わが印にかけて
アゼルランド王国の守護神アゼルから協力を得て、ギルド立ち上げの準備を進める。
ニューロンデナムの現地へ手紙で資材集めと建築の指示を出し、遠洋航海に出る船団のスケジュールや安全性を調べて交渉し、ニューロンデナム領主と手紙を交わし……。
俺たちが到着するタイミングで準備が整うようにスケジュールを調整していく。
大変だが、楽しい。
何より、作っているのが〈冒険者ギルド〉というのがいい。
これで作ってるのが税務署とか裁判所だったら、こんな気持ちにはならないだろう。
俺が作る組織にはどんな面白い奴らが来るのだろうか。わくわくする。
そういう実務と同時に、エクトラの世話もこなす。
神とはいえ子供っぽい少女だ。構ってあげないと機嫌が悪くなる。
……まあ、血なまぐさいところを抜けばかわいいやつだ。
「仕える相手がお前でよかったよ」
窓から差し込む日差しの中で、エクトラが安らかに昼寝している。
「むにゃ……あーんーりー……」
寝言と共に、彼女の腕が空へ伸びた。
その微笑ましい様子を見ていると、不思議とやる気が湧いてきた。
手紙を書き、資料を調査し、それから日課の鍛錬をこなす。
騎士としての実力を鈍らせる気はない。
「アンリ!」
と、メアリーが血相を変えて飛び込んできた。
「ロンデナ様が!」
- - -
ロンデナの部屋の前に、駆けつけた人や神が集まっている。
「容態は安定したが。根本を絶たないかぎり、焼け石に水だろうな」
自らロンデナの治療に当たった医神が、眼鏡を直して所見を述べた。
「彼女の存在の根本たる南洋の植民街ニューロンデナムは、魔物に襲われているそうだな。おそらく、魔物の瘴気が悪影響を及ぼしているのだろう」
「瘴気が」
俺は呟いた。
確かに、そういう話を聞いたことがある。
魔物がいた時代は、瘴気に侵されて体調を崩したり邪神になるものがいたと。
そういう邪悪なものを払うのが本来の騎士の仕事だ。
「次の会議で、私からニューロンデナムへの救援を提案しておこう」
「無駄よ」
扇で口元を隠しながら、アゼルが言った。
ニューロンデナムはアゼルランド王国の植民地だ。
この場にいるのも当然だ。そういう繋がりを無視する神は少ない。
「会議に出るような有力神は、万神殿や地元を留守にして辺境になんて行かないわ。留守にしている間に信仰や土台が揺らげば一大事ですもの」
「……なら、何か良い考えがあるのか」
「幸い、エクトラちゃんたちがニューロンデナムへ向かう予定なのよ」
医神が眼鏡越しにエクトラをじろじろと見た。
「反対だ」
「わかるわ。こんなかわいい子を危険な場所に送るなんて……」
「違う。こいつは瘴気に汚染される可能性が高い。見てわからないのか?」
エクトラの鋭い爪を、医神が握った。
「鱗に爪に。どこからどう見ても凶暴な、邪神になりやすいタイプだろう」
「わがはい悪い子じゃないのだ!」
「俺からも保証する。この命に変えてでも、そんなことは起こさせない」
「……チッ。愛される邪神ほど厄介なものもないな」
医神が諦めたように首を振った。
「治療はした。私の仕事は終わりだ。では」
彼女が廊下の先に消えていく。
同時に、ロンデナの部屋から巫女のメアリーが出てきた。
「ロンデナ様が、皆様と話をしたいと」
病床のロンデナは、いつにも増して生命力の感じられない肌色だ。
薄幸の美少女、という言葉がこれだけ似合ってしまう少女も珍しい。
「ニューロンデナムって、どんな街なのかな?」
彼女が窓の外へ目を向ける。
「わからないんだ。……そこに行かなきゃいけないのに。私が守らなきゃいけないのに」
「ロンデナちゃん。仕方がないのよ。あなたは生まれたばかりなのだから」
「分かってるけど。でも。眠るたびに、助けを求める声が聞こえてくるんだ。だから、お願いだから……私も一緒に、ニューロンデナムへ連れていって」
「だめなのだ! 死んじゃうのだ!」
「だって! 耐えられないよ、こんなの……!」
「ロンデナ様。誰だって、終わりが見えていない苦しみに耐えるのは難しいものです」
……俺がなすべき仕事を手に入れるまで、二年間かかった。
それが苦しくなかったとは、とてもじゃないが言えない。気持ちは分かる。
「ですが、終わりが見えていたならどうですか? 俺たちが海を渡り、冒険者ギルドを稼働させて魔物を追い払うまでニヶ月。ニヶ月だけだと分かれば、耐えられるような気がしてきませんか?」
「ニヶ月……」
ロンデナがベッドシーツを握りしめた。
「信じても、いいの?」
「はい。俺を信じてください。時には、神が人を信じなければいけない時もある」
「……いいなあ。エクトラは。私の巫女が、こんなにカッコよかったらなあ」
「メアリーも優秀ですよ。俺まで欲しがるのは強欲です」
「あはは、そっか」
ロンデナが、俺の左腕を握った。
「祝福を。目立つところにあげても、いいかな」
「構わないか、エクトラ?」
「いいぞ! わがはいは心が広いのだ!」
「じゃ、じゃあ。われは……。われはニューロンデナムの守護神、ロンデナ。まだ何も出来ないけれど、いつか……!」
曖昧な神託と共に、左腕の甲へ模様が増える。
それは”紋章”と呼ぶにはあまりに貧相な、折れ曲がった一本の曲線だった。
生まれたばかりのロンデナは、授けるべき祝福を持たない。
だが、俺が冒険者ギルドの運営を成功させ、ニューロンデナムを栄えさせることに成功すれば……きっとこの曲線は成長し、やがて立派な紋章に変わるはずだ。
「わが印にかけて、祝福にふさわしき生涯を誓う。任せろ、ロンデナ」