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エクトラ号の処女航海


 軍艦と商船の混ざった船団が、陸を離れていく。

 やがて周囲には島の一つも見えなくなった。


 最初は苦労していた〈エクトラ号〉の操船にも、数日しないうちに慣れてきた。

 たまに変わる風向きに合わせ、帆の向きが変わるようイメージし、魔力を放つ。

 すると、ひとりでに無数のロープや滑車が稼働し、帆の向きを変える。


「うむ、正しい角度ですな! これなら一人でも問題ないでしょう!」


 俺を指導するため〈エクトラ号〉に来ていた他船の将校が、そう太鼓判を押した。

 この船には俺たちの他にもニ十人ばかりが乗り込んでいる。

 さすがに二人だけで動かすのは不安があるので、他の船から援助してもらった。


「いや、見事なものですな。これほど早く操船の基本を身につけるとは。おかげで楽ができそうですし、お風呂にでも入ってくるとしますかな、ホッホッホ!」


 ふくよかな士官がニコニコ笑顔で船内へ降りていった。

 どの船でも魔法でシャワーぐらいは浴びられるが、風呂となると珍しい。

 アゼルの甘やかしが炸裂している。


 俺が一人で操船をやるようになったころ、魔物の襲撃があった。

 巨大なサメの集団が船団を狙ってきたのだ。

 幸い、俺達は安全な船団中央に置いてもらっているので、あまり交戦はしなかった。

 たまにガンガンと船底が叩かれるが、樽型の爆弾を落とせばすぐに逃げていく。


 襲撃を受けても、船団に被害は出なかった。

 みな危険な航海を繰り返しているプロの集まりだ。

 俺が何かをする必要はない。足を引っ張らなければ十分だろう。


「平和だな……」


 それから数日は、天気も風も波も安定していた。

 舵を他人に預け、俺はぼうっと海を眺める。

 

