中編
「シンヤ君、もういーよ」
あのなあ、カズキ。
「もういーよ」
もういいのはこっちだ。五年生にもなって隠れんぼなんて。
俺だって、たまには他の友達と野球したり遠出したりして遊びたいんだ。でも、足手まといのおまえを連れてくると露骨に嫌な顔をされる。
今日だって、本当は川釣りに誘われているんだ。カズキは連れてこないでくれよなとハッキリ言い渡された上でな。
そんな俺の苦労をおまえも少しは……。
「もういーよ」
わかった。わかった。
そんなに隠れんぼがしたけりゃ一人でやってろ。
隠れ場所はすぐにわかった。おあつらえ向きの廃棄冷蔵庫から声がする。悪いことには俺の足元には長い針金の束まで。
俺はその針金で冷蔵庫を縛った。きつくきつく何重にも。
そして、俺は翼がはえたような気分でゴミの谷を走り去り、川釣りをしている連中と合流、ひさびさの解放感の中で大いに楽しんだ。
懲らしめのために少し怖がらせてやるだけのつもりだった。途中で釣りを抜けて冷蔵庫から出してやるつもりだったのだ。
だが、楽し過ぎたせいで、カズキのことを思い出したのは陽も暮れてから。俺はあわててゴミの谷へ走り、扉の隙間にハエがたかる冷蔵庫を見て愕然とした。
それから俺の取った行動は最低のものだった。
真夏に何時間も密閉された場所に閉じ込められて生きている筈がない。ただ恐怖に駆られて力いっぱいゴミの底へ蹴り落とした。
「行ってくるよ」
三才の娘の額にキスをして、俺は自宅を後にした。
アイリは可愛い盛りだ。妻に似ているので将来が楽しみだ。
あの日から十六年──俺は環境美化に携わる仕事に就いていた。
人が変わったと両親から冷やかされるぐらいの勢いで勉強に励み、若くして地球の環境保全に取り組むプロジェクトのリーダーにまで抜擢された。
ただ罪を打ち明けるよりも、それがカズキを冷蔵庫に閉じ込めたままにしたことへの償いになる、そう考えたのだ。
自己満足かもしれない。しかし、今の俺は社会に有用な人間になった。妻や娘も俺を愛してくれていて、俺も彼女たちを我が身より深く愛している。
カズキが送れたかもしれない人生を、あいつの分まで生きているつもりだ。
だから、だから俺は、妻や娘や仲間の元へ帰らなくちゃいけないんだ。