冒険者ギルド
咀嚼するとパイのパリッとした皮の食感と、溶けるように柔らかい牛肉が、口内で同時に溢れる。肉汁が味覚を刺激し、香ばしい匂いが、口全体をつつむ。
「美味い」
「美味しいです」
「最高なのです!」
シオン、クレア、ペイモンが同時に言う。
名物料理というのに相応しい味だ。
しばし、三人は無言で、牛肉のパイ包みを食べ続けた。止まらない美味さだ。
「うん。これは牛の質が良いのかな? とても、良い牛肉だ」
シオンが、独り言を言うと、店員のソバカスの少女が後ろから口を挟んだ。
「当然さ。牛肉のパイ包みに使われる牛は厳選された最高の牛だけさ。どうだい? 溶けるようだろう? 牛のヒレ肉の一番良い所をつかっているのさ」
店員のソバカスの少女が、胸を張って説明する。少女はこの店のオーナーの一人娘らしい。この店は、農家と契約して特選された牛肉だけで、牛肉のパイ包みを使っているのだ。パイ包みの方にも秘伝の料理法が使われているという。
「そういう訳で、うちの店の牛肉のパイ包みは、大陸一美味いわけさ」
ソバカスの少女が、胸をさらに大きく張り出し、胸がプルンと震える。ついでに腰を微妙にふってスカートがめくれた。白い下着がチラリと見える。
(なるほどね。シャトーブリアンを使用しているのか。美味いわけだ)
シオンは納得した。
しかも、農薬が入った飼料を使用していない牛肉だ。美味いのは当然だろう。
「あう~。もう食べ終わっちゃったのです」
ペイモンが、端麗な顔に落胆の表情をつくる。この世の終わりのような顔だ。
「これをあともう三皿頼む」
シオンが、ソバカスの少女に頼む。
「あいよ。良い食べっぷりだね。お兄さん。私はそういう男の人が好きだよ!」
ソバカスの少女が、シオンの背中に抱きつき、胸を押し当てる。少女の大きな胸の感触がシオンの背中越しに伝わる。
サービスの仕方が上手いな手慣れてる、とシオンは思う。
「むっ」
クレアの瞳が鋭く細まる。
「う~」
ペイモンも子犬のような警戒の唸り声をあげる。
三人でもう一皿ずつ牛肉のパイ包みを食べて満足した後、シオン達は店を後にした。
お会計は結構高かった。金を払う時、ソバカスの少女が、シオンにこっそりと囁いた。
「また来てね。お兄さん。こっそりお尻や胸を触らせたげるよ?」
「魅力的な提案だな。検討しておくよ」
シオンは苦笑で返す。
「言っておくけど私は誰でも誘うような尻軽じゃないよ? お兄さんが好みのタイプなのさ」
ソバカスの少女が、頬をうっすらと染めてシオンの耳に吐息を吹きかける。
「シオン様! はやく冒険者ギルドに参りましょう!」
クレアが、シオンの服の裾を強く摘まむ。
「う~」
ペイモンが、さらに威嚇の唸り声を出す。だが、顔が可愛らしいので迫力が全くない。
そばかすの店員少女が、クレアとペイモンに愛想良く手をふった。
この程度は、俗世間ではよくある事だ。
(クレアとペイモンは免疫がないし、世俗に疎い。これから色々、教えていかないとな)
シオンは内心で肩をすくめて店を出た。
シオンたちは冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドは中央市街地の西部区域にあった。
存外、大きくて綺麗な外観をした石造りの建物だった。
ドアを開けて入ると、清潔で広い吹き抜けの広間があった。
酒場はなく、粗暴な外見をした輩も、酔っ払いもいない。
見た目は健全な感じである。
もっと怖い所を想像していたクレアとペイモンは、心中で安堵の吐息をもらした。
シオンは受付に向かい、職員に話しかけた。
受付の胸の大きな二十代後半の女性が、
「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご用件はなんでしょうか?」
と丁寧な挨拶をよこした。
「冒険者ギルドに登録して冒険者になりたい」
シオンが言う。
「後ろのお嬢様お二人もですか?」
「ああ」
「では、こちらの身分証明書を提示し、こちらの用紙をよく読んだ後にご記入をお願いします」
シオンは、ヴァーミリオン伯爵家のネックレスを身分証明書にした。そして、羊皮紙を読んだ。
要約すると以下のような事が書かれていた。
1,冒険者ギルドの正式名称は、『大陸冒険者組合連盟』という。
2,冒険者ギルドは、大陸全土の国家群と友好的な関係性を保つことを目指している。
3,冒険者ギルドの関係者は、平和と公益の為に働く事を第一義とする。
4,冒険者ギルドに登録すると冒険者となり、冒険者ギルドから様々なサポートを受けることができる。
5,サポート内容は、各種の情報の提供。
魔獣、魔物、魔人族、野盗、山賊などの動向の告知。
仕事の仲介。
報酬の受け渡し。
武器屋、防具屋、魔導具屋などの優良店の紹介。
地理案内。代筆。素材の買取。貨幣の両替。郵便業務など。
なお、情報は常に更新される為、冒険者は、冒険者ギルドで定期的に情報を受け取る事が望ましい。
6,登録の条件、及び要綱。
冒険者となるためにはテストを受けて合格する必要がある。
なお、テストの結果、現状において、一定レベルの戦闘能力を有しない場合でも、強くなる意志と崇高な理念があれば、特例として冒険者として認める場合がある。
高度な特殊技能がある場合、戦闘能力が低くても冒険者として認定される。
なお、冒険者カードに情報は随時更新される。冒険者カードは、冒険者自身が責任を持って管理する事。
紛失した際は規定の料金を払った後に再発行できる。
7,脱退する場合。
冒険者ギルドからの脱退は、本人の意志があればいつでも脱退可能である。
8,ランキング。
冒険者は、SからFまでのランクがある。
規定の依頼をこなすか、もしくはランクに見合うだけの戦闘能力を有した場合、昇級が可能。
なお、違法行為。著しく倫理と道徳に反した行為。他の冒険者を私益の為に殺害した場合などは罰金もしくは、冒険者資格を剥奪する。
9,緊急事態条項
国家滅亡レベルの危機。大陸全土を巻き込む騒乱。魔人族による人類『シオン注釈……この世界での人類とは人間族と亜人を含んだ総称である』への大規模な攻撃。または人類滅亡の危機がある場合、冒険者は冒険者ギルドの命令に服し、戦う義務を課せられる。
シオンは規約に了承し、クレアとペイモンに説明した。
その上で、名前などを記入し、受付嬢に渡す。
「ありがとうございます。この後、冒険者に相応しいかのテストを行います。これより係の者がお連れします。なお、テストは実践形式の試合となります。お怪我をする場合もありますが、万が一死亡しても、当ギルドは一切の責任を負いかねます。その覚悟がおありでしたら、どうぞテストを受けて下さい」
受付嬢が言うと、シオンは、
「了解した。負傷しても死亡しても、一切文句はいわない」
と答えた。
やがて、女性の係員が奥から現れて、シオンたちを案内した。
ギルドの建物の奥に入り、広い廊下を歩く。
やがて、ギルドの裏にある野外の練兵場に出た。
円形のコロシアムのような場所だった。
観客席まである。
地面は砂地になっていた。
コロシアムの中心部には、一人の壮年の男性がいた。
年齢は四十歳前後。
灰色の髪と瞳をした屈強な体格の男だった。身長は百九十センチはあるだろう。
頬に刀傷があり、猛者だと一目で分かる雰囲気がある。




