前編
「林さんの所のユウキ君が帰ってこないんだよ」
俺は毎年八月、幼馴染に線香をあげるために母校のある町へ帰ってくる。
近所の子供が消息不明だからとカズキのお父さんから捜索に参加してくれと頼まれたのは、仏間での読経が終わった夕方だった。
俺は引き受けた。今夏の帰郷にはもう一つ目的がある。そのついでと思えばいい。
この土地は子供の行方不明事件が多い。十七年前、幼馴染のカズキが行方不明になったのも、こんな溶けた鉄のような色をした夏の夕暮れだった。
すでに失踪宣告が出されて、おじさんも息子は死亡したものと八月を祥月として、カズキはいまだ発見されていない。
同い年だが弟みたいな存在だった。何かとトロくて、よく腕白な連中にいじめられることもあったが気のいい奴だった。
あいつが消えた日も一緒に遊んでいた俺は、ずっと責任感に苛まれながら生きてきた。
なあ、カズキ、ずいぶん長い隠れんぼじゃないか?
おまえは今でも俺が見つけてくれるのを待っているのか?
心当たりがあると言えばある。というより悪い予感だ。
近隣の大人たちで結成された捜索隊をあちこちで見かけたが、敢えて合流せず、俺は単身である町はずれのゴミの谷へ向かった。
そこは児童公園並みの広さの窪地で、土地の権利者も不明な空き地だった。
おかげで処分にも費用のかかる家具や家電品を中心とした大型ゴミの不法投棄が相次ぎ、地面が見えぬほど大量の不用品で埋め尽くされていた。
俺はよくカズキとここで遊んだ。再利用可能かつ持ち運びやすい電化品などは、とっくに持ち去られているので、お宝発見とは行かなかったが、それでも子供二人が探検ごっこをして遊ぶには十分な、好奇心を満たすゴミの谷だった。
だが、小学校最後の年には滅多に足を踏み入れることはなくなっていた。
ゴミの間に挟まって負傷する児童も出ていたこともあって、カズキの失踪を契機に、ここへの立ち入り禁止を学校や保護者から厳重に言い渡されたからだ。
もしかして最近の子だってここへ来るということも。
「おーい、ユウキくーん」
人家からは離れているが、周囲を刺激せぬ程度の声量で呼びかけてみる。
悪い予感が、最悪の予感が当たらぬことを祈りつつゴミの上を歩く。
足を乗せた投棄ベッドが、大人の体格を得た俺の体重で少し沈む。カズキを失ってからの歳月の長さを改めて教えてくれる。
「ユウキ君、いたら返事してくれ」
できることなら、ここにはいてほしくない。
万が一、あれが見つかったら百年目だ。ゴミの谷を放置するのは限界だとして、本格撤去に取り掛かると市役所が宣言したと聞いた。
俺はゴミの谷の中心部まで到達すると、積み重なったガラクタを慎重な手つきでを掘り起こしてみる。中型の冷蔵庫が見つかった。
あの日のままだ──一息ついた直後、背後で堆積物が崩れる音がした。
びくりと肩を震わせて振り向くと、ガラクタの隙間から突き出た手が、もぞもぞ動いて助けを求めている。
我ながら小心さに嫌気がさす。普段の俺はもっと堂々とした男だ。
誰に見られたわけでもないが、醜態を晒した苛立ちをぶつけたい気分だった。理不尽を承知で、小さな手をしっかり握ると、少々乱暴に引っ張り上げてやった。
出てきたのは疲弊しきった顔の児童、名を聞くと案の定、彼がユウキ君だった。
「おじさん、ありがとう」
「礼なんかいい。ここで遊んじゃ駄目だってご両親から言われなかったのか⁉」
「面白い物が見つからないかと思って……ごめんなさい」
「俺に謝る問題じゃない。いいかいユウキ君」
俺はゆっくりと力強く尋ねてみた。
「君は底のほうに埋まっていた冷蔵庫を見なかったかい?」
「冷蔵庫?」
「そうだ。子供なら楽に入れそうなサイズの」
見なかったと答えてほしい。そう答えるのが賢明だぞユウキ君。
いや、見なかったと答えたところで俺を納得させるのは容易ではないが。
なにしろ冷蔵庫の扉が開いていたのだ。
「おじさん、離してよ」
勢い彼の腕を強く握っていたらしい。男児は痛さに怯える顔をするが、ここで追及の手を緩める気はない。
あの冷蔵庫は針金で何重にも巻かれていた筈だ。
見てはならない物が中に入っているから。
「中を見たんだろう?」
「ぼく知りません!」
「嘘はよくないぞ。正直に答えるんだ」
「その子は嘘は言っていないよシンヤ君」
「おじさん──?」
頭部に重たい一撃を食らって、俺は気絶した。