それから
最終話です。
そして月日が経ち。
俺はポルト・セントラルを訪れていた。
レンガの建物が立ち並ぶ豊かな街の一角に、巨大な建物がある。
あれが冒険者ギルドのポルト・セントラル支部だ。
「ずいぶん繁盛してるみたいじゃないか、ハンナ?」
「あ、ギルドマスター!」
”ポルト・セントラル支部長”に出世したハンナが、視察に来た俺に応じる。
「この様子だと、客の半分ぐらいはカフェ目当てなのか?」
「ですねえ。ギルドのカフェは美味いって評判が広まってるみたいで」
本部よりも巨大で綺麗なギルドは、集まった人でごった返していた。
併設された大型のカフェには行列ができている。
レシピの改善を進めたことで、かき氷だけでなく料理にも人気が出たようだ。
「話しやすい場所に行きましょうか」
ハンナがギルドに用意された防音室へと入っていった。
「……さて、何から話しましょうか?」
「近況はどうだ?」
「順調すぎて怖いくらいですね。冒険者の数はうなぎのぼりですよ。魔物の討伐と新大陸の開拓が進み、旧大陸から冒険者になるための移民も増える一方です」
「なるほど。ニューロンデナムも同じような状況だ」
最近はロンデナも領主業に慣れてきたので、街の運営からは手を引いている。
ギルドだけでも十分以上に忙しい。
「こっちの支部には、もうA級冒険者は誕生したか?」
「いえ。でも、面白い冒険者がいるんですよ」
ハンナが冒険者データのまとまった書類を開いた。
「ディラ、っていう女性の冒険者なんですけど」
とんでもない美人の似顔絵が描かれている。
……おい。知ってるぞ、この顔。
「こいつはディラソル帝国の神だ」
「えっ」
「……気まぐれな性格だとは聞くが、まさか神が冒険者になるとはな」
「じゃあ、この人とパーティを組んでる人たちって?」
ハンナが別のページを開く。
「こっちは付き人で、こっちは……戦神じゃないか!? 何やってるんだ!?」
神の中でも上位に位置する連中が、なぜか冒険者をやっている。
「……まあ、エクトラも冒険者をやってるからな……」
信者が増えてきて大人の姿に近づきつつあるエクトラは、ニューロンデナムの冒険者の中でも圧倒的に強い。
ガリシッドやルバートあたりも、凶悪な魔物の討伐をしたり未探査の島へ上陸して掃討したりと成果を積み重ねているが、それでもエクトラには敵わない。
なにせ最近のエクトラは絶好調だ。
ニューロンデナム北のとんでもない内陸部分で古代の魔術遺跡を発見し、古代遺物の類を大量に確保した上で、ドラゴンをぶっ倒して竜の素材までゲットした。
一人でアゼルランド王国の国家予算の十年分ぐらいは稼いだ計算になる。
冒険者の神だけあって、天職なんだろう。今のあいつは本当に楽しそうだ。
というわけで、エクトラはA級を飛び越えて”S級冒険者”に昇格した。
まだあいつ一人しかいない。
「神ですら冒険者になって遊びたがるぐらい魅力があるってことなんだろうが。気をつけておいてくれ」
「は、はい。何を気をつければいいのか分かりませんが、気をつけます」
「ああ。今は大事な時期だからな」
カレンダー上の季節で言えば、もうすぐ冬が終わり春が来る。
季節風が逆転し、旧大陸へと戻った各商会の船団が再び新大陸へと来る時期だ。
ここは南国だから、そこまで冬の実感はないが。
「ハンナ。今日俺が来たのは、視察のためだけじゃなくてな。実は、旧大陸からもギルドの誘致が来てるんだ」
「旧大陸から? でも、魔物は絶滅してますよね」
「それがな、魔物の神が……”魔王”が出たらしい。多分、かつて魔王が居なくなった時期とエクトラが居なくなった時期は同じぐらいのはずだから、戻ってくるタイミングも同じようなものになったんだろうな」
幸い、魔王が態勢を整えるより先に冒険者ギルドを整備できた。
冒険者というシステムを旧大陸へ逆輸入すれば、それで被害は食い止められる。
「じゃあ、ギルドマスターは旧大陸に戻るんですか?」
「ああ」
「私が一時的にギルドマスターってことですか!? 任せてください!」
「いや。ギルドマスターの代理はジャンに任せる」
「えっ!? あの自警団の!?」
「ああ。リーダーシップがあるし、大規模な戦闘でも上手く指揮を取っていたからな。……ギルドマスターになりたいんなら、もっと経験を積むことだな、ハンナ」
