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出撃と逆恨み


 デーヴの家へ向けて走っている最中、俺は港には火が灯っていることに気付いた。

 入り江の中を船団が逃げていく。


「あれは……エキノクシア商会の船か……!?」


 行き先を変えて、港へ降りる。

 係留ロープを片付けている人夫を捕まえて、話を聞いた。


「あの出ていった船団! どこの船だ!」

「ん? あれなら、エキノクシア商会の船ですけど」

「やたら大量に食料を積み込んでいなかったか!?」

「え? ああ、あの樽とか木箱、全部が食料だったんです? なら、長期航海に出ても余りそうな量でしたねえ」


 ……食料を買い占めて、夜中に逃げていったか。

 悪いことをしている、と言っているようなものだ。

 一応、市場に卸していない保存食が倉庫に蓄えてある。

 すぐに民が飢えるようなことはないはずだが……。


「にしても、露骨すぎる。ずさんだな……」


 状況証拠が重なりすぎている。エキノクシア商会も言い逃れしにくいだろう。

 カルロが無能なだけならばいいが。

 まさか、わざと喧嘩を売っているのか? 俺に表立って敵対する気なのか?

 だとするなら、どこまでが俺の敵だ?


 カルロ単独なら、まだいい。商会が俺と敵対する気なら、厄介だが対処できる。

 ディラソル帝国が本気で俺を潰しにきたならば、さすがに無理だ。

 あの国の皇帝はきっと俺を憎んでいるだろうが、さて……。


「……何にせよ、まずはカルロの船団を止めないとな」


 改めて、俺はデーヴの家に向かった。



- 三人称視点 -



 同時刻。ニューロンデナム沖合、ガレオン船上。

 その海図室で、カルロが神経質に指を叩いていた。


「絶対に許さないぞ、アンリ・ギルマス……」


 あの男は、カルロへ度重なる侮辱と不適切な態度を積み重ねてきた。

 それだけならば、いくら気に入らなかったとしても、彼がこんな敵対行動に出ることはなかっただろう。

 冒険者ギルドは金の卵を生むガチョウだ。半端に手を出す意味はない。

 それぐらいはカルロも理解している。


 だが……”かき氷”だ。それが、彼の逆鱗に触れた。


「あれは貴族の食い物だぞ……それを、冒険者のような連中に振る舞うなど……」


 ときに、食事は文化的な意味を持つことがある。

 ディラソル帝国において、かき氷というものは特殊な意味を持っているのだ。

 魔法が衰退して以降、かき氷を食べるためには帝国北の山脈から氷を切り出して運ぶ必要があった。そして、その北の山脈は皇帝の私有地である。


 普段からかき氷を食べられるのは、皇帝とその一族だけだ。

 そうでない貴族に対して歓待の場で皇帝からかき氷を振る舞われるようなことがあれば、それは大変な名誉であった。

 皇帝が相手のためにわざわざ氷を切り出させた、ということを意味しているからだ。


 歴代皇帝の肖像画にも、どこかにかき氷や氷が描かれていることが多い。

 それぐらい、ディラソル帝国の皇帝とかき氷は密接に結びついている。


 そしてまた、カルロにとっても、皇帝とかき氷には特別な思い出があった。

 あれは彼がまだ五歳だったころ。

 ……皇帝が彼を見る目に、”失望”や”嫌悪”が含まれていなかった頃のことだ。


「カルロ。期待しているぞ」


 カルロはその景色を鮮烈に覚えている。

 夏の日差し。なみなみと汗をかいたかき氷の器。皇帝の、柔らかな笑み。

 皇家の一族として認められていた時代の誇りと栄光、その全て。

 その全てが、”かき氷”という、何の変哲もない食事に結びついているのだ。


 アンリ・ギルマスのかき氷を食べた瞬間に、それが上書きされてしまった。

 すがるべき過去の栄光を夢見る時ですら、あの気に入らない男の顔がちらつく。


「許さない……!」


 カルロの指に力が入り、海図が歪んだ。


「貴族を愚弄するにも程がある……! 貴様だけは許さん……っ!」


 つまり、彼は私怨で動いていた。商会からの指示は”秘密裏に食料を買い占めて、アンリを妨害しつつ挑発しろ”というもので、敵対しろという指示は来ていない。

 にも関わらず、彼は衝動が抑えきれず、自らの船団を出港させた。

 アゼルランド商会の食料船団を襲うために。


 海賊にアゼルランド商会を襲わせて自分はしらを切るような、洗練された嫌がらせではない。怒りに任せて、彼は自ら船団を襲いに向かっている。

 これは完全に突発的な私怨であり、アンリ・ギルマスへの憎しみから来る暴走である。

