荒れ海の海戦
ルバートの出した戦闘配置の鐘を受けて、顔色の悪い冒険者たちが慌てて甲板に集まってくる。
船酔いしている者が多い。この荒れかたなら調子も悪くなるだろう。
「はっはっは! どいつもこいつも軟弱だな! この〈大熊の〉ガリシッド様を見習うべきだと言いたいが、無理だろうな! 俺は最強だからなー!」
元気なバカも居るようだが。
ジャンをはじめとする他の冒険者は大半が不調だ。
思ったほど戦力にならないかもしれない。
「……かなりの無茶をやっているようですな。船を壊さない程度に留めていただきたいものですぞ」
「へっ、任せとけ! 海賊上がりの本領発揮だぜ!」
呆れ顔のデーヴが上がってきて、ルバートの補佐についた。
この二人に任せておけば、操船は問題ないだろう。
「任せたぞ。俺は下に行って様子を見てくる」
冒険者たちが吐いたゲロだらけの船内を回り、様子を確かめた。
海に慣れている水兵たちも、流石に気分が悪そうだ。
おそらくエキノクシア商会も同じ状況だろう。
「ロンデナ、大丈夫か?」
「う、うん……」
彼女の個室を覗く。
持ち込んだ錬金セットを毛布でくるみ、何とかガラス器具を守ろうとしていた。
メアリーが、揺れで吹き飛ばないようにロンデナを支えている。
「私達、来る意味あった? やっぱり居残っておくべきだったわ……!」
「そうかも……」
「だが、戦えば怪我人が出るはずだ。その治療にポーションが必要になる。しっかりと錬金術の器具を守って、その時に備えて欲しい」
「……うん! 分かった! ちゃんと帰ってきてよ、アンリ!」
「心配するな、俺は必ず生きて帰る」
ロンデナたちの無事を確認したので、甲板上に戻る。
手すりやマストへしがみつく冒険者たちに紛れ、エクトラの姿があった。
「アンリ! 姿が見えないから、落ちたかと思って心配したのだ!」
「縁起でもない……」
その直後、実際に激しい揺れで足を滑らせた冒険者が出た。
悲鳴と共に甲板の反対側へ滑り落ちていく。
助けに入ろうとした俺の横を、エクトラが駆け抜けた。
崖のような傾きをものともせず、爪で甲板をえぐりながら先回りして彼を受け止める。
冒険者たちの歓声を受けて、彼女が誇らしげに胸を張った。
「わがはいは冒険者の神だからな! 一人だって見捨てないのだ!」
……その瞬間、船が反対側へと急激に傾いた。
すぐ近くで水柱が上がる。向こうの船が撃ってきた小型砲の弾をかわしたようだ。
向こうが先に撃ってくれた。撃ち返す大義名分が出来る。
「って、あーっ!?」
気を抜いていたせいで滑ってくるエクトラと冒険者を、両手でまとめて受け止めた。
木と木の隙間に足をかけ、強引に踏ん張って勢いを殺す。
「あいかわらず詰めが甘いな、エクトラ」
「ほんとなのだ……爪が甘いのだ……もっとしっかり磨いて鋭くしないと」
「そ、そういう問題か?」
「そろそろ射程だ! 急旋回するから、掴まれっ!」
ルバートが叫ぶ。エキノクシア商会の最後尾にいる船は、俺たちのすぐ目前だ。
「右舷、砲門開けっ!」
砲列甲板を波から守っている窓が一斉に開く。
その直後、帆が複雑な動きをしたかと思うと、船が派手に横滑りした。
「ふ……船がドリフトしてるぞ!?」
「そりゃあ、船はドリフトするだろうぜ! ドリフトってのは元々船舶用語なんだよ!」
「そういう問題か!?」
「砲手、撃てーッ!」
瞬間的に九十度近く回転した〈エクトラ号〉の右舷から、大砲が一斉に放たれる。
衝撃波が海に波紋を刻み、反動でわずかに船が傾いた。
片舷五門からダブルショットで十発の弾が飛び出し、ガレオン船の後部をえぐる。
「舵をやった! やつは脱落だぜ!」
最後尾にいたエキノクシア商会の船が、制御不能になって陸地へ向かっていく。
ぶつかる寸前のところで、がくん、と動きを止めた。錨を降ろしたようだ。
舵を修復するまでの数時間、あの船は無力化された。
「次! 全員備えろ、もっかいやるぜっ!」
