買い占め策の狙い
エキノクシア商会をはじめとする各国の商会が冒険者ギルドに目を付けはじめたことで、いよいよ魔物素材等のオークションを開く必要が出てきた。
……アゼルランド商会や王国としては、あまり面白い話ではないだろう。
いくら自由貿易の方針を取っているとはいえ、儲け話は独占したがって当然だ。
「……オークションを通さず素材を売却してもらうことなどは……」
アゼルランド商会のファルコネッタからそう頼まれたりもした。
「しない。すべての商会は、平等にオークションへ参加してもらう」
「……わかりました。でしたら、まっとうに稼ぐとしましょう……」
もちろん却下した。筋の通らないことをする気はない。
そもそも、冒険者ギルドを一国の下に留めるつもりはない。
アゼル様に恩はあるが、ニューロンデナムの発展だけでその恩は十分に返した。
目指す先は国を股にかける組織だ。
ニューロンデナム近辺にこだわる必要はない。世界中の魔物を討ち倒して土地を切り拓いていけば、人々は豊かになって幸せになるし、エクトラへも信仰が集まるのだ。
このオークションで信頼を稼ぎ、他国に支部を作る足がかりとしたい。
冒険者ギルド主催オークションのため、準備を進めていく。
開催場所は街の神殿に定めた。他に集まれる場所がない。
オークションの運営はもちろん冒険者ギルドで行う。
書類仕事が増えるので、追加でギルドの事務員を雇った。
”冒険者として登録をしたが、気質が冒険者に向いていなかった”人々の中から、書類仕事の経験がある者を選別したので、問題なく仕事は回るはずだ。
「ギルドマスター。このまま行くと、港がキャパシティを越えますぞ」
準備を進めている俺の元を、デーヴが訪れた。
「様々な商会が一挙に集まることなど想定していない作りですからな」
「そうか。そろそろ、街の拡張工事をするべきかもな」
サハギン対策で街を囲んでいる木の城壁は、すぐに解体することができる。
街の領域を広げて、港も街も拡大するべき時が来たのだろう。
「あと……港の沖に珊瑚コンクリートの護岸と封鎖可能な水門を作り、水中からの襲撃に対策する計画だが」
「中止が妥当でしょうな。あなたの策で、近辺のサハギンは一網打尽でしたから」
「いや。計画を進める。ただし、水中からの襲撃だけじゃなく、水上からの襲撃にも対応しておきたいんだ。砲台を作りたい」
ふむ、とデーヴが頷いた。
「陸上の要塞と船が撃ち合えば、勝つのは常に要塞ですからな。確かに、この街が豊かになったのですから、人間相手の防御を固めておいても損はないでしょう」
「次にマルメたち人魚族とアゼルランド商会が貿易するとき、お前も着いていって仕事を頼みたい旨を伝えておいてくれ。報酬を払う用意はある」
「了解ですぞ」
そして、俺はすぐさま街の拡大計画を作りはじめた。
今のニューロンデナムは入り江の奥側だけを使った小さな街だ。
そこから窮屈な城壁を取り払い、市街地を入り江の全域に広げる。
神殿やギルド、領主館のある丘の上はそのままに、海に面した部分を広げる形だ。
「おはよう……あれ、アンリ? もしかして徹夜したの?」
「ロンデナ、ちょうどいい所に。なるべく早く街の拡大計画を作り上げて工事に移りたいんだ。時間が経てば、またサハギンの数が増えるかもしれないからな」
徹夜で作り上げた計画の叩き台をロンデナに渡し、朝食を詰め込む。
と、ゆっくり起きてきたエクトラが食卓につき、俺の顔を覗き込んだ。
「アンリ、また無茶してるのか? よくないぞ!」
「これぐらいなら平気だ。たかが一日の徹夜だぞ」
「ほんとかー?」
「ああ。心配するな」
さっさと朝食を食べてギルドへ向かう。
喫茶店の開店から数日が経過して、さすがに朝から列は出来なくなった。
「ギルドマスター、おはようございます。……徹夜ですか?」
ハンナが昨日のデータを手渡しながら、心配そうに見つめてくる。
「みんな心配性だな。大丈夫だ。それで、今日の予定だが」
「あ、はい。まず、ファルコネッタと商談。それから、昼に新しく来た商会と挨拶。夜には、ギルドの皆で集まってオークションについての会議ですね」
最近、ハンナには俺の秘書を兼ねてもらっている。
ちょっとづつ冒険者ギルドの職員も増えてきたので、受付業務に支障はない。
……まだ若いから仕方がないが、デーヴと比べて秘書としての能力では劣っている。
本当ならデーヴを側近として手元に置いておきたいが、彼は彼で定期便の管理や海の魔物の生息調査といった仕事があり、忙しいのだ。
「午後にもう一つ予定を差し込む。街の拡大工事をやる必要があるんだ。正式な計画が決まる前に、大工から話を聞いておきたい」
「い、忙しくないですか? 普段のギルドの仕事もあるのに」
「仕方がない。どれも俺がやるべき仕事だ」
言いながら、ハンナから受け取った書類のデータを確認する。
冒険者の活動範囲は拡大を続けている。一日あたりの討伐数も増え続けている。
ちらほらと他国から引っ越してくる者が出始めたようだ。
……人が増えすぎて、どこの宿も冒険者でパンパンになっているらしい。
