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鑑定と新人冒険者


 今日も今日とてギルドマスター業に精を出していた俺は、意外な報告を聞いた。


「受付嬢の半数が休み?」

「ええ。ちょっとした風邪が流行っていまして。移ったらまずいですから」


 ハンナの口ぶりからすれば、深刻なものでもなさそうだ。


「そうか。なら、俺も手を貸そう」


 俺は自らギルドの物販窓口に立った。

 ここ数日はずっと鑑定の図鑑を書いていたし、病気が感染っている心配はない。


「えーと、ポーションの販売制限って無くなったんでしたっけ?」


 初々しい冒険者が物販窓口を訪れる。

 見ない顔だ。他所からこの街に来たばかりなのだろう。


「ああ。ただし、銅貨五枚で買えるのは一本までだ。二本目からは銅貨二十枚になる」

「じゃ、三本ください」

「分かった」

「ありがとうございます。……あ、そうだ。鑑定」


 新人冒険者がポーションへと鑑定を使った。


「おおっ!? すごい! ほんとに窓が開く!」

「念の為に言っておくが、ポーションはどれも本物だぞ」

「ニューロンデナムに行けば稼ぎ放題っていうのは、嘘じゃなさそうですね……!」

「どうだか。真面目にやれば稼げるが、危険な仕事だからな。油断はするなよ」

「はい、分かってます!」


 少女はポーションを背嚢に収め、数人の仲間と一緒に掲示板を見はじめた。

 依頼をあれこれ見たあとで、掲示板の隣にある素材の査定表を写し出す。


「写さなくても大丈夫だぞ。鑑定で見れる情報の中に、査定の目安価格もある」

「そうなんですか!? いたれりつくせりじゃないですか!」

「すっげー。もしかして、ギルドマスターの噂もホントなのかな」

「……どんな噂だ?」

「ええとですね。まず、物凄い優秀だって聞きました」


 俺の正体には気付いていないようだ。


「そうだな。間違いなくギルドマスターは優秀だ」


 受付窓口にいるハンナが半目で俺をちらちらと見ている。

 なんだ? 事実なんだが?


「革新的な矢を作り上げたとか、あっという間に地元の海賊と海の魔族を仲間に引き込んだとか、ロンデナ様もメロメロだとか軍師顔負けの指揮ぶりだったとか……」

「どれも事実だな」

「イキリゴリラ……」


 ハンナの呟きが聞こえた。

 おい。今日のトイレ掃除当番、お前に代わってもらうからな。俺は決めたぞ。


「あと、ゴリラを一本背負いで投げ飛ばしたって」

「……それはさすがに尾ひれが付いているが」

「でも、出来そうじゃないですか?」

「やろうと思えば出来るかもな」


 ゴリラの素人丸出しテレフォンパンチをダッキングでかわして……。

 ……おそらく問題はない。力負けはしないはずだ。


「あと、たった一人でサハギンを虐殺したヤバいやつ、とかも聞きましたね」

「それも尾ひれが付いてるな。策を考えたのは確かだが」

「とにかく凄い人だって聞いたんです! だから、この街に来てみようかなって」

「嬉しい話だな。この街に来てくれてありがとう。きっと後悔はしないはずだ」

「はい。ギルドマスターによろしく伝えておいてください!」

「俺がギルドマスターだが」

「……」


 少女の顔から血の気が引いた。


「たいへん失礼しましたごめんなさい」

「気にするな。何も失礼は働かれてないさ」

「いやあ、その、ええっと、ごめんなさい」

「自分の評判を聞く機会なんて、あまりないからな。面白かったぞ、ありがとう」

「あうう……」


 彼女は恐縮して頭を下げたまま後ろ歩きでギルドの外に消えていった。

 小器用なやつだな……。


「さて、ハンナ。今日のトイレ掃除当番はお前だからな。よろしく」

「え!? ギルドマスターの当番では!? 突然の横暴!?」

「嫌ならイキリゴリラ流制裁拳を食らわせてやろうか」

「じ、じごくみみぃ……」



- - -



 ギルドマスターを相手に肝を冷やした新人冒険者たちは、なんとか気を取り直して街の外へと向かっていた。

 安全な街道を外れ、いまだ魔物の巣食うジャングルへと向かう。


「居ないねー」

「冒険者っぽいやつら、多いもんな。もう居ないのかも」

「じゃ、薬草でも集めようか」


 新人たちは魔物の討伐を諦め、地面の薬草を探しはじめた。


「鑑定。あ、触るとかぶれる草だって」

「へー。便利だな、それ。俺もロンデナ様のこと信仰しよっかなー」

「あんた、エクトラ様を選んだばっかじゃん? 浮気したら怒られるよ」

「へーきだろ。あのギルドマスターの手、見たか? 両方刻んでたし」

「……そういえば。エクトラ様に仕えてるって聞いたけど、なのに他の神の紋章なんて刻んでるのね。そういう寛大な神なら、平気なのかも」


 新人たちは完全に気を抜いて、雑談しながら草を鑑定していく。


「お、あった。マジックミント。へー、買い取り価格は一本で銅貨二枚だって」

「まじ? 三本採ったら一食分じゃん。採りまくろうぜ!」

「採られすぎて絶滅しそう」

「平気だろ。ミントだし」

「あーたしかに」


 ぷちぷち採取を続けている新人たちが、ふと顔を上げる。


「ガウッ!」


 そこに目の血走った狼がいた。


「わっ!? 野良犬!?」

「に、肉でも投げればどっか行くか!?」


 焦る冒険者たちが、食事でも投げ与えようと背嚢を漁る。

 狼がじわじわと近づき、いよいよ飛びかかれる範囲内へと来た。


「……あ! 鑑定!」


 半透明の窓を一瞥した少女が、慌てて武器を抜く。


「魔物だっ!」


 飛びかかってくる狼に噛みつかれた少女が、それでも何とか剣を突き刺す。

 仲間も彼女に加勢して、何とか無事に魔物を倒すことに成功した。

 鑑定があったおかげで、新人たちはぎりぎりのところで命を拾ったのだ。


「た、助かった……」


 少女は地面にへたりこみ、ポーションを飲み干した。

 瞬く間に血が止まり、傷口さえも元通りになっていく。


「す、すごい。本当に魔法の薬だ」

「旧大陸に持って帰れば、俺たち大金持ちになれるんじゃ」

「……そんな都合のいい話、あるわけないって」


 少女は血を拭き取ってから、腕の紋章を額に当てて祈った。


「ありがとう、ロンデナ様とギルドマスター」


 本人たちの預かり知らないところで、アンリとロンデナは冒険者たちの命を救った。

 こういう事例はこれが初めてではないし、これが最後でもないだろう。


 未熟な新人がミスをするのは当然だ。

 ミスをしても死なないような形を作るのが、冒険者ギルドの義務なのだ。

 アンリ・ギルマスはそう信じている。

 〈鑑定〉の登場で、冒険者ギルドはその理想へと一歩近づいた。



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