布陣
総勢にして百五十名以上の集団が、出来たばかりの街道を行く。
大集団とは思えないほどに移動速度が速い。
歩き慣れた冒険者が集まっているおかげだ。
「ジャン。輸送部隊の護衛を募ってくれ。本隊だけならもっと急げそうだ」
「おう、ちょっと希望者を募ってくるぜ!」
輸送部隊を切り離し、更に速度を上げて進む。
やがて街道の左右の湿り気が増してきた。
風に乗り、叫び声と地響きが……戦場の音が聞こえてくる。
戦闘中だ。急がなければ。
「ジャン、本隊は任せる!」
俺は冒険者たちを置き去りにして、全速力で走った。
ガリシッドたちが街道上に陣取り、襲いかかるサハギンをなんとか防いでいる。
左手にある小高い丘からサハギンたちが矢を撃ちかけていた。
「丘を取られたか……!」
ガリシッドたちは後退の最中だ。
エクトラが殿に立ち、襲いかかるサハギンの群れを弾いている。
「助けに来たぞ!」
俺は剣を抜き放ち、エクトラの紋章へ祈りを捧げる。
剣身が炎を纏った。〈エンチャント・ファイア〉だ。
炎の尾をなびかせる剣が、あっさりとサハギンを両断する。
熱したナイフでバターを切るかのようだ。
「すっげえ! 俺の次ぐらいに最強かよ!?」
「わがはいの力だからな! 強くて当然なのだー!」
「言ってる場合か! 逆襲するぞ!」
「おうっ!」
冒険者たちが息を吹き返し、一気に戦況が逆転した。
三股槍を突いてくるサハギンたちはじりじり後ずさり、やがてバラバラに逃げていく。
「……追撃は無理だ、山から撃たれる! 俺達もいったん引くぞ!」
安全な場所まで下がり、周囲の状況をよく観察する。
ここから見える範囲だと、敵の布陣は……。
こうだ。
小高い丘にサハギンの弓兵と歩兵が陣取っている。
ジャングルの木を切り倒して射界を確保したようだ。
すぐ先に村があるはずなのだが、道の左右に生い茂る木々のせいで視界は通らない。
「丘を取るのは諦めるしかない……右に行くぞ」
反対側にも、丘というほどではないが少しだけ高い土地がある。
そこへ布陣し、丘を睨み合いながら本隊を待つ。
まだ攻めてこないはずだ。向こうも有利な場所を捨てたくはないだろう。
「何があったんだ? ここまでの経過は?」
「丘を取れたけど、援軍がぞくぞく来て追い返されたのだ……」
「いくら〈大熊の〉ガリシッド様でも、あの数は無理だ! 千は居たぜ、マジ!」
話半分に聞いておくべきか。それでも五百。さすがに数が多い。
取られるとまずい場所への攻撃に反応するあたり、敵のサハギンの〈リーダー〉にも多少の戦術眼がある。
知性があるのか、それとも本能的に布陣の有利不利を理解しているのか。
いずれにせよ油断はできない。
「被害は?」
「ゼロだ! さっさと撤退指示を出したぜ、〈大熊の〉ガリシッド様だからな!」
「わがはいが殿に立って防いだからなのだ! 最強はわがはいだからなー!」
「二人とも、見事だ。よくやってくれた」
彼の……〈くまくま団〉……を筆頭に、この部隊はAランクの冒険者が揃っている。
普段から独立して動いているのだから、個々人の判断力が養われているはずだ。
この部隊はこのまま別働隊として動かすべきだろう。
「ジャングルの中に入って、弓の届かない場所で休んでくれ」
彼らを休ませておき、俺は一人で周辺の偵察に出た。
湿地帯のジャングルを進むと、すぐに村が見えている。
村周辺は木が切り払われていて視界が通るのだ。
街道から通じている村の門を、サハギンの部隊が押さえている。
だが、数十名だ。硬い防御ではない。
その気になれば蹴散らして脱出できそうだが……。
「誘ってるな」
絶妙に、兵力が少ない。突破できそうに見える。
だが、おそらく多くのサハギンが丘に隠れているはずだ。出れば一網打尽になる。
それを分かっているのか、村の側も門の付近に兵力を集めていない。
ということは、反対側。村の東側が主戦場だ。
ジャングルから飛び出して、東の様子を確かめにいく。
村の近くを流れる川に、大勢のサハギンが集まっていた。
……まるで漁網から水揚げされている最中の魚だ。
だが、陸上にいるよりもはるかに厄介だ。川の近くで戦うのは無謀だろう。
お互いに睨み合っているだけで、遠距離攻撃が飛び交う様子はない。
村には木の城壁があり、サハギンには潜ることのできる川がある。
互いに飛び道具は効かない。攻撃に出る前までは、弾薬を節約するべき状況だ。
「まずいな……」
行動がまっとうだ。
ろくに教育されていない貴族のボンボン指揮官と比べて、はるかに手応えを感じる。
ただの”魔物の襲撃”の域に留まっていない。
「殺し切らなければ」
こんな相手に延々とニューロンデナム付近をうろつかれたのではたまらない。
絶対にサハギンの〈リーダー〉を殺さなければ。
やるべきことをやる。
それが俺のポリシーだ。今やるべきことは、〈リーダー〉を殺すこと。
ならば、やってみせよう。
簡易なものですが布陣図を作ってみました。
この先でもあと何枚か挿絵に挟みます。
布陣図、作ってみたかったんですよ……。




