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海賊公ルバート


 元密航者の男を船長室に呼び、エクトラとデーヴと共に話を聞いた。

 いわく、彼の村は海賊公ルバートに破壊されたのだという。

 彼の船に隠れて乗り込み、復讐の機会を探っていたが、バレて沈められかけたようだ。

 なんとなく、端々に作り話のような雰囲気が漂っている。


「でも、間違いない! あいつは魔王の祝福を受けてる!」

「魔王の祝福?」

「魔物を操ってるんだ! それで魔物に村を襲わせてから、自分たちが襲撃する!」


 魔物を手懐ける祝福なら聞いたことがあるが。

 おそらく、魔王というのは話の尾ひれだろう。


「証拠はあるのか?」

「その証拠を探してたんだ、おれは! あと一歩だった!」


 無いらしい。あまりアテになる情報でもなさそうだ。

 俺は密航者だった男を返した。


「使える噂ですな」


 デーヴは脂ぎった口元を歪ませて、にやりと笑う。


「ルバートは魔王だ、と噂をバラ撒いてやりましょう。冒険者ギルドが反ルバートの旗印になれば、協力者も増えるはず。拡大のきっかけに良いですぞ」

「……冒険者ギルドに入る決心をしたのか、デーヴ?」

「ええ、まあ。私は美味い話が大好きなものでしてな」

「だろうな」


 俺は彼の太った腹を見つめた。


「ホッホッホ、その冗談は今から私が言うつもりだったのですがな……」

「つまり、わがはいの部下が増えたのか!? よろしくなのだ!」

「ええ、よろしく頼みますよ、エクトラ様。共に人気を増やしていきましょう」


 こいつは腹黒い男だが、付き合った感じからして悪人ではない。

 少し陰謀家の気があるぐらいが、俺を補佐する二番手としてはちょうどいいだろう。

 船上での戦いぶりからしても能力は間違いなく高い。


「では、噂の広め方ですが」

「やめておこう。邪道に手を染めずとも、ルバートを討伐すれば十分に人気は増える」


 本当に悪人なら、の話だが。

 さっきの男の話は、どうにも信用できない。


「……そうですか」

「だいたい、まだ冒険者も集まっていないんだ。取らぬ狸の、だぞ」

「皮じゃんよ! なのだ!」

「むむ。確かに。とはいえ、水兵たちからのエクトラ人気を考えるに、いくらか勧誘で引き抜けば十分に冒険者が集まりそうなものですがな……」

「引き抜きはしない。他所の船長が善意で貸してくれた戦力だ。彼らが自分たちから入りたがったなら、そのときは受け入れるが。ここは筋を通すべきだ」

「ふうむ。流石に、神殿の人間だけはある。清いのですな」


 これ以上話すべきことはない。自然と話題が変わり、雑談になった。

 とりあえず、冒険者ギルドの幹部が増えたらしい。文句なしの人材だ。



- - -



 数日後、船団は〈ミッド・アイランド〉と呼ばれる島へ寄港した。

 ちょうど旧大陸と新世界を結ぶ中間点にある大きな火山島だ。


「ひさびさの陸なのだー! 地面が揺れないのだー!」

「今日はよく眠れそうだ……」


 俺たちはデーヴの案内に従い、島で最も上等な宿へ向かった。

 俺は安い宿でもいいが、エクトラに雑魚寝させるようでは付き人失格だ。


「相変わらずかわいいぜ、グアハハハ! どうだい、オレの部屋に来ねえか!」


 ……上等なはずの宿屋は、海賊だらけだった。

 大きな帽子を被ったヒゲの男が、宿屋の娘にちょっかいを出している。


「ヒュウ! お頭じきじきのお誘いだあ! まさか断らねえよな!?」

「断ったら大変かもなあ!? お頭の邪魔するやつがどうなるか知ってるよなあ!?」

「よせよお前ら、断りにくくなっちまうだろ! 無理やりする気はねえんだ!」

「少しは静かにしたらどうだ? ここに神もいるんだぞ」

「ああん?」


 海賊の頭らしきヒゲ男が、俺を威圧的に見下ろした。


「そこのチビ神がどうしたってんだ?」

「ち、ちびじゃないのだ……」

「あまりナメた口をきくな。お前ごとき、容易くバラバラに切り裂けるぞ」

「えっ、そ、そうかな……!?」

「グハハッ! おいおい、頼りの神様がビビッてんじゃねえか!」


 海賊たちが一斉に笑い声をあげた。


「悪いことは言わねえよ、他の宿に行きな。ここはルバート一味の貸し切りだ」

「貸し切りなのか? そんな看板は見なかったがな」

「ま、まあまあ、そのへんにしましょう! アンリ、ここは我慢するべきですぞ!」

「駄目だ。こんな男を相手に半端な妥協はしない」

「こんな男、だあ?」


