かき氷
翌朝。冒険者ギルドの前に、ちょっとした行列が出来ていた。
聞けば、カフェの開店を待っているのだという。
……列の中にエクトラが混ざっていた。
こういう楽しそうなことは絶対に見逃さないやつだからな……。
「ちょっと期待が膨らみすぎてないか、ハンナ?」
中へ入ってから、もう集まっている受付嬢たちへ話を振った。
「ですねえ。今までこの街に軽食を食べれる店なんて無かったですし、ちょっと予想外に反響が。ま、来てみたらまずくてガッカリして明日から人も居なくなるんじゃないですか? 腹が膨れればいい冒険者向けのメニューですし」
「それでいいのか?」
「えっ」
俺は喫茶店のカウンターを見た。
奥に女性店員がいる。そばかす顔の田舎娘、みたいな雰囲気だ。
「どうせなら、客に満足してもらいたくないか? 冒険者ギルドでやるからには、喫茶店といえど手を抜きたくはない」
「は、はいっ! あたしも、全力でやるつもりですっ!」
喫茶店の店員が、元気よく返事をした。
「本気ですか? いえ、ギルドマスターのことだし、本気なんでしょうね」
「ああ。まだ開店までには三十分ほどあるな。何か案はないか?」
「あー……そういえば、昨日張り出してた依頼の魔物、討伐成功してましたよ。解体された素材が向かいの倉庫に入ってます」
「よし。氷を作ろう。皆、氷の入った飲み物なんて飲んだことがないはずだ」
俺はさっそく、道を挟んだ反対側に建っている倉庫へ向かった。
魔物の種類別に別れた棚を探していると、〈ヒレトカゲ〉なる魔物が目に留まる。
そういう名前になったらしい。整頓された部位の中から、巨大なヒレを手に取る。
既に三匹も討伐したらしく、完全な形のヒレが三枚も並んでいた。
「えっと、確か……魔力を流すと……」
久々に魔力を操作して、何とかヒレへと魔力を通す。
すうっ、と周囲の空気が温まり、逆にヒレが冷たくなった。
「よし。このヒレを並べて、ヒレの冷たさを水に伝えてやれば……」
倉庫から使えそうな物を集め、俺は工作を開始した。
まず木箱にサハギンの皮を張る。これは防水性能に加えて断熱性も高い。
水中で生きる魔物だから、海水の温度から身を守る必要があるのだろう。
箱の両面にサハギン皮を張った上で、接着剤で中にヒレを並べる。
あとは、ヒレに接触するような形で魔石を配置してやると……。
「箱の中が熱くなってるせいで、全然冷えてないな……」
当然か。大急ぎで解決策を考える。
要するに、ヒレの冷たさだけを箱の中に伝えられればいいわけだ。
俺はまず、新しく木の板を持ってきて、そこにヒレを貼り付ける。
倉庫から鉄の剣を引っ張り出し、柄をバラして鉄をヒレと接触する形にした。
それから、ヒレと鉄剣の間に水を流す。
水が凍りついて、氷が剣とヒレの隙間を埋めて固定した。
これで剣とヒレが密着し、しっかりと冷気が伝わる。
続いて、剣の切っ先を断熱した箱へ突き刺す。
これで、箱の中に冷たい鉄剣の切っ先だけがある状況だ。
表面は氷で覆われているから、衛生的な心配も特にない。
「あとはトレイに水でも入れて、この箱で冷やせば……」
よし、完成だ。氷生成器。
いや、生成する機能まではないな。ただの冷たい倉庫みたいなものだ。
”冷凍庫”と呼ぶべきか。
俺は冷凍庫を抱え、ギルドへと戻った。
受付嬢たちも店員も、この珍妙な機械をじろじろと見て困惑していた。
「それ、何なんですか?」
「氷を作る機械だ。冷凍庫、と名付けた。この箱の中に手を入れてみろ」
「おおっ!? 冷たい!?」
「凄い! あたし、こんな冷たいの生まれて初めてっ! さすがギルマスさん!」
それから、俺たちは大急ぎで氷を作りはじめた。
必要以上に大量の魔石をヒレにくっつけて、急速に庫内を冷やす。
中がものすごく冷たくなり、冷気が白い靄となって立ちのぼった。
ギルドの柱時計をちらりと見た。開店まであと五分。
「せっかくだし、氷を使ったレシピが欲しいな」
「あと五分ですよ!?」
「俺たちは諦めない。最後の一分一秒まで、全力を尽くす……!」
「か、かっこいい!」
「そ、そんな全力でやることなんですかね……?」
素直に感動している喫茶店の店員と違い、ハンナたちはスレた反応だった。
「半端なのは嫌いだ。氷……そういえば、氷を削って食べるお菓子がある」
「あー、貴族とかが食べるって聞いた覚えがありますね」
「万神殿でも神がよく食べていた。名前は……そう、”かき氷”だ」
俺は氷を取り出し、綺麗に洗ったナイフで削る。
冷たい容器へと氷が積もっていった。
「……削る機械が欲しくなるが、今はこれでいこう。俺が自ら氷を削る」
「ギルマスさんが!? ほんとにいいの!?」
「いや、ギルドマスター、氷削ってないで仕事をしてほしいんですが……」
「今日はこれが仕事だ。あとは味付けだな。この喫茶店にいい材料はあるか?」
「いえ……一階の窓口の裏のギルド職員室に、ちょっとした休憩室がありますよね。あそこの小さなキッチンで料理するので、あまり材料も揃っていなくて」
「なら、外から持ってくるか」
俺は少し考えた。
確か、港の倉庫にライムが運び込まれているはずだ。
アゼルランド商会が輸入した食料のひとつで、長期航海での壊血病対策を兼ねている。
当分は俺たちが長期航海に出ることはないし、アレを使えばいいか。
「ライムを絞って氷に味をつけるぞ。ひとっ走りしてくる」
大急ぎで倉庫へ向かい、ライムを腕一杯に抱えて全力疾走で戻ってくる。
ギルドの前に並んだ冒険者たちが、俺を怪訝な顔で眺めていた。
エクトラだけは何故か自慢気に胸を張っている。
「見たか! アンリという男は、ギルドのために全力を尽くしている男なのだ! お前たち冒険者も、わがはいだけでなく、アンリにも感謝するのだぞー!」
「そ、そうだな!?」
「が、がんばれー!?」
謎の声援を受けながらギルドへ駆け込み、ライムを喫茶店に配置する。
試しにかき氷へライムを絞って一口。……文句なしにうまい!
