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エピソード  『前世』  世界最強の男

 20万をこえる魔物の大軍が、平原を進軍していた。


 大鬼オーク小鬼ゴブリン蜥蜴人リザードマン吸血鬼ヴァンパイア巨人ジャイアントなど、あらゆる系統の魔物が陽光のもと隊列を組んで進んでいる。


 20万の軍勢は全て狼王おおかみおうザイカロスの配下だった。


 狼王ザイカロスは『魔王』と呼称されている。


 魔王とは強大な魔物につけられる呼称であり、人間、魔物双方から畏怖される傑出した大怪物を指す言葉である。


 狼王ザイカロスは大軍の後方に位置し、威風堂々と平原を歩んでいた。


 狼王ザイカロスは、狼に似た姿をしており、体長は20メートルをこえている。


 全身は銀色の体毛で覆われ、陽光を受けて銀色に輝いていた。


 人間以上の優れた知能を持ち、赤い瞳は凶悪に光り、全身から膨大な魔力が蒸気のように立ち上っている。


 狼王ザイカロスは、この半年で麾下の軍勢20万を率いて、人間の城塞都市5つを陥落させ、20万人の人間を虐殺した。


 そして、今、6つめの城塞都市を陥落させるべく進軍中だった。


 狼王ザイカロスの目的はこの国を蹂躙し、人間・亜人を服属させ奴隷化し、支配することだった。


 その目的は必ず達成できると狼王ザイカロスは確信していた。


(人間も亜人も脆弱だ)


 狼王ザイカロスはそう思っていた。


 現に狼王ザイカロスの軍勢の前に、人間の軍隊はことごとく殲滅された。


(俺の行く手を阻むものなどおらぬ。このままこの国を蹂躙し、人間も亜人も俺の奴隷としてくれる) 