 海賊の頭が俺を睨みつける。


「この俺が海賊公ルバートだと知って言ってんだろうな、ええ?」

「そういうお前は、この俺がアンリ・ギルマスだと知っているんだろうな?」

「ハッ、知らねえよ! 誰だてめえは!」

「なら、覚えてみるか? 俺の剣を受ければ、嫌でも体が覚えるだろう」


 剣に手をかける。ルバートもサーベルに手をかけた。

 間に挟まってあわあわするデーヴを無視して、俺たちは睨み合う。

 中空で、互いの殺気が衝突した。

 ……雑魚ではない。なるほど。伊達に悪名を流してはいない。


 実力を確かめてみて、分かったことがある。

 この男は訓練を怠っていない。根っこから腐ってはいないということだ。

 ……人の噂が、どれほどアテになるものだろうか。

 もっと話してみなければ、ルバートが悪人かどうかは分からない。


 俺は殺気を収めた。ここでぶつかり合えば、宿に迷惑が掛かる。

 向こうも同時に剣から手を離す。


「やるじゃねえか。やめだ、泊まりてえなら好きに泊まれよ。変わりに俺と飲め!」

「指図を受ける筋合いはない。飲みたいならお前が来い」

「アンリ! ちょっと!」

「喧嘩売ってどうするのだー!?」

「グアハハハ! 滅茶苦茶言いやがる! 嫌いじゃねえぜ、お前らも見習えよ!」


 俺が座るカウンターの隣に、ルバートが陣取った。

 左側には、浮足立ったデーヴとガラの悪い海賊を怖がっているエクトラ。

 右側には、海賊の一味。

 これほど酒がまずくなる状況もない。


「おう、アンリさんよ。神殿の騎士様が、神様連れて何しようってんだ、てめえ」

「冒険者ギルドを作りに行く。エクトラは冒険者の神だ。その祝福を受けた冒険者たちが魔物を討伐すれば、新世界の街に住む人々が平穏に暮らせるようになる」

「そいつぁ随分な話じゃねえか。豚が肥えりゃあ、肉屋も喜ぶってもんだ」

「ああ。まったくだ。俺のためにせいぜい肥え太ってくれ、豚のルバート」


 ルバートがジョッキを煽り、叩きつける。


「どちらが狩られる立場か、分かってねえようだな」

「試してみるか」

「馬鹿が。殺し合いに”試す”なんてもんはねえ。俺たちが剣を抜くときは、どちらかが死ぬときだ。ハッ、上品なお神殿のお給仕さまにゃ殺しきる覚悟がねえと見える」

「なんだと?」


 俺はジョッキを煽り、叩きつけた。


「……もう一杯だ」

「ああ。もう一杯だ。早く持ってこい」



- - -



「飲みすぎた……」


 ふらふらになった俺は、エクトラの両手で宿の二階に運び込まれた。


「アンリのおばか! 何やってるのだー!?」

「いや……つい……」

「つい、じゃないのだ! いきなり喧嘩の大安売りセールが始まって、わがはいビックリしたのだ!」

「だが、あいつは村や街を襲って殺し、金品を巻き上げると聞いていた……」

「アンリ! ”明るく楽しくやろう”と言ってたのはアンリなのだ!」

「あ……」


 ……そうだな。

 自省しなければ。重苦しい生き方をしすぎれば、やがて精神まで沈んでしまう。

 だが、半端に見て見ぬフリをすることはできなかった。


「アンリー? 反省してるのかー?」

「してる」


 あんなやつにこちらが折れて、大人の対応で接してやる必要なんかない。


「……ならいいのだ!」


 エクトラは宿のベッドに飛び込んだ。


「ふかふか! あー、懐かしいふっかふかなのだ! アンリも来るのだ!」

「俺も?」

「アンリ! この宿屋はこわい海賊だらけなのだぞ! なのに、わがはいを放っておいて別の部屋で寝たりしたら許さないのだ!」

「分かった。床で寝よう」

「ちーがーうーのーだー!」


 エクトラが俺をベッドに引っ張った。

 ……よく見ると、彼女の手は少し震えている。

 そうか。容貌からして戦うことに向いた感じの冒険者の神とはいえ、エクトラはまだ直接の戦いを経験したことがない。

 あんな海賊連中とひとつ屋根の下ともなれば、怖いのも当然か……。


「すまん。エクトラ。俺が悪かった」

「……朝までくっついててくれたら、許さなくもないのだ」

「分かった」


 彼女の隣にいてやると、すぐにエクトラは安らかな顔になった。

 まぶたがぴくぴくと震えて、今にも眠りに落ちそうだ。


「げえっぷ」

「アンリ!? お、おしゃけくさい! やっぱ床で寝るのだー!」


 ……やっぱり、調子に乗って飲みすぎた……!


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