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旅立ち


 よく晴れた夏の日に、俺達は山を降りることにした。

 準備は全て整っている。とはいえ、それが上手くいくかは分からない。

 だがらいいんだ。何もかも分かりきった人生なんて面白くない。


「なんなのだこれは……あづいのだ……溶けてしまうのだぁ……」

「夏だからな」


 蝉が鳴く山道を行く。


「エクトラ、夏の暑さを体で覚えていたりしないか?」

「いや……昔のことは全然わからないのだ」

「そうか」


 エクトラは力だけでなく昔の記憶も失っている。

 今の彼女は、快適な万神殿から外に出たことのない箱入り娘だ。


「来ましたね」


 万神殿の内郭と外界を繋ぐ門のところで、見覚えのある高官が待っていた。

 特に知り合いというわけでもないが、たびたび接点のあった相手だ。


「アンリ・ギルマス。あなたが強引にこの門を押し通った時は、いったいどうなってしまうのかと思いましたよ」

「俺もです」

「……分かっているなら、無難な生き方をしてほしいものですが」


 高官は肩をすくめた。


「そういうところですよ、アンリ。良くも悪くも、ね」

「褒め言葉として受け取ればいいんですか?」

「ご自由に。どうぞ不器用に生きてください。もう私の責任にはなりませんし」

「そうですね。誰に言われずとも、俺はそういう生き方をしますよ」


 万神殿の門をまたぐ。

 風が変わる。神々の座を覆い隠している雲のベールの外へ出た。


「おおっ……!」


 エクトラが目を輝かせ、小走りで崖沿いの柵に飛びつく。


「広いのだっ! 大きいのだっ!」

「あれが海だ、エクトラ」


 寄せては返す白波が、太陽を照り返して輝いた。

 ゆるやかな円弧を描く水平線に、渡り鳥のように並んだ帆船の群れが見える。


「あの危険な大海を渡り、魔物の支配する神秘の地へと、俺たちは行くんだ」

「大冒険なのだー!」

「……そのワクワクを忘れないでくれ。冒険者ギルドに必要なのは、この気持ちだ。自分たちが楽しんでなければ、誰も俺たちに混ざろうとは思わない」

「そ、そうなのか? 楽しめばいいのだ? なら任せるのだー!」


 暑さも忘れて、エクトラが山を駆け降りていく。


「……せっかくだ! 麓まで競争と行こう!」

「受けて立つのだー!」



- - -


 

