カフェと条約
カルロを追い返した翌日に、またエキノクシア商会から面会要請があった。
領主館の応接間で客を待つ。
エキノクシア商会が違う人間を送ってきたかと思いきや、またカルロが現れた。
「冗談だろ?」
どうなってる? この商会はそこまで腐ってるのか?
「ワタシは寛大なのだ。今すぐに謝ったなら、許してやらんこともない」
「……エキノクシア商会を締め出したところで、俺たちに被害はないぞ?」
「おや? いいのか? 本気でワタシを怒らせるのか?」
カルロの態度に、どことなく余裕があった。
本気で自分を怒らせるはずがないと思っているのか。
あるいは、何らかの罠があるのか?
「まるで自分から蹴り出されたがっているような振る舞い方だな」
「……!」
カルロの眉毛がぴくりと反応した。
「お前はバカだ。が、二回も送ってくるということは、商会もお前と同じぐらいのバカなのか? あるいは……バカを送って、俺たちを怒らせたがっているのか?」
「だ、誰がバカだっ! このワタシに対して、なんという侮辱!」
「蹴り出す事で、俺たちにとって都合が悪くなるとしたら? それは純粋な経済の問題か? 違う。困らないからな。だとするなら、政治」
「何の話をしている!?」
「ロンデナ。領主館の官僚たちに、過去の資料を調べさせてくれ。エキノクシア商会と何らかの条約を結んでいないかどうか。違約金や罰則の存在が無いかどうか」
「うん。分かった」
彼女が応接間の外へ出ていったので、俺とカルロが一対一になった。
「都合のいい捨て駒にされたな、カルロ。自分の役割に気付いているか?」
「捨て駒だと!? 違う! 私が仕切っているのだよ!」
「ふ。そうか」
「は……鼻で……笑ったな!? このワタシを!」
彼は顔を真っ赤にして震えた。
我慢できない、とばかりに机を叩く。
「覚悟しろ! エキノクシア商会の力で、お前を絞め殺してやる!」
カルロはドスドス扉へ向かった。
「待て、カルロ。言っておくが。ニューロンデナムは自由貿易の方針で運営されている。たとえ俺を怒らせようが、エキノクシア商会の商売を邪魔はしない」
「……ふん!」
彼が去ったあと、官僚たちが俺の下に資料を届けた。
いわく、五年ほど前にエキノクシア商会とニューロンデナムの間では貿易に関する取り決めがされていたのだという。
ニューロンデナムがエキノクシア商会の寄港や商売を邪魔しないかわり、商会もまた街への武力行使をしない、ということを決めた条約だ。
違反した際には違約金として金貨五十枚を支払う、という内容が記されている。
「俺を怒らせて、この取り決めに違反させたかったわけか。そんなことだろうと思った」
「エキノクシア商会が賠償金を狙ってたってこと?」
「むしろ、武力行使の大義名分を求めていたのかもしれないな」
ひとまず、商会の仕掛けてきた罠はかわした。
「この一件で、エキノクシア商会は敵だと分かったな。追い出せないのは厄介だが、注意深く見守っていこう。また何か仕掛けてくるかもしれない」
この条約では、”買い占め”も”市場操作”も禁止されていない。
あの商会は違反しない範囲でいくらでも俺たちを妨害できる。
条約が甘いのは、それだけニューロンデナムの立場が弱かったということだろう。
「俺はこれからギルドに行く。条約の細かいところは、お前と官僚たちで見直しておいてくれ」
「うん、任せて」
- - -
ギルドに戻ってみると、お洒落なカフェが完成していた。
木の机と椅子を並べて装飾を施しただけなのだが、一見してそうは見えない。
まだ店員は居ないようだが、ギルドにたむろする冒険者たちがすでに椅子を占拠している。図々しいやつらだ。
「ギルドマスター。いかがですか?」
「いいんじゃないか? センスがあるな。俺とは大違いだ」
「確かに、ギルドマスターの作る内装って無骨ですよねえ」
客席に腰掛けたハンナが、お茶の入ったグラスをくるくる傾けている。
「カフェの店員も雇いましたよ。明日からですがね。一杯、いかがです?」
「もらおう」
彼女がカウンターの反対側に回り、グラスへと茶を注いだ。
麦茶だ。熱い南国の日差しで温まった体に染み渡る。
「よく冷えてるな。これで氷があれば最高なんだが」
「魔法で作ってもらうにしても、手間が掛かりますからねえ」
「錬金術で何とかならないものか……」
「いやいや。氷を作れるような素材なんて、雪国に行かないと見つからないんじゃないですかね? それこそ、船で長い遠征に行くぐらいはしないと」
「だが、氷を作る機械について古文書で読んだ覚えがあるんだ。詳細なことは書かれていなかったが、南国に自分の体を魔法で冷ます魔物がいて、そいつの素材から作れるらしい」
「へえ、南国に。なら、探索の依頼を出してはいかがです?」
「そうだな」
俺は大雑把な概要を書き出して、掲示板に張り付けた。
すると、カフェを占拠していた暇な冒険者たちがさっそく集まってくる。
「自分の体を魔法で冷やす魔物? 誰か知ってるか?」
「あ、まさか! あのアレ、湿地帯にいるトカゲみたいなやつ!」
「背中にヒレの生えてるやつか? 確かになんか冷たかったな!」
冒険者たちが目星をつけて、さっそく湿地帯へ向かっていった。
反応が早い。こういうスピード感は、間違いなく冒険者ギルドの武器だ。
「いいですね。活気があって。こういう空気を維持していきたいものです」
「そうだな」
俺たちは麦茶を飲みながら、冒険者たちの幸運を祈った。




