海辺のお茶会
翌朝、Aランク冒険者たちが定期便へ乗り込み遠征に向かっていった。
心配はいらないだろう。
Aランクに上がれた冒険者なら、危険があれば撤退するぐらいの判断は出来る。
想定外の危険があればギルドに報告して援軍を待て、と俺からも伝えてある。
むしろ心配なのは、急激に増えた新人たちだ。
エクトラの紋章を刻んでいる冒険者が目立ったが、彼女のギフト〈エンチャント・ファイア〉は魔物相手に攻撃力を上乗せするだけで、新人の命は守ってくれない。
出来ればパーティに一人でも、ロンデナの〈鑑定〉を使えるようにしておけ、とジャンを通して新人たちに伝えてはおいたが……。
「ハンナ、新人たちは大丈夫そうか?」
「大丈夫ですね。骨が折れた人は居ましたけど、〈ポーション〉で動けるとこまで治ったみたいですし」
「そうか」
重傷を負うものが数人出た程度でなんとか被害は留まった。
死ななければ次がある。
失敗した者も経験から学び、次はもっとうまくやるだろう。
そして、数日が経った。
相変わらず怪我人は多いが、なんとか死人は出さずに踏みとどまれている。
新人たちも少しは冒険者稼業に慣れてきて、討伐成果が上がりはじめている。
魔物素材や薬草の採取量がさらに増えた。そろそろ桁が変わる。
「アンリー! 大変なのだー!」
「何だ? 何があった?」
「ファルコネッタの持ってきた食料が倉庫に入らないのだ!」
「すぐ行く」
実際に見てみれば、倉庫が素材で溢れかえっていた。
食料の入る隙間がない。
だいたい、ゴブリンの皮だとか、そういう血なまぐさい魔物素材の近くに食料を置くのは避けたいところだ。
「……さすがに、野ざらしはできませんから……一時的に、船へ食料を戻しておきますが……」
「すまない、ファルコネッタ。すぐに倉庫を新設する」
彼女が買い付けた魔物素材や加工品も、今はまだこの倉庫で保管している。
季節風が変わり旧大陸へ帰る時までは船に積む意味がない。
そのせいもあり、倉庫容量が足りなくなってしまったようだ。
「一日だけ待ってくれ」
「……一日で倉庫を……? ああ……珊瑚コンクリートですね……」
「そうだ。この前の防衛戦のとき、サハギンを閉じ込めるための罠は一日で作れた。同じことが、陸上でも出来ると思う」
珊瑚コンクリートは極めて優秀な建材だ。
軽量かつ強靭で、速乾性があり、しかも時間が経てば経つほど強度が上がる。
ただし魔法の建材なので、魔力が切れた瞬間に強度が落ちる。それが唯一の欠点だ。
冒険者ギルドが軌道に乗った今、魔力の供給元には困らない。
魔物に必ずある魔石を集め、壁に埋め込んで定期的に交換すればそれで保つ。
「すでに建築のための縄張りは終わっているんだ。スケジュールを前倒しにすれば、明日には何とかなる」
「……わかりました。一日の足止めでしたら、大した損害でもありませんね……」
彼女は腕を組んだ。巨大な胸が揺れる。
「……出港してポルト・セントラル方向へ向かうのが一日遅れるということは、九十日ある近海貿易シーズン利益のうち0.11%の損失ですから、つまり銀貨にしてニ十枚ほど……」
うわ。近海の貿易での利益ですら銀貨ニ万枚以上なのか。
金貨にして二十枚だ。さすが商会だけはあり、利益の桁が違うな……。
「そうですね……損害賠償の代わりに、お茶でもいかがですか……?」
「それで済むなら、是非。先に大工と話をつけてくる必要はあるが」
「ええ、お待ちしておりますよ……」
彼女は腕を組み、頬に手を当てて小さく微笑んだ。
巨大な胸が、服の上からでも分かるぐらいに揺れる。
すげえ……。
「……大工のところへ行かないのですか?」
「おっと。失礼」
それから大工たちに事情を説明し、追加の給金を払って何とか突貫工事にかかってもらった。
何とか明日の午後には素材を保管できる状態になるようだ。
「待たせたな……あれ?」
小走りで帰ってきたが、ファルコネッタの姿がない。
困っていると、アゼルランド商会の船員が海岸を指差した。
黄金色の砂浜に生えたヤシの木の下に、紅白のビーチパラソルが立っている。
「待たせ……た……な……!?」
ハンモックに揺られているファルコネッタは、ビキニ姿だ。
水着だ! 何という……! もはや真円に近い……!
これが本当のビーチボールというやつなのか……!?