まだまだ能力は足りないが、彼女はいつか俺の後継者になるかもしれない。
……と思ったが、それはないな。色々な意味で。
まだエクトラが成長してギルドマスターになるほうが現実的だ。
「とにかく、それを伝えに来た。実はもう、旧大陸へ向けて出発するところでな」
季節風が逆転する前に出発しなければいけないので、時間がない。
「後はよろしく頼むぞ、ハンナ」
「はい!」
- - -
冒険者ギルドを後にして、ポルト・セントラルの港へ向かう。
「ギルドマスター。船の再点検は完了しましたぞ」
〈エクトラ号〉に乗り込んだ俺に、デーヴが報告した。
「問題はありませんぞ。長距離航海への準備はできております」
「当然だ。これはアゼルランド様が自ら作った神の船だからな」
船の甲板には、水兵たちに加えて冒険者たちが集まっている。
俺が選抜した、旧大陸ギルドへ移籍する冒険者たちだ。
あまり多くはないが精鋭揃いである。
……その最精鋭が〈くまくま団〉とかいう名前なのは、やや遺憾だが。
結局、エクトラ以外だとガリシッドたちのパーティが最も強かった。
強い弓士と〈アンリ式矢じり〉の相乗効果が大きかったようだ。
「よし。ニューロンデナムに戻るぞ。ポルト・セントラルで積み込み忘れた物資はないな? 冒険者たちも全員揃っているな?」
「問題ありませんぞ」
デーヴが魔法で帆を展開し、〈エクトラ号〉が海を滑った。
- - -
「アンリ!」
ニューロンデナムの港に着いた俺を、ロンデナ様が出迎えた。
街そのものの成熟により、いくらか大人びた姿になっている。
錬金術師のローブが堂に入っていた。
「頼んだ材料は運んできてくれた?」
「ああ」
ポルト・セントラルへから運んできた錬金材料を渡すと、ロンデナの顔に笑顔が咲いた。
彼女はこの場で簡易の錬金を行う。
「はい、これ! 最新レシピの強化薬と回復薬!」
「ありがとう。いつも助かる」
「どうってことないよ」
すっかり自信のついた様子の彼女には、何人も弟子らしき人々が従っていた。
冒険者ギルドの発展と共に、ニューロンデナムでは錬金術が発展している。
ロンデナは街の守護神であると同時に、錬金術師の守護神としても信仰されるような立場だ。
病に伏せて弱々しかった彼女の面影は、もはやほとんど残っていない。
アンリの手助けにより、ロンデナという神の一柱はすっかり自立した。
「ロンデナ様。会合の予定がありますので」
「ん。行こうか、メアリー。……アンリたちが居ない間も、私がしっかりこの街を守るからね!」
「ああ。頼んだぞ」
そうしている間にも、〈エクトラ号〉を含めた船団の出港準備は進んでいる。
ニューロンデナムの港湾に並ぶ木製クレーンが慌ただしく動き、必要な物資が運び込まれていく。
ルバートを始めとして、かつて周辺海域で暴れていた海賊たちは、その大半が冒険者ギルドに下っている。
今では”船を所有する冒険者”というのも珍しいものではない。
その一部が、護衛と貿易を兼ねてエクトラ号に同行することになる。
……が、肝心なエクトラがいまだ姿を見せない。
「ギルドマスター……伝言ですよ……」
海沿いに立つアゼルランド商会の商館から、ファルコネッタが顔を出した。
「スワンプヴィルのほうで強力な魔物が出たので、それを討伐してから行く、と」
「ああ、そういうことか。分かった」
ファルコネッタは欠伸して、商館の中に戻っていく。
最近はアゼルランド商会も絶好調で、だいぶ仕事が忙しいようだ。
……最近聞いた話だと、彼女は元からひどい不眠症らしい。
昔でも眠そうだったのに、仕事量が増えて目の隈が凄いことになっている。
「不眠症の治療薬はまだ出来ないのか?」
「ああ……もうすぐ、だそうでして……」
それを聞いた俺は、ロンデナに治療薬の開発を依頼した。
今の彼女は優秀な錬金術師だ。成果が上がるのは時間の問題だろう。
俺は埠頭に腰かけて、エクトラを待った。
透明な海の遠くで、小さく水飛沫が上がる。
「ん?」
まるで石が跳ねているかのように、点々と飛沫がこちらへ近づいてくる。
速い。
「うわははー! わがはいの勝ちなのだー!」
「う、うそー!? わたし海の神なのに……」
半竜半人の神が飛び出してきて、華麗に着地する。
