鑑定スキル
「ところで、私の〈ギフト〉っていったい……?」
俺の左手に刻まれた紋章を覗き込みながら、ロンデナが言った。
「自分で分かっているはずだ。頭を空っぽにして、ただ心に従ってみろ」
「分かった。やってみる」
彼女は深呼吸して、目前にあるポーション入りの大釜を眺めた。
「……〈鑑定〉!」
彼女の目前に半透明の窓が現れる。
なるほど。俺も大釜へ視線を向けて、軽くロンデナへの祈りを捧げた。
「力を貸してくれ。鑑定」
半透明の窓が、空中に開く。
そこにはこう書かれていた。
”書庫未設定:検索する書庫を設定してください”
「ふむ。書庫が未設定なのか」
「どういう意味なのかしらね」
同じように鑑定を使ったメアリーが、空中の窓を見つめている。
「そういえば、知っているか? 万神殿の書庫は、もともと本が絡む〈ギフト〉のために整備されたんだそうだ。書庫の神が言っていた」
「つまり……万神殿の書庫から検索する設定にすれば、勝手に書庫から情報を探してくれるっていうこと?」
「そういうことになるな。設定の方法は〈ギフト〉の神にでも聞けばいいんじゃないか」
神の中にも上下がある。神のギフトを管理するような上位の神も存在する。
そのクラスの大物は現世に降りてこないので、会話を交わすためには祈る必要がある。
「とりあえず、三人で神殿に行ってみないか?」
俺たちは神殿に向かい、儀式場を借りて祈りを捧げた。
返事はない。ただ、ポンッ、と空中に一枚の紙が出現した。
〈鑑定の使い方〉というタイトルだ。
デフォルメされた棒人間による漫画が描かれている。
書庫へと出向いて、意識しながら「設定」と声に出せば設定ができるようだ。
使う時には「鑑定」と声に出せばいいらしい。
「……万神殿の書庫を”設定”するには、時期が悪いな」
季節風が反転するのは何ヶ月も後だ。今は旧大陸に帰れない。
「だが、それでも冒険者にとっては役立ちそうなギフトだ。自分たちで書庫を用意して、そこに素材や魔物の情報を集めておけば、〈鑑定〉で情報を見れるってことだよな?」
「うん。それで正しいと思う」
説明の漫画を読み終えたロンデナが、自分の足で立ち上がった。
「万神殿に行けなくて逆に良かったかも。答えを教えてもらうんじゃなく、私たちで一から調査を進めていけるってことだから」
「そうだな。俺はひとまず、冒険者ギルドで魔物の情報をまとめてくる。ロンデナはどうする?」
「薬草の調査からはじめようと思う。ギルドでも、まだ正確な調査はやってないよね」
「ああ。誰でも正確に鑑定できるようになれば、薬草採取の依頼も楽になるだろうな」
多くの冒険者を養うためにも、仕事は多ければ多いほどいい。
鑑定があれば誰でも薬草を採取できる。
冒険者として身を立てられる人間の数も増えるだろう。
「冒険者に比して翼する連理の守護神、か……」
ロンデナの宣言した通り、これは冒険者と密接に絡むギフトだ。
ニューロンデナムは名実ともに”冒険者の街”になっていくだろう。
「これからもよろしく頼むぞ、ロンデナ」
「うん。この街の未来はアンリにかかってる。どんどん冒険者ギルドを育ててほしい」
「だが……いいのか? 一つの組織が街を牛耳ることになるが」
「アンリに支配されるなら、いいよ?」
ロンデナは俺に熱視線を向けながら、くすりと笑った。
- - -
俺は冒険者ギルドに地下室を作り、そこを鑑定のための書庫と定めた。
情報をまとめた本を作り、鑑定の実験を進めていく。
まず、ポピュラーな薬草の名前と特徴を記した本を配置した。
その上で、手に持った薬草へ〈鑑定〉を使う。
”一致する検索結果がありません”
という文字列が空中に浮かび上がった。
「文章だけじゃ駄目なのか?」
ならば、と薬草のスケッチを本に追加する。
それでも”一致する検索結果がありません”と言われてしまった。
「んん?」
首をひねりながら実験を繰り返したが、結果は出ない。
いろいろな鑑定対象を試したが、どれも駄目だ。
「どうしてだ……?」
数日後も、俺はギルドの地下室で唸っていた。
「あ、ギルドマスター。鑑定ギフト、使えるようになりました?」
「いや。駄目だ。ちょっとお前も手伝ってくれないか、ハンナ」
「いいですけど」
彼女は本をぱらぱらとめくった。
「何ですか? この落書き」
「薬草のスケッチだが」
「え? どこがですか? てっきり瘴気でも染み付いたのかと」
「見れば分からないか? ここが葉っぱで、ここが根で……」
「いや……ぐちゃぐちゃの落書きじゃないですか。スパゲッティでもこんなグチャグチャに絡まらないですよ、普通? 絶望的な絵心ですね……」
「そうだろうか」
「そうです」
「いや、だが……君の理解の範疇を飛び越えるぐらい巨大な才能という可能性は」
「ないですね」
ばっさり切り捨てて、ハンナが本にスケッチを追加した。
「鑑定。お、ちゃんと文章が出ましたね」
「……鑑定」
”一致する検索結果が一件あります。〈テスト用図鑑1〉の五ページから抜粋:マジックミントはニューロンデナム近辺に広く分布する魔力を含んだ薬草であり、容易に採取することが可能である”
「なぜだ……?」
「とりあえず、絵は私が描きますから。ギルドマスターは文章をお願いします」
「むう。そうしよう」




