牛肉のパイ包み
シオンは、ライオス侯爵へ挨拶に行くために着替えをはじめた。
目上の爵位の貴族に会うのだから、それなりの格好をしないといけない。
シオンは黒を基調とし、青色で装飾された上等な絹と革の服をきた。
クレアは、白を基調として黄金で装飾された絹服。
ペイモンは、亜麻色を基調として、翠緑色で装飾された絹服をきた。
着替え終わるとすぐにライオス侯爵のいる丘の上の城に徒歩でむかう。
ライオス侯爵の居城に行くとすぐに城内に案内された。
シオンは、侍従に案内されて執務室にとおされた。
瀟洒な部屋にライオス侯爵がおり、シオンが入室すると笑顔でむかえてくれた。
「よくぞ来てくれた。歓迎する」
ライオス侯爵は、五十一歳。中背で恰幅の良い体格をした男性だった。
笑顔が温和であり、誠実そうな雰囲気をしている。
「お初にお目にかかります。ヴァーミリオン伯爵家当主エルヴィンの孫、シオン=ヴァーミリオンにございます」
シオンは胸に右手をあてて、頭を垂れた。完璧な貴族の礼法である。前世で多くの皇族、王族と謁見してきたため、礼法はお手の物である。
シオンの後ろで、クレアとペイモンが、淑女の礼法で一礼する。二人とも完璧な礼法だった。
「おお、エルヴィン卿の薫陶よろしきを得ているようだな。見事な礼法だ。後ろの侍女の礼儀も見事であるな」
ライオス侯爵は、素直に称賛した。
「お褒めにあずかり光栄に存じます」
「エルヴィン卿からは、若いころに世話になった事があってな。卿のことも、エルヴィン卿からの手紙で存じておった。
『神童』『天才』『ヴァーミリオン伯爵家の威光を大陸全土に知らしめる逸材』とたいそう自慢しておられた」
(そんなことを手紙で書いてたのか、お爺さまは……)
シオンは心中で呆れた。少しは謙遜という事を学んでほしい。
「左様なことはございません。私は浅学非才の身。ライオス侯爵のような人生の先達に御指導、ご鞭撻をお願いしたいものにございます。それとこれは我が祖父よりの書状にございます」
シオンが、洗練された仕草で書状をライオス侯爵にてわたす。
「うむ。よい態度だ。その若さで礼儀を弁えているだけでも、立派な事だ」
ライオス侯爵は大いに気分をよくした。礼儀を弁えまえる若者は年上の人間に好かれるものである。
「良ければ我が城に滞在せぬか? 我が娘を紹介するぞ?」
ライオス侯爵が、笑顔で言う。
「有り難いご厚情でございますが、なにぶん、修行中の身。宿屋は既に取ってありますゆえ……」
「そうか。これは餞別だ。若い時には遊ぶにも金がかかるものだ。とっておいてくれ」
ライオス侯爵が、目で侍従に指示をだす。
侍従が、銀貨のつまった袋を御盆のような台の上においてシオンに差しだす。
「ありがとうございます。感謝申し上げます」
シオンは、一礼して受け取る。こういう金は受け取るのが礼儀である。
その後、数分雑談して、シオンはライオス侯爵の城を辞した。
◆◆◆◆
「ライオス侯爵は良い御方でしたね」
街へ降りる階段を下りながらクレアが言う。
「ああ、中々、爽やかで良い御仁だった」
シオンが、答える。
「お小遣いをくれて良い人なのです。ご飯がたくさん食べられるのです」
ペイモンが、幸福そうな笑顔を翠緑色の瞳に浮かべる。
「そうだな。まずは昼食とするか」
シオン達は、中央市街地で飲食店を探した。
(ところで、城塞都市ライオスの名物料理とかはあるのかな?)
とシオンは思いながら歩いた。
無計画だが、行き当たりばったりというのも存外、面白い。探すのもまた旅の楽しみだ。
中世のドイツの街を思わせる綺麗な景観をノンビリと見ながら歩くのも楽しい。
やがて、多くの飲食店が建ち並ぶエリアについた。
店の数が結構多くて、目移りする。
その中で、立て看板でメニューが道に置いてある店があった。
『城塞都市ライオス名物料理発祥の店』
と立て看板に書いてある。
白い外装の瀟洒なレストランで、道までテーブル席が出ていて食事を楽しむ客達が見える。
客達は非常に美味そうに料理を食べていた。
(なんとなく美味そうな予感がするな。まあ、客が美味そうに食べている以上、一定レベルの料理は出てくるだろう)
「よし、あそこにしてみよう」
シオンが、店を決めた。
「了解致しました」
「はいなのです」
クレアとペイモンが答える。
店に入ると17歳ほどの可愛いソバカスの少女が、テーブルに案内してくれた。
やたらと露出の多い給仕服を着ている。
胸の谷間が丸見えで、スカートは短く若々しい綺麗な太ももが露出している。
客引きの為に扇情的な衣装をしているようだ。
「この城塞都市ライオスの名物料理があったら、教えて欲しいのだが」
シオンが、店員の少女の訪ねた。
「なんだ、お兄さん。ライオスの名物料理も知らないのかい? ライオスの名物料理といえば、『牛肉のパイ包み』だよ。城塞都市ライオスの人間なら全員これが大好きさ。ちなみにウチの店が一番美味いよ!」
「じゃあ、それを三人前。それと黒パンと水を三人分だ」
「了解だよ。少し待っててね、お兄さん」
店員の少女が、弾むような声で言ってその場を離れる。
少女のスカートが翻り、わずかにお尻の白い下着が見えた。
三十分ほどで料理が運ばれてきた。
「お待たせ!」
店員の少女が、テーブルの上に料理を並べる。露出した胸をグイっとシオンに見せつけるようにして料理を並べていく。
「これが城塞都市ライオスの名物料理。『牛肉のパイ包み』か」
シオンは前世に地球で肉のパイ包みを食べた事があるが、クレアとペイモンは、牛肉のパイ包みを珍しそうに見た。
ヴァーミリオン伯爵家ではパイ包みという料理がなかった。パイで包むのは、お菓子の類いである。
「牛肉をパイで包むのは変な感じですね」
クレアが、率直な意見を言う。パイは甘いものを包むお菓子という印象があるのだ。
「でも、ふんわりして美味しそうなのです。匂いが最高です」
ペイモンが、翠緑色の瞳を輝かせた。
「とりあえず、食べよう」
シオンが、ナイフとフォークで牛肉のパイ包みを食べ出すと、クレアとペイモンも食べ出す。
シオンが、牛肉のパイ包みを口に放り込んだ。




