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旅立ち ~そして冒険へ~

 四月八日。

 柔らかい春の陽射しが、ヴァーミリオン伯爵領に降り注ぎ、地面には春の花が咲き乱れていた。


 シオンは、十七歳。

 ペイモンとクレアは十三歳になっていた。


 今日は、旅立ちの日である。

 ヴァーミリオン伯爵家の城の前に四頭立ての箱馬車が停車していた。

 シオンの旅立ちを前にして、ヴァーミリオン伯爵家の使用人たちが勢揃いして立ち並ぶ。

 当然、ヴァーミリオン伯爵家当主エルヴィンとビアンカの姿もあった。


「シオン坊ちゃま、どうか御元気でいて下さいね。毎日、朝夕に私に手紙を下さい。それと、風邪をひかないようにして下さいね。毎日、下着を取り替えて、起床したら顔を洗い、寝癖もちゃんと直すのですよ?  それと夜、眠る前にはちゃんとトイレに行って、歯を磨いて下さいね? 

 それと、お酒は程々にして下さいね? 食事はよく噛んで食べて下さいね。それと絶対に無事に帰ってきて下さいね? それと……」


ビアンカが、心から心配そうな表情でシオンを見る。


「分かった、分かった。必ず無事に帰る。約束するよ、ビアンカ」


 シオンが苦笑を碧眼に揺らして答える。


「心配です。とても心配です……。私もやはりついて行った方が良い気がしました……」


 ビアンカが、シオンを抱きしめる。そして、豊満な胸にシオンの顔をうめるように抱擁する。


「むぐっ、ビアンカ。心配し過ぎだ。大体、お前がいなくなったら、我が伯爵家の運営が成り立たなくなるだろうが!」


 シオンが指摘する。ビアンカは執事であり、ヴァーミリオン伯爵家の財政や行政、人事を取り仕切っている。

 有能なビアンカがいなければ、ヴァーミリオン伯爵家は領地経営が立ち行かなくなるだろう。


「クレア」


 ビアンカが、愛娘に黄金の瞳をむける。


「はい。お母さん」


 クレアが背筋を伸ばして答える。


「旅の道中、シオン様のお世話と警護は貴女の任務です。シオン様に命をかけて尽くすのですよ。そして、どのようなご命令でも必ず従うように」

「はい。必ずや」


 クレアが、丁重に答える。


「ペイモンも、シオン坊ちゃまを宜しくお願いしますね」

「はいなのです」


 ペイモンが、可愛らしい顔に微笑を浮かべる。

 祖父エルヴィンが、シオンの肩に大きな手をおいた。


「シオンよ。大いに学び、遊び、働けよ。存分に青春を謳歌してこい」

「ありがとうございます。お爺さま」 


 シオンはビアンカから離れて言う。

 シオン、クレア、ペイモンは、箱馬車に乗った。

 御者台にいるシオンが、馬に進むように命じる。

 四頭の軍馬が主の命令に応じて嘶き、前進した。


「お爺さま、ビアンカ、みんな、行ってきます」

「行って参ります」

「お土産、たくさん持って帰るのですぅ~」


 シオン、クレア、ペイモンが、手を振って別れを告げる。

祖父エルヴィンは微笑して見送り、ビアンカは瞳に涙を滲ませた。使用人達はシオン達の旅の無事を神々に祈った。

 

 







やがて、振り返っても城が見えなくなった。

 シオンは御者台で手綱を取りながら空を見た。


 透き通るような紺碧の空がどこまでも広がっている。 

 前方には地平線が広がり、万年雪の山脈が碧眼に映り込む。

 ふいに鳥の鳴き声が響いた。

 シオンが、碧眼をむけると紺碧の空に、野鳥が気持ちよさそうに飛翔している。


(旅に出たんだな)