 狼王ザイカロスの赤い瞳に冷笑が満ちた。


 劣等種族である人間と亜人を支配し、奴隷化する。それは魔物の本能であると同時に、天命だと狼王ザイカロスは確信していた。


 弱肉強食こそが魔物の考える摂理であり、弱者である人間や亜人は抹殺されるか、奴隷として自分に従属するのが当然である。


あと三日も進軍すれば、次の城塞都市に到達する。


 その城塞都市を陥落させれば次は王都だ。


 この国の王族たちの前で、人間どもを殺戮し、最後には王族どもを俺が自ら食い殺してやる。


 泣き叫ぶ人間どもの恐怖に満ちた顔。


 大鬼オーク小鬼ゴブリンに犯される女どもの悲鳴。


 それらを想像しただけで、愉悦がこみ上げる。


 これ以上の娯楽はない。


 狼王ザイカロスは、巨大な口から狂笑をもらした。






その狼王ザイカロスを天空から1人の人間が見下ろしていた。


 高度100メートルの空に浮かぶその人間は、無言で狼王ザイカロスと魔物の軍勢を観察していた。


 年齢は20歳前後。


 黒瞳黒髪の男で、黒い鎧と銀色のマントをまとい、右手に大剣をもっていた。


 男の名は朝木玲司あさぎれいじという。


 『世界最強』と呼ばれる男だった。


 この国の国王の嘆願によって、狼王ザイカロスとその軍勢を討伐しにきたのだ。


 朝木玲司は無言のまま左手の掌を魔物の軍勢にむけた。


 無詠唱で魔法を行使し、巨大な立体魔法陣が男の周囲に幾重にも展開する。


 直後、魔物の群れめがけて魔法を撃ち込んだ。


 巨大な電撃、火炎が魔物の軍隊に炸裂する。


 一瞬で、数万の魔物が電撃に焼かれ、業火に飲み込まれて即死した。


 魔物の軍勢は一挙に混乱に陥った。


 恐慌をきたした魔物が悲鳴をあげて逃げ惑う。


 朝木玲司は魔物の軍勢を巨大な炎の壁で取り囲んだ。


 魔物を一匹も逃さないためだ。


 朝木玲司の魔法で出来た巨大な炎の壁は魔物を取り囲み、巨大な檻となって魔物の逃亡を防いだ。


 朝木玲司の黒瞳が、狼王ザイカロスにむけられた。


 ふいに朝木玲司の姿が消えた。


 瞬間移動して、狼王ザイカロスの背後に出現し、狼王ザイカロスに斬撃を叩き込む。


 閃光のような速度で、狼王ザイカロスの胴体を切り裂いた。


 同時に、呪毒じゅどく魔法で狼王ザイカロスの肉体を麻痺させて行動不能にする。 


 狼王ザイカロスは悲鳴をあげ、血飛沫をあげて地面に倒れ込んだ。


 狼王ザイカロスは何が起きたのか分からず、恐慌をきたして呻く。


 朝木玲司は、魔物の残党を狩りだした。


 すでに魔物達は統制を失い、戦意を喪失していた。


 王である狼王ザイカロスを失い、命令機能が麻痺し、組織的抵抗力をなくしたのだ。


 烏合の衆となった軍隊など、どれだけ兵力があっても無力である。


 朝木玲司は息も乱さず魔物たちを斬り殺し、魔法で撃ち殺した。


 朝木玲司が大剣を一閃すると、斬撃が魔力となって飛んで数百の魔物を両断し、魔法で数千の魔物が一瞬で絶命する。


 朝木玲司は、草を刈るように易々と、魔物たちを打ち倒していく。


 一時間もしないうちに魔物の軍勢は殲滅された。


 地平線まで魔物の死体で埋まり、平原には血が川となって流れた。


屍山血河しざんけつがか……)


 朝木玲司は、大剣を鞘におさめると、討ち漏らした魔物がいないか見渡した。


 やがて、朝木玲司の耳に狼王ザイカロスの呼吸音が響いた。


 朝木玲司は瞬間移動で狼王ザイカロスのもとに移動した。


 狼王ザイカロスは、まだ生きていた。


 地面に横たわり、苦悶の喘ぎをもらしている。


 朝木玲司に切り裂かれた胴体からは夥しい血が流れ続けていた。


「大した生命力だな。さすが魔王と呼ばれるだけはある。褒めてやるぞ。狼王ザイカロス」


 朝木玲司は心底感心して言った。


「お、お前は何者だ?」


 狼王ザイカロスは朝木玲司を赤い瞳で睨んだ。


「朝木玲司」 


 玲司が呟くと、狼王ザイカロスは巨眼を見開いた。巨大な狼の頭部に驚愕の色が宿る。


「お前が、アサギ=レイジか! 『魔導王』『殲滅者』『黒い福音』『神の使徒』『星の守護者』……。そして、『世界最強の男』か!」


 狼王ザイカロスが、叫ぶように言う。そして、得心した。『世界最強』。その称号が過大でも誇張でもなく事実であることを。


「その名を誉れに思ってはいない。だが、世間は俺をそう呼ぶ」 


 玲司はそう言うと、右手に魔力を集中させた。トドメを刺すのが慈悲であると判断したのだ。


「狼王ザイカロス。魔王と称される者よ。何か言い残すことはあるか?」


 玲司は右手の掌を狼王ザイカロスにむけた。      


「ある……」


 狼王ザイカロスは憎悪で巨大な獣眼を燃やした。巨大な狼の魔物は全員から憤怒と呪いを吐き出した。


「呪ってやるぞ……アサギ=レイジ……。未来永劫、呪ってやる!」


狼王ザイカロスは、憤怒とともに叫んだ。


「お前は五つの城塞都市を滅ぼして、二〇万人の人間を殺戮した。その人間達も、お前を呪っているぞ」


 朝木玲司は爆裂魔法を発動させた。


 狼王ザイカロスの巨大な頭部が、朝木玲司の魔法で爆発して吹き飛んだ。


 狼王ザイカロスは物言わぬ骸と化した。


 朝木玲司は探査魔法を発動させた。


 探査魔法は、生命活動がある者、魔力がある者などが周囲にいるかを確認する魔法である。


 半径30キロ圏内に生き残った魔物がない事を確認し終えると、


「任務完了だな」


 と呟いた。

 