「あらあら、泥だらけになっちゃって……」


 港で俺たちを待っていたアゼルが苦笑した。

 彼女は日傘を巫女に預け、エクトラの汚れを落としはじめる。


「アンリ、なんであなたまでドロドロなのかしら?」

「その……ついノリで競争を」

「それで転んでしまったのね? まったく、しょうがない人……」

「いえ、転んだわけではなく……山を滑り降りてショートカットを」


 足腰は鍛えている。

 山道を駆け下りるぐらいで転んでいては騎士の名折れだ。名義は騎士じゃないけど。


「なにを誇らしげにしているのかしらね? 本当にもう、うふふ……」

「そうだぞ! 勝ったのはわがはいなのだ! もっとしょんぼりするのだ!」

「俺は負けても下を向かない……次の機会で勝てばいいだけだ……!」

「かけっこで負けた大人の台詞なのかしら、それは……」


 アゼルがエクトラの泥を落として、ぽんぽんと頭を撫でた。

 彼女の尻尾が大きく揺れている。

 俺に勝ったし世話してもらっているしで、とっても気分がいいようだ。


「さて。行きましょうか、エクトラちゃん」


 アゼルが桟橋を進み、小さな手漕ぎのカッターボートへ乗る。

 (オール)を掴もうとした俺を、アゼルが制止した。


「かえって遅くなりますわよ?」


 アゼルが微笑み、右腕を振るう。

 カッターボートがひとりでに急加速した。


「アゼルランド王国は海洋開拓の先駆者。その守護神たる私が、小舟ぐらい操れないわけがありませんもの」


 波を裂きながら、小舟とは思えない速度で船が疾走する。

 扱っているのは神だが、これも〈ギフト〉の一種だろう。

 荷物や人を乗せ、港と大型船の間を往復している周囲の小舟が、思いきり波を被った。


「ごめんあそばせー!」


 悪びれた様子はない。船べりに片足をかけて立つ彼女の姿は、完全に船乗りだ。


「エクトラちゃん、見て見て! あれが私の国の旗艦なのよ!」


 アゼルランド王国の海軍旗を掲げた大型のガレオン船が、目前に来た。

 大砲が上下ニ列に並んで突き出し、四本ものマストが天へそびえる。大迫力だ。


「大砲に混ざった爆弾投下用のスロープと、船体下部の鉄板が見えるかしら?」


 彼女は熱の入った調子で船についての解説をはじめた。

 いわく、どちらも魔物の闊歩する海を渡るための装備らしい。


「……アゼル様。自国の船を自慢したくて寄り道しました、もしかして?」

「お、おほほ……ほら、あなたたちが乗る船も見えてきたわ!」


 大型の船に囲まれて、小さめの船がぽつんと一隻。

 その帆には、見覚えのある紋章が染め抜かれている。


「あの松明は……エクトラの紋章!?」

「どうかしら!? 私からあなたたちへのプレゼントよ!」

「船をくれるのかっ!? やったのだー! 大好きなのだー!」


 他に比べて小さくて、船尾側が高くなっていることもない。

 だが、見るからに遠洋航海ができる船だ。

 大砲と爆弾用のスロープもあり、鉄板も張られている。マストも三本。


「あ、あんな船は扱いきれないぞ!? 乗員だけで五十人は必要だ!」

「うふふ、この私がそんなことすら考慮できないと思っているのかしら?」


 アゼルが船のそばにぴったり着けて、二段飛ばしで縄のハシゴを登った。

 後について船に乗る。


「……誰も居ない?」


 いてしかるべき水兵がいない。がらんとしている。


「ええ。要らないのですわ。この船はたった一人でも動かせるのよ。私の祝福を駆使して、素人でも簡単に扱えるよう仕上げさせて頂いたの」


 アゼルが日傘を広げ、くるりと回った。

 各所の縄がひとりでに動いて滑車が周り、帆が広がっていく。


「名付けて〈エクトラ号〉。名前に負けない最高の船よ」


 す、すごいな。小国とはいえ、流石は国の守護神か。

 魔法で帆が動かせるなら、確かに必要な人手は減る。そんな芸当が出来るとは。


「に、にしてもこれは……冒険者ギルドに支援してもらった金額の何十倍ってコストが掛かってないか? 大丈夫なのか、これ?」

「……予算を節約するために、旧式の民間スループ船を譲り受け、再艤装する形で作らせて頂きました。苦労しましたよ……主に私がね……」


 一緒にいるアゼルの巫女が、渋い顔で言う。


「アゼル様があれこれ改造したせいで、それでも予算オーバーなのですが……気付けば船体が大きくなってるし、マストなんて元は一本だったのに、気付けば三本に……」

「心配いらないわよ! 冒険者ギルドが軌道に乗ればすぐ元は取れるわ!」

「あの大型ガレオン船を作らせた時も同じこと言ってましたよね。取れましたか、元」

「……これから取るのよ! エクトラちゃんが!」

「わがはいが!?」


 それから、アゼルは俺たちに船の各所を案内した。

 階段で降りた先の”砲列甲板”には、十門の大砲と四つの爆弾投下用スロープが並ぶ。

 大砲も爆弾も、特に自動化がされている様子はない。

 一人で動かせるとはいっても、それは帆だとかの基礎的な部分だけのようだ。

 やっぱり、二人だけで使うには大きすぎる船だ。


 島の多い南国で冒険者ギルドを運営するのだから、確かに軍艦を持っていれば便利だし、掛かった労力も金も並外れている。

 ものすごく感謝はしている。

 しているのだけど……アゼルが先走って暴走したのは否定できないような……。


「そうだ、忘れていましたわ。アンリ!」


 上機嫌で案内を終えたアゼルが、俺を呼んだ。


「あなたに私の祝福を差し上げますわ」

「感謝します。いいよな、エクトラ?」

「もちろんなのだ! アゼルばあちゃんは大好きなのだ!」

「ば……。……われは〈国神〉アゼルランド、果ての海征く民の擁護者! わが神名の下に、海と風の祝福を授けん!」


 右腕に新たな紋章が刻まれる。

 斜め十字を基調にした、アゼルランド王国の紋章だ。

 効果は知らないが、おそらく海や風に関わるものだ。


「わが印にかけて、祝福にふさわしき生涯を誓う」


 エクトラのものに比べて紋章はかなり小さい。

 俺だけに祝福を注ぐエクトラと違い、アゼルはまず国民が優先だ。その違いだろう。


「海はいいわよ、エクトラちゃん! 存分に楽しみなさい!」

「そうするのだー!」

「たまにはこっちに顔を見せるのよー!」


 ボートに乗り込んだアゼルが、叫びながら手を振っている。

 俺たちも、その姿が見えなくなるまで手を振り返した。


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