少し見ない間に、ずいぶんと体が大きくなった。
実践的な筋肉のついた健康的な身体だ。
「ん、アンリー! 久しぶりなのだー!」
全身から水を滴らせたエクトラが抱きついてくる。
重みのある突撃を、俺は抱きとめた。
「ああ。久しぶりだな」
「わっ。わたし、邪魔かな? このへんで……」
「別に邪魔でもないが」
相変わらず、マルメはびくびくしている。
「あ。あの。えっと、いつも商売してくれてありがとうございます。じゃ」
「相手は俺じゃなくてファルコネッタだろ……って行ったか」
ばしゃん、と海に飛び込み、彼女は沖へ泳いでいく。
「……大きくなったな、エクトラ」
「そうなのだ! 信者が増えたおかげで、だいぶ体が成長したのだ!」
エクトラは頭の上に手を当てて、俺と身長を比べた。
まだ彼女のほうが小さいが、そのうち追い抜かれるだろう。
「この調子で行けば、わがはいが完全体になるのも時間の問題なのだ!」
「完全体ってなんだ? 少しぐらいは昔の記憶が戻ったのか?」
「え? いや……言われてみれば、完全体ってなんなのだ? 空を飛べるようになるとか? あるいは、本物のドラゴンになっちゃうとか!?」
エクトラはそわそわしはじめた。
「強くてでっかいドラゴンになれるのはいいけど、アンリと同じ家に住めなくなっちゃうのだ! わがはい、人里離れた洞窟とかで一人ぼっちなんて、やだぞ!」
「心配するな。仮にお前がドラゴンになったとしても、何とかして一緒に暮らすさ。絶対に、一人にはしない。俺はお前に仕えると誓ったからな。忘れたか?」
「……アンリいいいぃー!」
彼女は俺の胸元に飛び込んできた。角が刺さりそうだ。危ない。
「うれじいのだあああ! アンリがいでじあわぜなのだあああ~!」
「いきなりどうした? ……ほら、泣くな泣くな……」
俺の膝の上に乗っかったエクトラの涙を、ハンカチで拭いてやる。
「ぐじゅーっ!」
「ひったくってまで俺のハンカチで鼻をかむな……!」
「ぐずっ……だっで、こわがったのだ……だっで……神なんで、すぐ捨てられて一人になるもん……祝福をあげてないと、みんな一瞬で信仰を変えちゃうのだ……」
確かに、この世界には神が腐るほどたくさん居る。
貰える祝福のためだけに神を信仰するドライな関係は珍しくない。
……万神殿の巫女ですら、仕える神を切り替えることは珍しくない。
マイナーな神に仕えて実績を作ったあと、有名な神の元へ下っ端として入り、出世して権力を持つ……というのが、神殿巫女の一般的なキャリアパスだ。
エクトラも、そういう話を耳にしたことぐらいはあったのだろう。
「でも……でも、アンリは、ずっとわがはいと一緒にいてくれるのだ……?」
「ああ。仮に祝福がなくとも、何がどうなろうと俺はお前と共にいる」
俺はエクトラの頭を撫でた。
「わが印にかけて、誓おう。ずっと一緒だ」
「……アンリいいぃぃぃ……!」
- - -
少し前まで存在しなかった冒険者ギルドという存在は、俺の手で蘇った。
冒険者の神エクトラもまた、その存在をしっかりと確立させている。
……かつて、人は神の奴隷だった。
万神殿の巫女が自ら外に出れないのもその名残だ。
だが、この新世界においてそんな常識は通用しない。
エクトラにしろロンデナにしろ、人間と共に助け合いながら生活している。
「全員乗ったな?」
「ええ。いつでも出港できますぞ」
「よし」
魔物の神、”魔王”と戦う上でも、冒険者ギルドの存在は鍵になるだろう。
……その過程で、あるいは何らかの衝突が起こるかもしれない。
だとしても問題はないはずだ。
俺の力によって動き出した冒険者ギルドという組織は、多くの人を巻き込みながら勢いを増して、今では膨大な力を持つ潮流へとなりつつある。
「出港だ! 行くぞ!」
「目指せ旧大陸、なのだー!」
エクトラ号の帆が降りて、風をはらみ進んでゆく。
この風の辿り着く先には、きっと明るい未来が待っているはずだ。
これで完結となります。ここまでお読み頂きありがとうございました!
別作品も連載中ですので、よければそちらもよろしくお願いします。
そのうちに異世界恋愛の短編や現代ダンジョンものの長編も書いてみたいなーと思ってるので、もしよければ新作でもお付き合いいただければ幸いです。




