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反撃


「はあっ!」


 濁流のごとき勢いのサハギンへ、体ごと剣を振るう。

 剣身を覆う〈エンチャント・ファイア〉の助けもあり、三匹をまとめて仕留めた。

 その死体を挟む形で、俺はサハギンたちを全力で押す。

 サハギンたちの勢いが、物理的に押し戻され、弱まる。


「うわ……」

「やべえ……」

「ゴリラ……」

「言ってないで戦え!」


 呆気にとられている冒険者たちへ喝を入れて、彼らと共に接近戦を挑む。

 サポート役の冒険者が左右へ広がり、鎖や長槍を駆使して敵を妨害した。

 そこを中央の俺たちがひたすら斬って斬って斬りまくる。

 〈サポーター〉と〈アタッカー〉。軍隊レベルの戦いでも、その役割は有効だ。

 それでも完全に止めることはできない。戦線が下がっていく。


「力比べなら負けないのだーっ!」


 勢いの弱くなったところへ、エクトラが飛び込んだ。

 全身を返り血に染めながら、サハギンの群れを割り進んでいく。

 明らかに敵が動揺しているのが分かった。


「押し返すぞ! 今だ!」


 タイミングを合わせ、一斉に突撃をかけた。

 動揺したサハギンが統制を失い、バラバラになって逃げようとする。


 その瞬間、俺は異常な重圧を感じた。

 体に重く纏わりつくような魔力が黒い鱗のサハギンから放たれている。

 逃げようとしたサハギンたちが、何かに操られているかのように列を作った。


 黒い鱗のサハギンが俺を見た。

 魔物とは思えないほど、明確な殺意がそこにあった。


 意志なき人形の兵隊が前進を開始する。

 一糸乱れぬ完全な行進。突き出された三又槍の切っ先は寸分たりともブレない。


「……散れ! ゲリラ戦で時間を稼げ、非戦闘員は今のうちに距離を取れ!」


 あれとぶつかるのは分が悪い。勝てないことはないだろうが。

 あの〈リーダー〉がサハギンを操っている以上、一人で行けばすぐ囲まれる。

 さすがの俺でも、この状態の敵に全方位を囲まれればただでは済まない。

 ……それに、指示が出せなくなる。それは駄目だ。


「ハンナ、伝令は帰ってきたか!?」


 切り合いを避けて冒険者たちと共に後退しつつ、俺は聞いた。


「はい! ジャンたちは村の門を確保したあと、東から丘に登るそうです!」

「分かった! 村の戦力の動きは!?」

「ええと、今ちょっと見てきます……!」


 ハンナがジャングルの外へ走り、戻ってくる。


「大変です! 追加でサハギンの大群が、東の川からこっちへ向かってます!」

「……了解した。聞いたか、皆! 苦しい状況だが、うろたえるな! 味方は敵の背後へ回りつつある! 勝っているのは俺たちだ、このまま時間を稼ぐぞ!」


 冒険者たちを激励しつつ、脳内で布陣図を描く。

 情報がない部分を推測しながら、状況を探る。


「ハンナ、村人たちが門から出てきてなかったか!?」

「は、はい! 確かに出てきてました!」


 やはり。ルバートの動きは想像通り、ということは。


挿絵(By みてみん)


