キャンプ
シオンたちは、ダンジョンに行くための準備を始めた。
目指すダンジョンは城塞都市ライオスから箱馬車で三日の距離がある。
シオンたちは食料を買い込むと宿屋に戻り、箱馬車に乗って城塞都市ライオスを出た。
そして、北方にあるダンジョンに向かう。
地図によると北方にあるダンジョンは、『奈落の迷宮』と呼ばれているらしい。
千年ほど前からあるダンジョンで、まだ最深部が何層なのかも不明だそうだ。
距離はシオンの箱馬車の通常速度で三日である。
日没と同時にシオンはクレアとペイモンに野営の準備を命じた。
クレアとペイモンが、近くの林から枯れ枝を集めて、魔法で火をつけて焚き火をする。
シオンは馬に水と塩を与えた後、料理をはじめた。城塞都市ライオスで、良いチーズと鶏の肉を買えたので、今夜は、クリームシチューである。
シオンは、前世で一人暮らしが長かったので、料理は得意である。
手際よく、肉や野菜を切り、シチューを煮込んでいく。
「美味しそうな匂いなのです~」
ペイモンが子犬のように甘えてシオンの腰にしがみつき、シチューを煮込んでいる鍋を見る。
料理しているお母さんの腰にしがみつく子供みたいだな、とシオンは思う。少し料理がしにくい。って、俺はお母さんかいな。
「ペイモン、シオン様の邪魔をしてはいけません」
クレアが、ペイモンの両脇に手を入れて持ち上げて、ペイモンをシオンから引き剥がす。
「料理が出来るまで、稽古でもしていてくれ」
「料理のお手伝いをしなくても宜しいのでしょうか?」
クレアが、黄金の瞳に申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「いやいや、俺は料理が好きだからな。趣味みたいなものだ。クレアとペイモンは稽古するなり、遊ぶなりしてなさい」
シオンが慌てて言う。クレアとペイモンは有能だし、器用だが、なぜか料理が下手すぎる。
見た目が美味そうな料理をつくるのだが、味が毒ではないかと見紛うような料理を仕上げるのだ。
シオンは過去にクレアとペイモンの手料理を食べて、腹痛で三日間寝込んだ事がある。毒を盛られたのではないかと錯覚するほどだった。
二度とクレアとペイモンに料理をさせたくない。
「かしこまりました」
「クレアと稽古をするのです」
クレアとペイモンが、優雅に一礼して下がる。二人は、離れた場所で戦闘術の基礎的な鍛錬をはじめた。
シオンは、安堵の吐息を出して、クリームシチュー作りを続けた。
「美味しいです」
「最高です~」
クレアとペイモンが、シオンの作ったクリームシチューを食べていた。 焚き火を囲み、丸太の上に腰掛けて食べる。
野外で食べるのも風雅なものだ。
夜空には半月が浮かび、空は満天の星空である。
心地良い夜風とともに食べる食事はとても美味い。
「城塞都市ライオスは、海産物が取れず、川魚も少ない。そのため牧畜が発達したらしい。畜産が得意で、牛、豚、鶏などが美味くて有名な街だそうだ」
シオンが、クリームシチューを食べながら説明する。
「さすが、シオン様です。いつもながらの博識に感服いたします」
「シオン様は何でも出来るし、何でも知っていて凄いのです」
クレアとペイモンが、尊崇の眼差しをシオンにむける。
「観光案内の本に書いていただけさ」
シオンが、苦笑を碧眼にゆらし、クリームシチューの牛肉を咀嚼する。 チーズとミルクの味が口に広がり、同時に溶けるように柔らかい牛肉が味覚を刺激する。
少し噛むだけで牛肉が雪のようにとろける。
シオンの料理の腕もあるが、やはり食材が良い。
チーズ、ミルク、野菜、肉、当然ながら全て無農薬である。味が根本から違うのだ。
ニンジン一つでも、生で喰っても美味いレベルである。土に育まれた自然の芳醇な味わいだ。
