皇帝と商会
(敵側の視点です)
ディラソル帝国皇帝、フェロス。
新大陸で金銀鉱山を当てて、この帝国を〈黄金の帝国〉へと作り変えた男。
そんな彼は高級な毛皮に身を包み、帝冠と共に玉座へと座っている。
「皇帝陛下。アゼルランド国王より、陛下への手紙が届いております」
「手紙? 奴から? ゴミ箱にでもくべておけ」
「ですが、その……要件がですね……アンリ・ギルマスについてだと」
「何!?」
皇帝フェロスは玉座から腰を浮かした。
「わがミスリル鉱山支配計画を挫いたのみならず……アゼルランド王国に与するか!」
皇帝は手紙をひったくり、中身へ目を通す。
「新大陸で、ギルドマスターを!? あの男がどうして万神殿の外にいる!? 確かに閉じ込めたはずだ! 強引に手を回して、無理やり巫女として叩き込んたのだぞ!?」
皇帝は手紙を握りつぶした。
アンリが何故か巫女として登録されていたのは、彼の陰謀によるものである。
何らかの意図がなければ、そんな奇妙な手違いが起きるはずがない。
……だが、そこまでしても外の世界に出てきてしまったようだ。
「諜報部は何をしている、何故わが元へ情報が来ていない!? ……無能どもめ……どいつもこいつも、黄金に溺れるばかりだ! 夜毎のパーティに使う金の十分の一でも仕事に使っていれば、こうはならぬだろうに!」
「……は、ははっ。すぐに行方を調べさせます」
「遅いわ! アンリ・ギルマスはとっくに万神殿を飛び出して、新大陸で冒険者ギルドを運営しておる! 調べるまでもなく、手紙にばっちり書かれておるわ!」
「冒険者ギルドを? でしたら、われわれの障害にはならないのでは?」
「この手紙はアゼルランド王国から来ているのだぞ、愚か者が! それでも宰相か!?」
二日酔いした宰相の顔から、酒と共に血の気が引いた。
「で、でしたら! すぐに植民地の商会に連絡して、潰させましょう!」
「愚か者ッ! あの男はわが精鋭軍ですら弾き返したのだぞ! 下手に手を出せば火傷するだけである、奴には手を出すなと厳命せよ!」
アンリが万神殿に入るよりも以前。東方にあるクラウ貴族共和国、その中でも田舎のギルマス家の領土でミスリル鉱山が湧いたことを知った皇帝フェロスは、すぐさま侵略戦争を仕掛けた。
だが、クラウ貴族共和国は騎兵の国だ。土地こそ貧しいものの、世界最強の〈有翼騎士団〉を有している。そんな国と野戦でぶつかれば被害が大きい。
皇帝フェロスは野戦を避けつつ、秘密裏に精鋭だけを集めた別働隊をギルマス家の領土へと向かわせた。
それは、彼の信頼する腹心たちで構成された帝国最強の軍だった。
その帝国最強の軍隊は、一人の男の指揮によって壊滅した。
代々〈有翼騎士団〉の騎士を輩出してきたギルマス一族の三男坊、アンリ・ギルマスによって。
「あの男の手によって、わが腹心が何名殺されたことか! あやつさえ居なければ、貴様のような者が宰相の座に収まることもなかったであろうに……!」
「……お、おそれながら。能力で劣るのは承知ですが、これでも必死に……」
「分かっておるわ! 必死にやってそれだからたちが悪いのだ!」
玉座にどかりと座った皇帝が、激しく歯ぎしりをした。
人材が足りない。優秀な人間もみな新大陸からの黄金に踊らされて鈍っている。
偉大な皇帝フェロスであっても、一人で国を回すのは不可能だ。
「手は出せん……! わが愚息がアンリに突っかかったというのだが、奴に手を出せば負けるだけだ! その旨を新大陸にもよく伝えておくように!」
「ははっ」
いまいち頼りない宰相が、頭を下げて退出した。
「……ああ、アンリ・ギルマスのような男がわが帝国にいたならば……!」
- - -
アンリ・ギルマスに手を出すな。
神殿での祈りを経由して、その命令は旧大陸から新世界へと瞬時に伝えられた。
祈りの通りにポルト・セントラルの守護神が命令書を作り、配ったのだ。
「ほほう。ずいぶん弱気な。皇帝はよほど先の敗戦が堪えたと見える」
命令書を見たエキノクシア商会の長が、にやりと呟いた。
「なるほど戦闘力は強いのだろうが、果たして領主としての手腕はどうかな。経済での戦争ならば、唸るほどの金銀を持つ我々が有利。やつに仕掛けて勝利を収めれば、わが商会への覚えもめでたくなるだろう」
商会長は笑みを深める。
「ひとまず実力を見せてもらうとするか。……カルロをここに呼べ!」