「連勝なのだ! わがはいはすごいのだー!」

「くっ! もう一回だ! 海の男が、腕力で負けるかぁ!」


 エクトラは水兵たちと腕相撲に臨んでいる。

 爪が当たって怪我しなきゃいいが。


「負けたあー! くうー! 強いぜ、船長!」

「ふふーん!」


 ”船長”のエクトラが、勝ち誇ったように無い胸を誇っている。

 船長とは言っても名前だけだが。

 ちなみに俺が副船長だ。


「……ん?」


 前方を進む船のそばで、水柱が立った。


「誰か落ちたぞ! 先頭の船だ!」

「何!? ……ああ、ありゃあ密航人だろ、気にしなくていい!」


 マスト上の見張りが答える。


「にしても、ひどいことをするもんだな! 飯の余裕ぐらいはあんだろうに!」

「船を止める! あいつを助けにいくぞ!」

「ほ、本気かよ!? 船団から遅れちまうぜ!」

「構わない!」


 魔法で帆を畳み、速度を落として近づいていく。

 落とされた男は浮けていない。手をばたばたとさせる様子もない。

 すぐに海に沈んで見えなくなった。


「……まさか」


 居ても立っても居られなくなり、俺は海へと飛び込んだ。

 足の錘に引っ張られて沈んでいく、両手を縛られた男が見える。


 全速力で泳ぐ。腕にあるアゼルの紋章が輝いて、推進力を増した。

 剣を抜き、まずは両手を縛る縄を切り裂く。

 水中だろうと、縄を斬るぐらいの斬撃ならば放てる。


 男の体を支えて、海面を目指す。

 だが、登れない。錘が重すぎる。

 さすがに水中で鉄の錘を斬るのは無理だ。


「……!」


 溺れている男が、体を丸めて両手を足へ伸ばした。

 その両手が錘に触れた瞬間に、鍵が外れて錘が落ちていく。

 鍵開け。熟練の盗人か。

 なんにせよ、よくやってくれた。勢いをつけて、海面へと登る。


「ゴボッ!」


 水を吐き出して激しくむせる彼を支える。


「落ち着け。大丈夫だ。今、船の上に引っ張り上げてやるから」


 片手で体を掴んだまま、船上から投げ下ろされた縄ばしごを登る。


「任せるのだ!」


 最後はエクトラが、俺たち二人をまとめて引っ張り上げた。


「ゴホッ、ゴホッ……! ぐうーっ! た、助かった……!」


 彼に毛布を被せ、体を温めてやる。

 十分に調子が戻ったところで、俺は聞いた。


「何を盗んだ?」

「へ!? ぬ、盗んだなんて滅相も! お、おれはただ被害者で!」

「ただの密航人が、縛られて海に落とされるか?」

「……あんた、やつらを知らないのかい?」

「いや」

「あの船に乗ってるのは海賊公ルバートだぞ!? それぐらいやる!」

「海賊? 本当なのか?」


 判断が付かない。俺は周囲の水夫たちに聞いた。

 肯定的な返事が返ってくる。本当らしい。


「……なんで船団に海賊が紛れてるんだ?」

「海賊とはいえ、手練の船を幾つも抱える腕のいい船長ですからな。この航路をよく知る男でもある。混ぜれば無償で船団の戦力が増えるのですから、ほら、ねえ?」


 士官が答える。


「俺が調べた時は、そんなやつが紛れている話は聞かなかったが」

「そんなものです。海の話は風まかせ、予定など変わるものですとも」


 ……そう言われては仕方がない。

 海賊か。冒険者ギルドを作る上で障害にならなければいいが……。


「とりあえず、彼を風呂に入れたあと、部屋に案内してやってくれ」


 水兵に肩を貸されて、濡れた男が船内へ歩いていった。



- - -



 航海を開始してからニ週間の間に、魔物から二十回ほどの襲撃を受けた。

 手練揃いの船団とはいえ、これでは流石に被害が出始めてくる。

 装甲の鉄板を破られた船も珍しくない。


 それだけの期間を過ごしていると、他の船から来た水兵とも仲が深まる。

 特に、アゼルランド王国の旗艦から派遣されてきた将校のデーヴとは話が合った。


「実際のところ、どうなのですかな? 冒険者ギルドの勝算は」


 船長室で夕食を共にしたとき、デーヴが言った。

 皿には軽く三人前の食事が盛られている。

 これだけ食べているなら、ふくよかな体型にもなるだろうな……。


「アンリなら成功させるのだ!」


 干し肉をバリバリ牙で砕きながら、エクトラが言う。行儀が悪い。


「確かにアンリは有能なようですが。とはいえ、魔物を狩る仕事となれば命の危険が伴うものですからな。そのリスクに見合うだけの稼ぎがなければ難しいでしょう?」

「デーヴ。海戦で魔物を狩ったときの収支はどうだ?」

「いくらか航海費の足しにはなる程度ですな」