シオンの特製クリームシチューと黒パンを食べ終わると、シオンがクレアとペイモンに戦闘術の訓練を施した。
明日にそなえて寝る事として、シオン達は箱馬車に入った。
箱馬車に入るとそこは、調度品は比較的豪華だが、普通の箱馬車の室内だった。
床板の上に絨毯が敷かれ、荷台や、寝具、収納用の箱などが置いてある。
シオンが、床に置いてある絨毯の上に立つ。
そして、魔法を発動させると絨毯が光った。
転移魔法で、箱馬車の室内と連結させた亜空間に移動する。
シオン達の視界に広く豪奢な室内が広がっていた。
三十人は入れるスペースがある居間があり、扉の奥にはトイレや、寝室、風呂場がある。
調度品や家具などは全て実家のヴァーミリオン伯爵家から持ってきたものだ。
シオン、クレア、ペイモンは汗を流すために風呂場に向かった。
シオンが、水魔法でお湯を生成して浴槽に流し込む。
十人は楽に入れる大理石で出来た浴槽にシオンたちはゆったりと浸かった。幼い頃から、三人で入浴していたので、三人で湯船に浸かるのが習慣になっていた。
(ノンビリと旅行するのが、こんなに心地良いとはな……)
シオンは湯に肩まで浸かりながら思う。
前世でも大陸各地を移動したが、ほとんど仕事だった。皇族や王族の命令や依頼を受けて、外交調停や、自然災害の後始末、魔物退治等の任務のために駆けずり回り、気の抜ける時間がほとんどなかった。
こうやって、美味しいモノを食べて、気ままにキャンプをして、湯に浸る。こういうことが、こんなに楽しく心癒やされるとは……。
シオンが目を閉じて微笑していると、クレアとペイモンが、シオンに視線をむけてきた。
一糸まとわぬ裸体をシオンの近づけて湯船に正座して、主人を見る。
年相応に発達した肢体が、湯船の中で輝いている。二人ともシミも黒子もない美しい肌をしていた。
シオンはクレアとペイモンの視線に気付いて、
「どうかしたのか?」
と二人に尋ねた。
「いえ、なんだかシオン様が遠くにおられるような気がして……」
クレアが、黄金の瞳に不思議そうな、そして、心配そうな表情を浮かべる。
「ペイモンもそう思ったのです。なんだか、近くにいるのに遠くにいるような気がしました」
ペイモンも、なんとなく寂しそうな顔でシオンを見る。
「気にするな。考え事をしていただけだ」
(以外に二人とも鋭い)
そういえば、二人とも十三歳だ。成長にともない観察力が上がっているのだろう。注意しよう。
シオンが、湯船から出て身体を洗おうとすると、
「シオン様、お身体を洗わせて頂きます」
「ペイモンも、お身体を洗うのです」
クレアとペイモンが、張り切って言う。
「ああ、頼む」
シオンは、クレアとペイモンに背中を流して貰い、足や手を洗ってもらった。
入浴を終えると、全員寝間着に着替えて寝室にむかった。
クレアとペイモンが、当然のようにネグリジェ姿でシオンの両隣に寝る。
「お前達、まだ一人で寝られないのか?」
シオンが、両隣に寝転ぶクレアとペイモンに問う。
「……あ、あの……はい。まだ……」
クレアが、シオンから黄金の瞳をそらし、頬を染めてシオンに足をからませて、シオンの胸に頭をよせた。
「ペイモンもです。みんなで寝た方が楽しいのです」
ペイモンが、満面の笑みでシオンの胸にコトンと亜麻色の頭をおいて、シオンを抱きしめる。
「二人ともできるだけ早く一人で寝られるようになれよ」
シオンが、吐息して目を閉じる。
「……一生、シオン様と一緒に寝たいです」
クレアが頬を染め、ぼそりと呟いた。
「何か言ったか?」
「いえ、何でもありません」
クレアは端麗な顔を真っ赤にして、シオンにしがみつくように抱きついた。
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