする。しかし、シオン様の言う事に間違いはない。
この御方は絶対の存在である。
「分かりました。シオン様のお望みのままに」
「ペイモンも、シオン様のご命令通りにするのです」
クレアとペイモンが、恭しく答える。
シオンたちは、ダンジョンの地下深くに降りていった。