やはり、街の拡大を急がなくては。
書類仕事をこなしたあとで、俺はギルドの倉庫でファルコネッタと会った。
俺が作った”冷凍庫”について話があるようだ。
「オークションの開始は数日後だ。冷凍庫も出品する。そこで競り落としてくれ」
「……いえ、その……氷を作るのではなくて、部屋の温度を下げれるものを作れないかな、と……ちょっと暑すぎて寝苦しいんですよ……蒸れますし……」
「なるほど。確かに、冷凍庫と同じ理屈で部屋の温度も下げれそうだな」
部屋の外に温度を出して、ヒレの冷気を部屋の中に取り込めばいい。
やることは同じだ。
「個人的な依頼なら、問題はないか。施工場所は?」
「私の家にお願いします……」
「分かった。今日中に試作しておく。明日には取り付けられるはずだ」
「ありがとうございます……本当に、暑くて……一日八時間しか寝れなくて困ってたんです……」
「寝れてるじゃないか」
「八時間じゃ足りませんよう……」
欠伸をしている彼女を見送り、部屋を冷やす装置を試作してみる。
熱を部屋の外に捨てるために、開いた窓に固定する形にした。
名前は……部屋を冷やす機械だから〈クーラー〉でいいか。直球だ。
「ギルドマスター。もうすぐ商会が挨拶に来る時間ですよ」
「おっと、もうそんな時間か」
領主館で平凡な商人と挨拶を交わし、それから街の拡大計画について大工に意見を聞き、夜にギルドで会議を開いてオークションについての詳細を詰め。
領主館に帰ってから、ロンデナたちの見つけた修正点や大工の意見を元にまた計画を作りなおし。
そうこうしているうちに、窓の外から太陽が登っていた。
「……さて、今日の仕事は……」
面会をいくつかこなし、鍛冶師のところで武器防具の生産を確認して、痴話喧嘩で妻が夫を刺した事件の裁判に出席し、あとは街の拡大計画と平常業務。
よし。いける。
周囲に心配されながらも、俺は仕事をこなしていった。
間に仮眠を挟んで何とか保たせながら、忙しい一日をしのぐ。
「ギルドマスター……食料価格に不自然な動きが……」
ただでさえ忙しいってのに、厄介な案件が増えた。
「ファルコネッタ、食料を積んだ船団は今どのあたりだ?」
「もう中間点の〈ミッド・アイランド〉は越えているので……一週間以内には……」
「なら価格操作は無駄だ。どうせカルロだろうが、好きにやらせておけ」
何がやりたいんだか。やつが損するだけだ。
無能なりに、俺を潰そうと頑張っているんだろうが。
「いいのですか……?」
「ああ」
何か見落としている可能性は? いや、ない。
いくら徹夜だろうと、カルロごときに遅れを取りはしない。
「だが、報告をありがとう。助かった」
「いえ……これからも、仲良くやっていきましょうね……」
彼女が帰ってから裁判に出席し、この日の業務を終えた。
あとは拡大計画を詰めていけば……あっ、思い付いた。
「そうだ! 魔物の皮の防弾テストをするべきじゃないか!?」
「いきなりどうしたんですか!?」
「思い付いたんだ。魔物にあまり銃弾は効かないわけで、皮に防弾性があるんじゃないかと思ってな。よし! ハンナ、倉庫に行くぞ!」
「何故!? 休んでくださいよ!? ちょ、ちょっと!?」
木のマネキンへゴブリン皮を固定し、銃弾を放つ。
威力は弱まったが、貫通した。なら数枚重ねてやれば。
「あの? ギルドマスター? 暴走してませんか?」
「何の話だ」
「睡眠時間を削ってまでやる実験じゃないというか……どうしても必要なら、私に任せてもらえば実行しておきますよ?」
「そうなのか? なら、頼む。俺は街の拡大計画を進めるとしよう」
「いや、休んでくださいよ!?」
長い夜を使い、図面にがりがりと修正を入れていく。
いくつものアイデアが泡のように生まれては消えていく。
街の計画からギルドの運営、あるいは効率的な入浴の方法まで。
俺はつい胴体から洗ってしまうのだが、頭の上から洗っていくべきではないだろうか?
「入るか、風呂」
外のかまどに薪をくべ、残り湯を温めて湯に浸かる。
思わず声が出た。疲れている。特に動いたわけでもないのに。
そういえば、疲れてる時の俺は暴走しがちなんだったな。
まだ特に暴走している覚えはないが、気をつけておこう。
「……ん?」
細かく揺らいでいる風呂場の水面を見ていると、何かが引っかかった。
波。海。カルロの食料買い占めが成立しないのは、海から食料が届くから。
なら、船団を襲えばいい。
「海賊!」
適当な海賊を雇うなり、エキノクシア商会の船から国籍を隠すなりして、食料を運んでくる船団を襲ってしまえばいい。
それで食料買い占め策は機能する。悪くない。カルロのくせに。
俺は湯船から飛び上がり、瞬速で着替えて街を走った。
ファルコネッタの家のドアを連打する。
「起きろ!」
「……ふええ……何ですか……?」
「朝一番で、アゼルランド商会の船団を食料船団に向けて出発させてくれ!」
「……?」
眠たげに瞳を擦るファルコネッタが、ふいに目を見開いた。
「食料の買い占め策は、そういうことですか……!」
「頼むぞ! 俺はデーヴを起こしてくる!」