 こうか? 左翼は違う状況かもしれないが。

 最も危険なのは……。


「ハンナ、伝令を出せ! ジャンに急ぐよう伝えろ!」


 川にいた大軍の一部がこちらに向かっている。ジャンたちの後ろが危険だ。

 だが、今からそちらへ向き直ってしまえば不利な場所で囲まれるだけ。

 今すぐに丘を取るのが唯一の手だ。頼むぞ、ジャン。


「それと……聞け! もうすぐ、味方の援軍が敵の背後を突く!」

「本当か!?」

「囲みさえすれば、あの不気味なサハギンだって僕たちで……!」


 希望を感じて、冒険者たちの士気が上がった。

 嘘ではない。ジャンが間に合わなくとも、ルバートが来るだろう。

 部隊を分け、足止めしつつ敵背後を狙う。彼ならそう動いてくれるはずだ。

 まだ戦うところを見たことはないが、間違いなくあの男は強い。


「そうだ、希望はある! あと少し耐えれば、俺たちの勝ちだ! 頑張れ!」


 冒険者たちを鼓舞しながら、苦しい持久戦をこなす。

 逃亡する者は誰も居ない。それだけ俺の言葉を信じてくれているということだ。

 同じ用に、俺も皆を信じなければいけない。

 助けは必ず来る、と。



- - -



 サハギンのリーダーが丘を降り、アンリとぶつかっている頃。

 ガリシッドの率いる左翼別働隊は退却していた。


「よおし、いいぞ。うまく釣れてる」


 ただし、それは偽装退却だ。

 アンリ・ギルマスが授けた指示通りの動きだった。


「あー、この〈大熊の〉ガリシッド様でもつれえなー! マジでつれえなー!」


 特に意味のない棒読みの挑発と共に、彼は逃げる。

 サハギンたちから今にも手の届きそうな絶妙な距離だ。


 本能としか言いようのない、見事な距離感。

 時代遅れだった”弓使い”ガリシッドの感覚が、アンリの手によって輝いている。


「よおし! 十分に離れた! 回れ左ーっ、マラソンだぜーっ!」


 十分に引きつけたところで、ガリシッドたちは左へ走り出した。

 北側を大きく回っていくようなルートだ。

 彼らが目指すのは丘の上。そこにはもう、誰もいない。

 丘を守っていたサハギンたちはガリシッドへ釣り出され、〈リーダー〉の率いる本隊はアンリと交戦中だ。


「はっはー、アンリの言ってた通り! 上手くいったぜ!」


 誰も居ない無人の丘を、ガリシッドが制圧する。


「さて……ジャンがまだ丘を制圧してなかったら……どうするんだっけか!?」

「その場合はジャンの援護だよバカ! もう忘れたの!? 鳥かお前は!」


 〈くまくま団〉メンバーの少女が彼にツッコミを入れる。


「も、もちろん知ってたぜ! 〈大熊の〉ガリシッド様だからな!」

「だからなんだよっ!」


 彼らは丘の上を走り、東へ向かう。

 ジャン率いる冒険者の本隊が、斜面でサハギンと交戦していた。

 その背後をばっちり押さえたガリシッドが、弓を握ってにやりと笑う。


「こんな鴨打ち、滅多にねえぜ。おい、誰か俺の戦果を数えといてくれよ!」

「そんなん自分で覚えとけっ!」

「いや、要らねえや! 数えなくても、討伐数トップは〈大熊の〉ガリシッド様だ!」


 彼は矢筒へ手を伸ばし、矢の二本をまとめて掴む。

 その一瞬後にはもう、二本の矢がサハギンの背中に突き立っていた。

 雷光のごとき速射がサハギンたちを薙ぎ払っていく。


「あのバカに負けてられるか! 俺たちも行くぞ!」


 Aランク冒険者だけで構成された別働隊が、一気にサハギンの背後から攻勢をかける。

 瞬く間に戦況が傾いた。囲まれて戦えなくなったサハギンたちが北へ逃げていく。


「おう、ジャン! 何だその顔! この〈大熊の〉ガリシッド様が助けに来てやったんだぜ!?」

「いや。だってさあ、普通こんなに背後とか取れないって! あのギルマス何者なんだよマジ、すっげーにも程があるだろ!?」

「はっ、バカだな! この〈大熊の〉ガリシッド様だから背後が取れたんだぜ!」

「バカにバカって言われた!? そうなるように指示出したのはギルマスだろ!?」


 そして、左翼と右翼の部隊は丘の上で合流した。

 アンリ率いる予備隊とで完全に敵を挟んだ形だ。


「おっしゃあ勝ったぜっ! 全軍突撃ーっ!」

「おい! 丘に防衛軍を残すよう指示が……もういい一人で行ってこい!」


 ガリシッド以外の別働隊が丘を守り、本隊が敵背後を狙って駆けていく。



- - -



「……来たか!」


 冒険者たちが丘から駆け降りてくる。

 思わず拳を握りしめた。作戦は成功だ。

 大砲を置いた中央を薄くして釣り、左右から丘を取り返して囲む。

 狙いは完全に上手くいった。


「おう、アンリ! また借りが出来ちまったなあ!」


 よく通る声で、ルバートが叫んだ。

 右手からルバートの率いる農民たちが現れる。

 三方向を囲んだ。これなら行ける。


挿絵(By みてみん)


「皆、ここまでよく耐えてくれた! 反撃の時間だ!」


 一糸乱れぬ動きのサハギンたちが、完璧な動きのまま背後から切られて死んでいく。

 〈リーダー〉によって操られている欠点だ。

 一人が三方向へ意識を向けるのは難しい。


 苦しかった戦況は、完全に逆転した。

 三方向から攻め立てる味方の勢いは増す一方で、操られているサハギンの動きは鈍い。

 このまま行けば押しつぶしてサハギンを壊滅させられる。


 状況を悟り、〈リーダー〉がサハギンたちの支配を解いた。

 一方的に殺されることはなくなったかわり、サハギンたちは我先にと包囲の穴からへ逃げようとする。

 脅しつけるように〈リーダー〉から魔力が放たれたが、崩壊は止まらない。

 勝ちは決まった。あとは……敵の救援が来る前に、あのリーダーを殺すだけだ。


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