危険思想と工房
領主館の離れに、農具の入った納屋がある。
使われていた様子はない。中の農具も使えるものは農村へ送ったので、空だ。
ここを工房として、ロンデナが錬金術の練習をはじめた。
冒険者へギルドへ向かう最中に工房を見れば、ロンデナが熱心に作業をしている。
そしてギルドでの仕事を終えて館へ帰ってくると、彼女はまだ工房にいる。
毎日のように、ロンデナは朝から晩まで錬金術をやっていた。
彼女の楽しそうな横顔を見るのが、毎日のちょっとした楽しみになった。
「おはよう。精が出るな、ロンデナ」
「うん。気をつけてね、アンリ……」
……相変わらず、彼女が俺を見る視線には妙な熱が籠もっている。
「ふふん。アンリの魅力にやられるのは当然なのだ。わがはいの巫女だからな!」
隣のエクトラは誇らしげだ。嫉妬とかはしないらしい。
「いいのか? 俺があいつと付き合い始めたらどうする?」
「……えっ!?」
ショックが顔に丸見えだ。
「べ……別にいいぞ! 誰と付き合っていても、アンリはわがはいの下僕だからな!」
「いいのか? なら、いい相手を見つけたら付き合うが」
「う、うん! いいぞ! わがはいは心が広いから、それぐらい平気なのだ!」
「あと、俺は下僕じゃない」
「わかってるけど、でも、ちょっとぐらいならー……!」
「ちょっとも何もあるか。俺は奴隷制の反対派だ」
旧大陸でも、主要な国はだいたい奴隷を消極的に禁止している。
ただ、「自分の国でやれないなら新大陸でやればいい」ということで、新世界でも他国が牛耳っている土地だと奴隷がいたりはするが……。
ひどい話だ。
「あれ? 巫女も騎士も神の下僕で、つまり神の奴隷だって聞いた気がするのだ!」
「神は長命だから、なかなか考えを変えたりはしないんだ。人と神との付き合い方も、対等な形に改めるべきだと思うんだがな……」
「これ、危険しそーってやつなのだ? アンリも隅に置けないのだ!」
否定はできない。奴隷制に強く反対しているのは、主に都市のインテリ学者層だ。
それでも、主流は「人間は人間を奴隷にしてはいけない」というもの。
神が人間を奴隷にする、ということにまで反対しているような人間は、その中でも危険な急進思想を抱えた連中ということになる。あいつらと俺を一緒にされたくはないが。
「幸いなことに、もう世界の隅に置かれてる。ここは自由な新世界だ」
もし万神殿でこんな話をすれば、当然のごとく孤立することになる。
ところで俺は自分を信じているので、この考えを曲げたことはない。
メアリーに”そういうところよ”と言われるのも当然か。
「この話は終わりにしよう。別に、面白いものでもないしな」
さて、今日は何をしようか。
最低限の書類仕事をやったあとなら、たっぷりと時間がある。
「……錬金術でポーションの生産力を高めてみる、か?」
この街の薬屋は、たしか錬金術は扱えないはずだ。
どちらかといえば薬草が専門の医師に近い。
ポーションの生産が忙しすぎて本業に支障が出ている、とも薬屋から言われている。
なら、ちゃんとした錬金術の工房を設立してみようか。
ポーションの量産が進めば、冒険者一人につきポーション一本の販売制限を撤廃し、必要なだけ売ることができる。
何より、これはロンデナが興味のある分野だ。
冒険者ギルドではなく街の事業として行える。
できれば冒険者ギルドが事業を何もかも独占するのは避けておきたいからな……。
「エクトラはどうする? 一緒に来るか?」
「わがはいは泳いでくるのだ! サハギンが減って、やっと海で遊べるのだ!」
「そうか、砂浜が安全になったか。俺もそのうち泳ぎに行くとしよう」
せっかくの南国なのに、まだ水着のひとつも着たことがない。
人生を損している。回りに美人も多いというのに。
「……ファルコネッタの水着、見てみたいな……」
「む、胸がでっかくたって良いことばかりじゃないのだ! 小さいのもいいのだ!」
「え? あ、口に出てたか? 失礼」
- - -
「ふう。決裁、終わりっと」
何枚かの書類にサインして、事務仕事を終わらせる。
仕事が洗練されてきたおかげで、俺のやるべきことは減っている。
「ハンナ、ちょっといいか?」
昼の休憩時間を待ち、受付嬢を呼ぶ。
「錬金術の工房を作りたいんだが、この街で錬金術について何か噂を聞いたことは?」
「いえ、特には……」
「そうか、分かった。手探りで進めることになるな。この件でロンデナたちと話してくるから、午後は留守にする。何かあったらお前が対応してくれ」
「は、はい! 支部のマスターだって務まることを証明してみせます!」
「気が早いぞ……」




