神像
シオンは『収納魔法』で、亜空間からクレアとペイモンの衣服を取り出した。クレアとペイモンが、新しい服に着替え終わると、すぐに魔人族フリードリッヒの研究所の調査を開始した。
フリードリッヒの研究所は、洞窟の中にあり、数十の部屋に分かれていた。洞窟内は、薄暗く、シオンは照明魔法を使った。
シオン、クレア、ペイモンは、罠に注意しながら、研究所を探索した。
フリードリッヒの残した研究の書類、魔導具、金銀財宝などを残らず回収し、シオンの収納魔法で格納する。
「シオン様の収納魔法は本当に便利なのです~」
ペイモンが感心して言う。
「俺もそう思う。これがあると利便性が桁違いだ」
そう言いつつシオンは、室内にある研究書類の束を収納魔法で亜空間にしまい込んだ。
「めぼしいモノはもうないかな……」
シオンが、そう呟きつつ、研究所内を歩く。
やがて、シオンたちは、扉をみつけた。
その扉は、豪華な装飾が施されていた。明らかに他の部屋と違う。
「この扉だけ、随分と贅沢な装飾がしてありますね」
クレアが、黄金の瞳を扉にむける。
「ああ、そして、こういう場合は、危険も多い」
シオンがそう言うとクレアとペイモンが、警戒して身構えた。
シオンが、クレアとペイモンを庇うようにして扉を開ける。
シオンの照明魔法で作り上げた光球が、先導して室内に入る。
部屋が、白い光りで照らし出された。
そこはドーム状の部屋だった。
天井、壁、床に禍々しい装飾がある。
室内の中央に、赤黒く輝く物体があった。
(なんだこれは?)
シオンが、碧眼に訝しむような表情を浮かべる。
その物体は、石造りの台座の上にあった。
何らかの宗教の神像を思わせるものだった。
だが、キリスト教のマリア像や、仏教の観音像のように、神聖で清浄な印象のものではなかった。
その神像は禍々しく、不吉な凶兆をはらんでいた。
大きさは二メートルほどで、人型をしていた。
玉座の上に座っており、背中には十二枚の翼がある。
首から上がなく、頭部がない。
右手には剣を持ち、左手には、苦悶に喘ぐ人間の少女の生首を抱えている。
よく観ると玉座は、すべて人間の骨を集めて作られたものだった。
シオンが、近づいて観察する。
(大理石で作られ、魔法で淡く赤黒い発光がするようにしてある)
シオンは、感知魔法で調べたが、罠もなく、なんらかの魔法による呪詛もない。
だが、なんという忌まわしく、邪悪な神像だろうか。観ているだけで気分が悪くなる。
「……なんだか、凄く不気味な像ですね」
クレアが、黄金の瞳に嫌悪の光りをよぎらせる。
「ペイモンは、怖くて近寄りたくないのです~」
ペイモンは、クレアの腕を取りながら、離れて怖々と観る。
「おそらく、これが『唯一神』とやらだろうな」
シオンが、小さな声で独語する。
魔人族フリードリッヒが言っていた『唯一神』。
その神を崇める為の神像だろう。
前世の魔人族と現代の魔人族の違いは、この『唯一神』とやらだ。
(魔人族のようなプライドが異常に高い種族が、神を崇めるとは世の中も変わったものだな……)
シオンはなんとなく年寄りくさい感想を心中で述べた。
「さて、と」
シオンは、右手を軽くふった。
小規模の爆裂魔法を無詠唱で発動する。
爆音と爆風、そして閃光が、室内に弾けた。
不気味な神像が、台座ごと木っ端微塵に砕ける。
「キャッ!」
「むう~!」
クレアとペイモンが、シオンの背後で小さく悲鳴を上げる。
いきなり爆発させるから驚いたのだ。
「ば、爆破するのですか? てっきり回収されるものとばかり……」
クレアが、驚いて尋ねた。
「おれの直感だ。持っておくと厄介な事が起きそうな気がしてな」
シオンは微笑して答える。
前世で、三百年間戦い続けて出来た経験値から来る直感である。
論理的かつ合理的な思考も好きだが、直感もまた大事だ。
そして、シオンは自分の直感によって事態が好転した事、また危機を回避した事が幾度もある。自分の直感には、いささか自信がある。
「この研究所にもう用はない。帰ろう」
シオン達は研究所を後にした。
◆◆◆◆
シオンたちが、飛翔してヴァーミリオン伯爵家騎士団の元に帰ると、ビアンカの怒られた。
「シオン様! 心配したのですよ! ご無事ですか? 何処かお怪我は?」
ビアンカが、シオンの身体に取りすがり、怪我ないかをアチコチ触って確認する。
「大丈夫だ。どこも怪我はない。こらドサクサに紛れて、胸や股間を触るな!」
シオンがビアンカを突き放す。
「お触りは、元教育係としての特権です」
ビアンカが悪びれずに言う。そして、クレアとペイモンに視線をむける。
「クレア、ペイモン。貴女達がいきなり消えて心配しました。どこに怪我はありませんか? どこか痛くないですか? そもそも、二人とも何処にいたのですか?」
ビアンカは、クレアとペイモンが魔人族フリードリッヒとの戦いを見学していたのを知らない。そもそも、シオンが、クレアとペイモンを連れ去り、移動させるという一連の動きが速すぎて、何が起きたのかすら分からなかったのだ。
ビアンカたちには、クレアとペイモンは、神隠しにあった様にいきなり消えたとしか思えなかった。
「どうやら、怪我はないようですね」
ビアンカが、心底安堵した吐息をした。ヴァーミリオン伯爵家に仕える執事である以上、シオンを最優先に考えねばならないが、愛娘のクレアの身を案じるのは当然だった。ペイモンも愛娘同様の存在である。
「二人とも、今後はふらりと消えてはダメですよ」
ビアンカが、クレアとペイモンを二人同時に抱きしめた。
「お母さん、申し訳ありません。ご心配をおかけしました」
「ごめんなさいなのです~」
クレアとペイモンは、ビアンカを抱きしめ返した。
後日、ビアンカは、クレアとペイモンが、シオンと魔人族フリードリッヒとの戦闘を見学していた事を知り、気を失いかけた。
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