そこで、柱時計がごおんと鳴った。冒険者ギルド開店だ。
窓口や依頼の掲示板に目もくれず、冒険者たちが喫茶店へと殺到した。
書き足されたばかりの”超おすすめメニュー”であるかき氷をこぞって頼む。
「お水です! どうぞー!」
「おう、ありがと……うわっ!? 氷が! 無料の水に、氷がっ!」
「ど、どうなってんだ!? こんな南国で!? 魔法だって用意するの大変だろうに!」
「説明しよう」
俺は氷を削り出しながら、冒険者たちに冷凍庫のことを説明した。
「ギルマスさんが作ったのか!? すげえな……!」
「流石、俺たちのギルドマスターだ! 全力を尽くしてるっての、嘘じゃねえな!」
「感動するのは、食べてからにすることだ」
山盛りになった氷へライムを絞り、かき氷を冒険者たちに提供する。
「……」
スプーンですくって食べた冒険者たちが、絶句した。
涙ぐんでいる者までいる。
「氷菓子……俺たちが、こんなものを食えるなんて……」
「貴族の贅沢の代名詞じゃん……いいのかよ、ほんとに……」
「うめえ……冷てえ……熱い体にスーッと効く……」
「ううっ……! ギルドマスターになら抱かれてもいいっ……!」
抱かないが。ともかく大好評だった。
食べ終わった冒険者が席を立ち、なぜか俺に握手を求めてくる。
そうこうしているうちに、喫茶店の席へとエクトラが座った。
「アンリ! かき氷二つ!」
「一つで十分だ」
「えー」
手早く氷を削り、エクトラにかき氷を出す。
「うまーっ! めちゃうまー! 朝から並んだ甲斐があったのだー!」
彼女は一気にガツガツとかき氷を流し込んだ。
「あっ……頭が痛いのだっ……!」
そういえば。こういう氷の菓子は、一気に食べすぎると頭が痛くなるという。
「うまっ……頭いたい……うまっ!」
頭を抑えながら、エクトラがペースを緩めずかき氷を放り込んでいた。
「ゆっくり食べろ」
「でも……痛いのに、手が……手が止まらないのだ! あうう」
苦痛を覆い隠すぐらい満面の笑みで、エクトラがかき氷を完食した。
「これ、運動したあとに食べたいのだ! 泳いだあととか、絶対サイコーなのだ!」
彼女はうきうきとギルドの外に消えた。ひと泳ぎしてからまた来るつもりだろう。
「さ、席が空いたぞ! 次のお客様、こちらへどうぞー!」
それから日が落ちるまで、客足は途絶えなかった。
大評判だ。……かき氷や氷の入った飲み物以外のメニューは微妙な反応だったが。
全力を尽くした甲斐はあった。
「ふん! 君、なんでもかき氷を庶民に出しているそうではないか! 困るねえ、そんな模造品を出されては貴族の食べ物が誤解されてしまう!」
閉店間際に、カルロが来た。
「客なのか? なら、注文しろ」
「かき氷一つ」
「承った」
冷凍庫の中からかき氷を取り出し、ライムを絞って彼に出す。
「……!? う、美味いぞ……!? そんなはずが……!」
彼は異様なほど動転している。
「製法の関係で、魔力が染み出しているのかもな。普通に氷を削ったものより美味いんじゃないか?」
「くっ! 覚えていろ……っ!」
謎の捨て台詞を吐いて、カルロが消えていった。
……なんだかよく分からないが、勝てたならよし。
「閉店時間だ。皆、お疲れ様。今日は慌ただしい一日だったな。よく休んで、体を休めて欲しい」
皆がギルドから帰宅していく。
俺は少しだけ居残って、氷を削るための機械を木で自作した。
専門家には負けるが、それができるぐらい最低限の工芸スキルはある。
あらゆる分野でこれぐらい出来なければ、地元の〈有翼騎士団〉には入れない。
必要とあらば馬から降りて工兵にすら化けれるのが〈有翼騎士団〉なのだ。
「ふう。こんなものか」
作り上げたかき氷機でごりごり削って、かき氷を一つ作る。
喫茶店の椅子に座り、一人っきりでゆっくりと食べた。
たしかに美味い。
「アンリ? こんなとこにいたのだ」
「ああ、エクトラ。心配させたか?」
「いいや。アンリのことは何も心配なんかしてないぞ!」
彼女は隣の椅子にぴょいと飛び乗った。
「わがはいにもかき氷一つ!」
「ああ。今度はゆっくり食べろよ」
「分かってるのだ。わがはいは同じ失敗を二度するような甘い神じゃないのだ!」
そして一分後。
「いたーい!」
「やっぱりな……」
案の定だ。苦笑いしながら、俺は器を片付けた。