「露骨ですね……」
ファルコネッタが恥じらいの混ざった苦笑いを浮かべ、胸を両手で隠した。
だが、まったく隠れない。それほどのボリュームだ。
「やっと来たか! アンリ、泳ぐぞー!」
海の中でエクトラがばしゃばしゃ水飛沫を上げている。
ワンピースの子供っぽい水着だ。
普段のポンチョ一枚という姿に比べれば、むしろ露出が減っている。
まあ、似合っている。子供っぽい姿なのにセクシー水着を着られても困るし。
「悪いが、彼女とお茶の約束をしたからな。それに水着がない」
「ならフルチンで泳ぐのだ! 全裸で泳ぐのは気持ちいいぞ!」
「……エクトラ? やったことのある口ぶりだが、俺は辞めろって言ったよな?」
「や、やってないのだ」
「ちゃんと水着ぐらい着ろ。他人の目があるんだ」
「で、でも、神の石像とか、たまに裸だったりするしい……」
「それは変態だから真似をするな」
ほんと、こいつは……。野生児なんだよな。
「とにかく、俺は泳がないからな」
「えー。せっかくの砂浜なのにお茶して何が面白いのだ?」
「エクトラ様も分かりますよ……年を取ればね……」
「わがはいのほうがはるかに年上なのだがー?」
「なら、もう少し精神年齢は高くあってほしいものだが」
「むー。つまんないやつらなのだー!」
彼女は一人で海に飛び込み、入り江の対岸へと泳ぎだした。
……独特な泳ぎ方だ。手足は動かさず、水中で羽ばたいている。
透明な海の中を、まるで飛んでいるかのような姿だった。
「エクトラ様は……かつて竜だったのでしょうかね……?」
「だろうな。おそらく、竜の姿を取るには信仰が足りなかったんだろう」
「いずれ力を取り戻せば、文字通り冒険者ギルドの守護神になるのでしょうね……」
「そうだな。そこまでエクトラを育てるのが俺の目標だ」
用意されていたハンモックへと、俺は体を預けた。
ビーチテーブルに置かれた茶を一口。
やや独特だが清涼感のあるマジックミントティーだ。よく冷えている。
「……一つ聞いてもよろしいですか……何故、エクトラ様なのですか?」
「どういう意味だ?」
「あなたなら、活躍する先も選り取り見取りでしょうし……理由があるのかと……」
「成り行きが大半だ。選べる状況ではなかったからな。だが、後悔はしていない」
「……ですがそもそも、何故神殿に?」
お茶会というか、完全に俺を探りに来ているな。
多少は情報を明かしてやるか。賠償金代わりだ。
「ギルマス家の領地からミスリル鉱山が発見されたんだ」
「! ミスリル鉱山ですか。というか貴族だったんですか」
ファルコネッタの顔から眠気が消える。
彼女はハンモックから身を起こし、両膝に手をついた。
「あ……ギルマス家って、まさか、あの戦争の? 東方ですか?」
「クラウ貴族共和国。東方だ。俺は田舎貴族家の三番目でな。地元の騎士団に入るはずだったんだが……まあ、色々とあった」
「それで結局、あなたは何故神殿に?」
「攻めてきた連中と停戦を結ぶ条件に、俺を国外に飛ばすことが入っていたんだ」
「……三男の身柄が交渉条件になるって、どれだけ暴れたんですか」
「そうだな……」
過去を思い返して、最も自慢になりそうなエピソードを選ぶ。
「騎兵五十騎で千人相手に中央突破して指揮官を討ち取ったことがある」
ファルコネッタは、もはや何も言うまいとばかりに首を振った。
感嘆を通り越して呆れの域に入ったらしい。
「ここまでの情報で、賠償金ぐらいにはなったか?」
「ええ」
「なら、改めてお茶会といこう。こうも天気が良いっていうのに、腹の探り合いをしてたら勿体ないと思わないか?」
「そうですね。お互い、気苦労の耐えない身ですから……」
二人でハンモックに揺られながら、潮騒を聞いて過ごした。
ふと横を見ると、そこには超巨大おっ……いや。ファルコネッタと目が逢った。
「そんなに好きなら……触ってみますか……?」
「何っ!? いいのか!?」
「少しだけなら……」
「アンリー! 見て見てー! 爪十本で十匹なのだー! 串刺しなのだー!」
海からうるさいやつが上がってきて、漁の成果を自慢した。
タイミングが! タイミングが悪いっ……!
仕方がないので焚き火を起こし、焼き魚にしてみんなで食べた。
まあ、久々の休日気分だ。リラックスできた。
逃した魚は大きいが……! 超巨大だが……っ!
「……さて。大工が働いてるのに、俺だけ休んでるわけにもいかない。このへんでお暇して、彼らを手伝いに行ってくるよ」
「工事現場なら手伝うぞー? わがはいも行って、重たいものを運ぶのだ!」
「助かる。お前のそういうところ、俺は好きだぞ」
「んんー!? もう一回! もう一回言ってー!」
「そういうところも嫌いじゃないがなあ、もう少しなあ……」
「……ふふ。微笑ましいですね。いずれ、また」
ファルコネッタが眠たげな顔で微笑み、俺たちに柔らかく手を振った。