 その実感がシオンの胸にせまる。

 転生してから、十七歳まで一度も領地から出た事がなかった。

 今更ながらに感慨深いものがこみ上げる。

 希望、充足感、開放感、そして、少しの寂しさが胸に去来する。


(思えば前世では孤児だったからな。……初めて家族というのを知ることが出来た……)


 お爺さま、ビアンカ、あの二人にタップリと愛情を受けて育った。

 家族愛というものを教えてくれた。 


(ありがとう……)


 シオンは心からそう思った。

ふと、シオンは後ろに声をかけた。


「クレア、ペイモン」

「はい」

「はいです」


 後ろにいるクレアとペイモンが、身を乗り出す。


「領地から出て寂しくないか?」


 シオンが、尋ねる。


「お母さんと離れるのは少し寂しいですが、でもまた帰ってこれますし、それにシオン様とペイモンと一緒に旅行するのが楽しみです」


 クレアが、弾んだ声を出した。


「ペイモンも、シオン様とクレアと一緒に旅をできて嬉しいのです」


 ペイモンが、クレアを抱きしめて頬ずりしながら言う。


「そうだな。とても楽しみだ」


 シオンは手綱を握って前を見た。存分に旅行を楽しもう。

 とりあえず、最初に行くのは、城塞都市ライオスと決めている。

 ここから西の方角にある城塞都市だ。

 行く理由は単純に一番近くで、人口が多い都市がライオスだからだ。


 城塞都市ライオスに到着したら、まず冒険者ギルドに登録して冒険者になると決めている。

 シオンが旅する名分はあくまで貴族としての修行だ。

 冒険者としてある程度、実績を上げないと示しがつかない。


 その先についてはある程度候補や計画があるが、状況におうじてノンビリ決めていこうと考えている。


 前世では、ビッシリとスケジュールが決まっているケースが多かった。 現世では少しは気儘な旅をしたい。


 貴族の修行は融通が利いており、ある程度の遊びは許される。

 まあ、本当に遊ぶ事しかしない貴族のボンボンも多いからそれはそれで問題があるらしいが……。


「シオン様、隣に行っても宜しいですか?」


クレアが、頬をわずかに染めて言う。


「ペイモンも隣に座りたいですぅ~」


 ペイモンも身を乗り出す。


「ああ、いいよ」


 シオンが許可するとクレアとペイモンが、御者台に移動する。

 二人とも身体能力が高いので、猫のように優美で素速い動作で座った。 シオンの右にクレア。左にペイモンである。


「この馬車は本当に揺れが少ないですね」


 クレアが、感心した表情を浮かべる。


「普通の馬車と違って乗り心地がいいのです~」


 ペイモンが、身体を左右に揺らしながら言う。


「衝撃吸収の魔導具マジックアイテムをはじめとして、快適な走行を可能にする魔法や魔導具マジックアイテムを幾つも使用しているからな」       


シオンが答える。

 快適な旅には快適な乗り物が欠かせない。


「さて、お昼前ですからオヤツの時間なのです」


 ペイモンが、美声を発して手提げ袋からオヤツを取り出した。


「いや、それはおかしくないか?」


 お昼前にオヤツは変だろう?


「シオン様、美味しいお菓子はいつ食べても美味しいのですよ?」


 ペイモンが、シオンを諭すように言う。


「はい。あ~んなのです」


 ペイモンが、クッキーをシオンの口に差し出した。ビアンカが作ってくれたお手製のクッキーである。  

シオンは、微苦笑を碧眼に浮かべて、クッキーを頬張った。うん。いつも通り、ビアンカのクッキーは美味い。


「はい。クレアもあ~んなのです」

「は、はい」


 クレアも、少し恥ずかしそうにペイモンの差し出すクッキーを食べる。


「美味いな」


 シオンが、ボリボリとクッキーを咀嚼しながら言う。


「ええ、とっても」


 クレアもクッキーを片手に言う。クレアも少々、旅で浮かれているようだ。


「楽しい旅になりそうだ」


 シオンは、端正な顔に笑みを浮かべ、前方に広がる青空を眺めた。


 



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