 ……カルロは、愚かな男であった。



- アンリ視点 -



 薄明の海を赤く染めながら、太陽が登ってくる。

 〈エクトラ号〉の船員たちはまだ集まりきっていない。

 近くに停泊しているアゼルランド商会の船団も、まだまだ出港準備の最中だ。


「ギルドマスター。言っておきますが。アゼルランド商会の船は、おそらくカルロの船団に追いつけないでしょうな」

「そうなのか?」

「ええ。どちらも同タイプのガレオン船ですぞ。アゼルランド商会の船は速度重視ですが、逆風の中を進むことになりますからな。速度に差は出ないでしょう」


 カルロの進路は判明している。北東へ向かい、食料船団を迎撃するコースだ。

 つまり、この時期の季節風を真っ向からさかのぼる形になる。


「どちらも、季節風を使った大陸間貿易のための船ですぞ。追い風に強い四角帆が主ですから、向かい風には弱いというわけですな」

「だが、〈エクトラ号〉は縦帆が主か。向かい風に強い」

「そういうことですな。我々が先行することになるでしょう」

「……エキノクシア商会の船団は、どういう構成だ?」

「自衛能力を持ったガレオン船が五隻。どれも、大砲は二十門前後ですな。商船とはいえ撃ち合えば勝ち目はありません、が」


 港の桟橋へと降ろされたタラップを、次々と冒険者たちが登ってくる。

 街の鐘を鳴らしてもらい、緊急招集をかけた結果だ。

 ……無関係な民には、少し迷惑をかけた。

 ギルドのメンバーだけを緊急招集できる方法があればいいのだが。


「我々は冒険者ギルドですからな。彼らを使っていきますぞ」

「ああ。どうにか白兵戦に持ち込んでいこう」


 〈ロンデナ自警団〉のジャン。〈くまくま団〉のガリシッド。〈ルバート冒険団〉のルバート。実戦経験豊富なA級の冒険者たちが、パーティを率いて集まった。

 報酬は参加者一人につき銀貨十枚。彼らにしてみれば、そう高いものでもない。

 だが、今の冒険者ギルドには、危機に協力して立ち向かおうとする空気がある。


「アンリ! わがはいが来たぞー!」


 エクトラがタラップを駆け上る。

 その後ろに、ロンデナとメアリーの姿もあった。


「錬金術セットを持ってきたよ、アンリ。最近ね、冒険者の魔力を活性化させる薬を試作してたんだ。直接は戦えないけど、私も手助けするから……!」

「……重要人物を一隻に集めるなんて、正気とは思えないわね。沈んだらどうする気?」


 メアリーは露骨にロンデナへとぴったりくっついている。

 要するにロンデナが心配なのだろう。


「安心しろ。帆船の撃ち合いで船が沈むことなんて滅多に無い」

「うむ。よほど滅多撃ちにされない限り、大砲だけで勝負を決するのは難しいですぞ」

「そういう話じゃないのよ。大砲の弾とかがロンデナ様に直撃したら……」

「心配するな。ロンデナは俺が守ってみせる」

「……わ、わあっ! アンリ……!」


 ロンデナが赤面した。


「いやアンリ、あんたね。大砲からどう守るってのよ。大砲の弾でも叩き落とす気?」

「流石の俺でも、それはどうだろうな……まあ、何とかしてみせるさ」

「ね、アンリ、えっとね。部屋の中に暗殺者が居るかもしれないし、私の部屋に来ない? 〈エクトラ号〉って個室あるんだよね? あ、メアリーは別の部屋に出ててね」

「何する気なのよ。させないわよそんなこと」

「俺はエクトラの巫女だぞ……」


 興奮したロンデナの好意を宥めつつ、集まった冒険者の数を確かめる。

 並ばせるのも難しいぐらい、甲板は人でごった返していた。

 そもそも〈エクトラ号〉の船員は増えていて、今は水兵だけで四十人だ。

 そこに追加で冒険者たちが乗り込めば、流石に窮屈にもなる。


「全員、集まったな。出港するぞ!」


 錨の巻き上げ機を、エクトラと一緒にぐるぐる回す。

 いつ見ても奴隷が回していそうなデザインだ。

 それから係留用のロープを解き、そこで船の帆がひとりでに降りた。

 〈エクトラ号〉の魔法は順調に動いている。


「さあ、行くぞ! エキノクシア商会のカルロを迎撃し、食料を輸送中の船団を守る! 俺たちの飯が掛かった戦いだ、気合を入れろよっ!」


 おおっ、と皆が声を揃えた。



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― 新着の感想 ―
[一言] そりゃ失望やら何やらが含まれるようになるわな 面倒事引き起こすだけだもの
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