決着
崩れるサハギン本隊の中にただ一人、黒い鱗のサハギンが立つ。
諦めている様子はない。
まだ悪あがきをする気だ。……読めた。
「東を固めろ! あいつはもう一度サハギンたちを操って、東へ突破して味方と合流する気だ!」
まったく同時のタイミングで、サハギンが重苦しい魔力を放つ。
逃げていたサハギンたちの動きが止まり、機械的な行進を開始した。
「そうは行かねえよ! 東の川に帰りてえんなら、まず俺を殺してからだ!」
ルバートが立ちふさがり、両手持ちの巨大なサーベルを振るった。
突き出される三又槍の穂先を払い、戦列に斬り込んでいく。
構わずに進もうとするサハギンたちが次々と倒れていった。
「俺たちも行くぞ、エクトラ! 狙うは大将首だ!」
「いくのだー!」
二人で息を合わせて突撃し、サハギンの波を割って〈リーダー〉へ向かう。
黒い鱗のサハギンが三又槍を構え……そして、俺たちから逃げていった。
実力差を察したか。
「往生際が悪いやつめっ……!」
ジャンの率いる冒険者の本隊へ、黒いサハギンが飛び込んだ。
動きの悪い男たちが迎撃しようと武器を構え……一瞬で敗北した。
強い。並の冒険者では相手にならないだろう。
「Bランク冒険者は今すぐに退けっ! 俺たちが相手する!」
そう言われても、素直に従う者ばかりではない。
「ひゃあ、倒せば大手柄だぜっ!」
血気盛んなやつらが挑みかかる。
「がっ……」
一瞬で心臓を貫かれ、彼らは地面に倒れ込んだ。
……少なくとも、自業自得と言える死だ。それでも死人が出てしまった。
「くそっ! 無駄に死ぬな! 強い者に場所を譲れ!」
「その通りだぜっ! 俺の出番だあっ!」
迷っていた冒険者たちが引いたところへ、ルバートが躍り出た。
三又槍とサーベルが中空でぶつかりあい、互角の戦いを繰り広げる。
一撃ごとに衝撃波が生まれ火花が舞い散る様を、Bランクの冒険者たちが食い入るように見つめていた。
「つ、強い……!」
「あんな魔物がいるのかよ……! それと互角に渡り合ってるルバートも……!」
その戦いのおかげで、俺たちが距離を詰めきれた。
「よく足を止めてくれた!」
「おうよ! こいつはちいと厳しいぜ、手を貸してくれ!」
「任せるのだー!」
エクトラが地面をえぐり、猛烈な勢いで飛び込んだ。
横へ飛んだサハギンリーダーの着地点を狙い、俺の剣を振り下ろす。
逆の軌道を描く三又槍が、真っ向からぶつかった。
「はあっ!」
振り下ろしに重力を乗せて、その三又槍を地面へと弾き飛ばす。
返す刀で、俺はサハギンの〈リーダー〉を仕留めた。
こんなものか。一撃目を防いだあたり、強かったのは確かだろう。
「な……なんだよ……あっさり仕留められるほど、ヤワな敵じゃなかったぜ……?」
「気を落とすな、ルバート。お前もこいつも強い。比較対象が悪いだけだ」
サハギンたちが支配から逃れてばらばらに逃げ始めた。
側面からこちらへ来ていたサハギンたちも、リーダーの死を受けて逃げていく。
完勝だ。死者は最低限に抑えた、と言えるだろう。
「追撃は……しなくても大丈夫だが、したいものは自由にやれ」
冒険者たちの反応が鈍い。
みな、ざわめきながら俺に視線を注いでいる。
喜びと畏怖と敬意が混ざりあったような、そういう顔だ。
「やっぱりアンリは強いのだー! わがはいの次になー!」
純粋に喜んでいるのはエクトラにつられて、雰囲気が明るくなった。
「そうだな! 俺たちのギルドマスターはマジですげえや!」
ジャンが屈託のない笑顔で言った。
「た、確かに! こんな人が後ろに控えてるなら、安心して冒険者やれるな!」
「ギルドマスター! 今度剣術を教えて下さいー!」
「ずるいぞっ! 抜け駆けするな、俺も教わりたいっ!」
みんなが俺を囲み、褒め称えている。
なんだか奇妙な気分だ。
だが、悪くない。
「あまり気を抜くなよ、まだ全部が終わったわけじゃないんだ」
あとひとつ、重要な仕掛けが残っているのだ。
はたしてデーヴの準備は間に合っただろうか。
上手く行けば、サハギンの問題にはこの一戦でケリを着けられるのだが……。
- - -
冒険者たちが街からスワンプヴィルへ向かうのと時を同じくして、デーヴもまた街を出発していた。
〈エクトラ号〉に水夫、それからクリストフの配下たちを乗せ、スワンプヴィルのそばを流れている川の河口へ向かう。
サハギン対策で小さな滝を作り砦を移設している場所だ。
「マルメ殿。助力に感謝しますぞ」
「うん。凶暴なサハギンを倒せれば、人魚族もうれしい」
船の背後には無数の影があった。人魚たちだ。
「川の工事はこわいけど……がんばる」
「ええ。珊瑚コンクリートの扱いは、あなたがたの方が上手ですからな。頼りにしておりますぞ」
たどり着いたデーヴたちは、コンクリートを使って工事を始めた。
滝つぼの左右にコンクリートで囲いを作っていく。
みるみるうちに巨大な溜池が出来上がった。
人魚たちの手を借りて、魔法による結界で水門を作る。
滝を下ってきたサハギンたちの逃げ場は、どこにもない。
「さて、大砲を運ぶとしますか! 出番ですぞー、野郎どもー!」
その溜池を囲むようにして大砲が設置されていく。
これはもはやキルゾーンですらない。巨大な処刑場だ。
「しかし……恐ろしいことを考えるものですな、アンリ殿は」
「うん……怖い……むり……」
「む、無理ですかな? いい人ですぞ?」
「だって……その気になったら、わたしなんて一瞬でさばかれて食卓に卸されちゃうし」
「それは少々、被害妄想が激しすぎるのでは……」
「こわいものはこわい。おじさんもこわい」
「……そうですな。私は確かに、怖い人ですとも」
デーヴは部下を溜池の周囲に配置して、大砲に散弾を込めさせた。
「海軍というやつは、綺麗事の通じる世界ではありませんでしたからな」
「そうなの?」
「ええ。長く軍人をやっていれば、手は血に染まるものです」
やがて。
一匹のサハギンが、滝を飛び降りて溜池へと着水した。
その直後、封を切ったように無数のサハギンが滝を飛び降りてくる。
スワンプヴィルから敗走してきたサハギンたちだ。
……彼らが飛び込んだ溜池には、どこにも逃げ場はない。
「こういう仕事も、初めてではない。ファルコネッタではなく私をこちらに向かわせたのは、やはり、アンリ殿らしい適材適所と言うべきですかな」
彼は冷たく、砲撃開始、と指示を出した。
この日を境に、ニューロンデナム近海のサハギンはその数を大きく減らす。
アンリは称賛と栄光を……そしてわずかな畏怖を、民衆から広く集めた。
冒険者ギルドマスター、アンリ・ギルマス。サハギンの大軍を全滅させる。
その噂は遥かに海を越えて轟き、世界を揺らす。
それは前震だ。彼のギルドがこれから生み出してゆく変化の、ただ前触れにすぎない。
というわけで戦記っぽいエピソードでした。こういうのが書いてみたかった。次回から日常モードに戻ります。