◆◆◆◆◆◆◆◆





 30年後。


 朝木あさぎ玲司れいじの住む豪邸。


 玲司れいじは死の床にあった。


豪邸の寝室で一人ベッドに横たわり、自分の右手を観ていた。


「さすがにもう寿命だな……」


 玲司は呟いた。


 玲司は現在三百歳をこえていた。


過去の記憶が、走馬灯のように玲司の脳裏をよぎる。


(思えば不思議な人生だった……)


 と玲司は思った。


 玲司は地球の日本という国で生まれた。


 孤児として生まれて、親戚の元を転々として暮らして育った。


 十八歳の時に奨学金を貰って大学生となった。


 大学卒業後はどこかの企業に勤める。そして、奨学金を返しながら働く。そして、誰かと結婚して子供をつくり、定年まで働いて死ぬ。そう思っていた。


 だが、二十歳の時に大学に行く途中、道を歩いていたら、突如としてこの異世界ガンダルヴァに転移した。まるで神隠しのようにだ。


(そこからは本当に劇的だった。想像を絶した毎日になった……)


 玲司は異世界ガンダルヴァに転移した時、膨大な魔力を保有していた。 


 後で分かったことだが、元地球人の転移者、転生者は玲司の他にもいて、みな一様に巨大な魔力を保持していた。


 今だもって、なぜ突然、この異世界ガンダルヴァに転移したのか、そして、転移者や転生者が巨大な魔力を得る事例が多いのか、その原理はまったく分からない。


 ともあれ、玲司は異世界ガンダルヴァに転移した直後、強大な魔力の保持者である事を利用してすぐさま冒険者となった。


 玲司は瞬く間に頭角を現し、十年後には国で一番の冒険者となり、三十年後には、『大魔導師』『世界最強の男』と呼ばれるまでになった。


 正直、それまでは楽しかった。


 だが、そこからが大変だった。


 『大魔導師』『世界最強の男』などと呼ばれて英雄に祭り上げられた後、当然の如く玲司は各国の権力者である皇族、王族、大貴族に取り込まれてしまった。


 いくら玲司が世界最強の男だからといって、政治のしがらみから逃れることは不可能だった。


 政治権力にくわえて義理人情も絡み、玲司は『英雄』として、人助けに東西奔放する事になってしまった。


 人類に敵対する魔人族や魔物と戦い、各国の権力闘争の調停、戦争の抑止、陰謀の阻止にと駆け回った。


 元々善良でお人好しな玲司は、頼まれると嫌とは言えず、ひたすら戦い続け、働き続けた。


(だが、働き詰めの人生もこれで終わりだ……)


 玲司は吐息とともに思う。 


 魔法に長けた玲司は、不老長命の魔法を開発して自らにかけ、三百歳を超える長寿を得た。


 だが、さすがにもう寿命の限界である。


 これ以上、寿命を延ばすのは魔法でも無理だった。


(思えば三百年もよく生きたもんだ……)


 玲司は苦笑をたたえた。


 玲司は自分の肉体から魔力と生気が抜け落ち、もうじき死ぬことを知悉していた。


 今、死を間近に控えていると、面白い人生だったな、とつくづく思う。


(まあ、あのまま地球でサラリーマンをして死ぬよりかはよっぽど良かっただろう……。だが……)


 だが、もし次に生まれ変われるなら、もう少し人生を楽しみたいな……。英雄の人生はもう十分だ。正直疲れる。


 漫画や小説と違って英雄だの偉人だのになると賞賛も報奨も大きいが苦労も並大抵ではない。少し働きすぎた……。


 もし生まれ変われたら、俺はもっと人生を楽しみたい。


 ノンビリと旅行とかしたいな……。


そうだ。そう言えば、旅行なんて、殆どしたことがない……。


 もったいなかったな……。この異世界には、素晴らしいものが沢山あるのに……。

 

 意識はやがて薄れ、朝木玲司は死亡した。 





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