「船を動かし、金のかかる樽爆弾を使っても収支がプラスなんだ。陸上で魔物を狩るとき、費用はもっと安くなる。それに素材の劣化も抑えやすい」

「ふうむ」

「だいたい、一ヶ月以上かけてニューロンデナムから本国に魔物素材を運んでも黒字なんだ。素材からの加工をニューロンデナムでやれば、貿易の利益はさらに増える」

「言われてみれば、稼ぎが良さそうですな……」


 デーヴが丸い顎に手を当てた。


「……冒険者ギルドの幹部級人材は、もう集まっているのですかな?」

「空いている。俺はいつでも歓迎するぞ」

「少し考えさせていただきたい……すぐに決めれるものでもありませんから」


 そのとき、ガツンと船が揺れた。

 周囲の船が鐘を打ち鳴らしている。魔物の襲撃が始まった。


「アンリ副船長! この揺れ方は光線ヒトデの襲撃です!」

「……光線ヒトデ!?」

「魔法の光を放って攻撃してくる魔物ですぞ! 厄介な相手です!」


 デーヴが一瞬のうちに船長室から甲板へ飛び出す。

 夜の海が、輝いている。飛んでくる光線が海を照らしている。


「取り舵いっぱい! ミディアム・パターンで右舷から爆弾を投下!」


 彼は舵輪の近くに陣取り、てきぱきと指示を出している。船の指揮は彼の仕事だ。

 俺とエクトラは爆弾のある砲列甲板へ降りて、水兵と共に爆弾を運んだ。


「いやあ、エクトラ様がいると助かるぜ! やっぱ、すげえ力だ!」

「ふふーん。わがはいだけ信仰してもよいのだぞー?」

「あっはっは! 流石にそりゃあ厳しいな!」


 水兵の腕には、他の神から授かった祝福と共にエクトラの紋章が刻まれている。


「エクトラ様ー! さっきの揺れで大砲がズレた! 手伝ってくれー!」

「任せるのだー!」


 水兵に混ざって力仕事にいそしむエクトラは、かなり人気を稼いでいる。

 神が一緒に仕事をしてくれて嬉しくない者はいない。

 何より、癖が強い外見ではあるが、彼女はかわいい少女なのだ。

 もう水兵の大半がエクトラを信仰していた。


「そこの三人、大砲の準備はいい! 下から爆弾を上げてくれ!」


 俺も力に自信はあるが、いくらか指揮の経験もある。

 爆弾を運びながら周囲の様子をしっかりと見て、必要な指示を出していった。

 半ばお飾りとはいえ、一応は副船長だ。それなりの仕事をしなくては。


 船の後方で断続的に爆発が起こる。

 海の至るところで水柱が上がっている。今までよりも激しい戦闘だ。

 爆弾を転がすスロープの窓越しに、海中から空へ飛んでいく無数の光線が見えた。

 まるでオーロラだ。


 船が転舵を繰り返し、そのたびに窓のすれすれを光線が飛んでいく。

 海中からの攻撃を読み、デーヴがその全てを避けている。

 神業と言ってもいい。


「深いですな! 爆弾の深度を七十メートルに!」


 爆弾の爆発する深度を変えてから数分後。

 この船を襲う攻撃は止んだ。相手の正しい位置を読み、直撃弾を出したのだ。

 海面の魔物を大砲や爆弾で攻撃するなら、まだ分かる。

 どうやれば深いところにいる見えない魔物の位置を悟れるのだろう?


 俺には分からない。それでも別に問題はない。

 俺が目指しているのは、冒険者ギルドのマスターであって、冒険者ではない。

 自分よりも強い専門家を集めて、分野に応じて仕事を回し、解決する。

 それが目標だ。


「デーヴ。流石だ。よくやってくれた」

「なあに、私などまだまだですよ」


 交戦が落ち着いたころ、俺は甲板に戻った。

 船団は一時停止している。浮いてきた魔物の残骸を拾い集めるためだ。


「海賊公ルバートの船など、最初の数発で直撃弾を出したようですからな」

「……ルバートか。そいつはどういう人間なんだ?」

「悪逆非道の男、だと噂ですな。魔物の襲撃を受けて弱った村を略奪するのが、彼らの稼ぎ方だと聞きます。あくまで噂ですがな……」


 なるほど。そういう男なら、密航者を縛って海に落とすのも納得だ。


「ニューロンデナム周辺での人気は?」

「ありませんよ。みな、船に巣食う鼠よりも毛嫌いしていますな」

「なるほど。……討伐すれば、冒険者ギルドへの人気は集まるだろうか」

「ルバートを討伐するって!?」


 海に落とされた元密航者が、俺たちの会話を盗み聞きして叫んだ。


「そういうことなら話は別だ! おれの話を聞いてくれ!」


 ……鍵開けの技能で分かっていたことだが、ただの密航者ではないようだ。


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