激しい流れと風を使い、船がくるりと回り左舷を向ける。
ふたたび敵船めがけて斉射が行われた。
いくらか命中弾は出たが、致命傷は出ていない。
「おう? 撃ち返すつもりらしいぜ、あいつら! はっ、その腕でやれるかよ!」
撃たれた船が側面を向けようとして、急激に傾いた。
大きく波をかぶり、姿勢を崩してド派手に転覆する。
甲板の冒険者たちが一斉に歓声を上げた。
「あーあ! ま、あの場所ならすぐ陸に上がれんだろ! 良かったな!」
彼らにとっては幸運なことに、転覆した船が波から水兵たちを守る盾になっていた。
水兵たちが一斉に陸へと泳いでいく。
大半は助かるだろう。ちょうど近くに停泊している船もいる。
「残り三隻だぜ! さあ、どう出やがる!」
エキノクシア商会の中央にいた一隻が、帆を全開にして速度を上げた。
残りの二隻は後ろに残っている。
逃げたな、カルロ。
「……情けねえやつだ!」
「ふむ。残りの二隻からは、戦意を感じられませんな」
苦笑いしながら荒々しい戦いを見守っていたデーヴが、顎に手を当てる。
「降伏を勧告してみるとしましょうかね。少し、船を安定させていただきたい」
「しゃあねえな。少し速度を落としてやるか」
デーヴが太った体に見合わぬ俊敏な動きでメインマストへと登る。
そして、〈降伏しろ〉という意味の信号旗を掲げた。
しばらくして、商会の二隻が左右に道を開いた。
この荒れた海でマストに白旗を掲げるのは無理なのか、甲板に集まった水兵たちが白い布を必死で振り回している。
「残り一隻か。……ちっ、今ので距離が開いちまった。〈飛竜海峡〉を出ちまう!」
カルロの乗るガレオン船が、海峡を脱出して大海原に出た。
安定した海で向きを変え、こちらに大砲を向ける。
十つの大砲が火を吹き、黒い砲弾が飛来した。
ルバートがとっさに舵を回す。斜めに浅い角度を作った船体が、砲弾を弾いた。
「……! そこをどけっ!」
だが、甲板の冒険者たちに直撃するコースの砲弾があった。
とっさに踏み込み、剣を抜き、払う。
狼鉄の剣に、経験したことのないほど重い手応えがあった。
激しく震える剣が音叉のごとく残響音を響かせる。
二つに別れた砲弾が、船尾楼へと突き刺さって止まった。
「ア、アンリ? さすがのわがはいも、ちょっと引くっていうか……やばいのだ……」
「ほ、砲弾を斬った? ギルマスさん……俺たちを庇って……?」
「滅茶苦茶かよ!? 人間の域じゃねえぞ!?」
「今更ですな。あのギルドマスターは、そういう存在と割り切るべきですぞ」
「そうそう、あの人はゴリラだから……」
誰だゴリラ言ったやつは。
聞こえてきた方向を睨むと、そこにいた冒険者全員が目をそらした。
お前ら、全員俺のことゴリラだと思ったのか……。
いや……でも、ゴリラは別に悪口じゃないしな……悪口として扱ったら、何の罪もないゴリラがかわいそうだし……。
「しかし、一瞬で反応して砲弾を弾く避弾経始を作ったルバートも化け物なのですが。それが霞んでしまいましたな」
「ふん。こいつに負けるなんざ今更だ。それでも努力するしかねえ」
確かに、ルバートの反応も並外れていた。
王道で安心感のあるデーヴと違い、荒々しいが天才的な操船だ。
「少人数で扱える船が、〈エクトラ号〉以外にもあればな……」
冒険者パーティ単位で扱えるような戦闘艦が必要だ、と俺は思った。
土地柄を考えれば、いずれ冒険者が海の魔物と戦う必要も出るだろう。
そういうときに、ルバートのような冒険者が自らの戦闘艦を持っていれば、戦力はまるで違ってくる。
いずれ、アゼルに〈エクトラ号〉の製法を尋ねるべきだろう。
冒険者ギルドには、魔法の素材は溢れるほどにある。きっと魔法で再現できるはずだ。
「……おい、戦いに集中しろよ、お前ら! カルロの野郎は戦う気だぜ!」
おっと。その通りだ。
〈エクトラ号〉も既に海峡から脱出し、穏やかな海に乗っている。
あとは一対一。最後の大詰めだ。




