スワンプヴィル
農村の図面を引き終わったとき、街道の工事は八割のところで止まっていた。
予想通りというか、湿地帯に入ったところで難航しているようだ。
水を抜いて土を固めないと道なんか作れない、だそうで。
工期の賭けに負けそうなルバートを尻目に、俺は治水工事を始めた。
力仕事担当のエクトラを伴い、まず川沿いの要所を珊瑚コンクリートで固める。
一箇所をいじるたび、他の箇所でわずかに川の流れが変わった。
川の流れはまるで生き物だ。動きが読めない。
「これは……用水路はともかく、俺が治水工事をやるのは無理だな」
そこで俺はマルメを呼び、人魚族に工事を手伝ってもらった。
川は彼らの専門外だが、それでも専門家だ。
トライアンドエラーを繰り返し、じわじわと工事を進めていく。
徐々に、水の流れが狙い通りのところに近づいていった。
農村予定地が大きなカーブの内側に来るような形だ。
これならば、大雨で川が溢れたときの被害はカーブの外側に集中するはず。
「さて……サハギン対策の時間だ」
おおむね流れを制御できたので、次は防御だ。
「工事なんかしなくても、わがはいが全員倒してやるのだ!」
工事中に数回ほどサハギンの群れを片付けたエクトラが胸を張っている。
だが、俺たちが常に張り付いているわけにもいかない。
「防御といえば城壁だが……村の周囲はともかく、川そのものには城壁なんて作れないからな」
いくら城壁を作ったところで、サハギンの襲撃そのものを防ぐことはできない。
港と違って、川の本流に防御用の水門を作るのは流石に無理だ。
サハギンの群れを見つけて門を閉じても、そのうち水が溢れてしまう。
「城を作っちゃえばいいのだ、川の中にどーんと!」
「いやいや……」
川の左右に砦を作り、水中へ網でも投げれるようにするか?
だが、そんな防御では夜になれば素通しだ。
もっと効率よく、サハギンを防げるような壁があればいいのだが。
「……壁か! そうか! 滝を作れば良いんだな!」
俺は思いつき、川の河口近くで流れをせき止めた。
流れを止めている間に先を珊瑚コンクリートで固め、川に段差を作る。
ちょっとした滝だ。これならサハギンは登れない。
「いま街の近くに建っている砦を解体して、ここに移そう」
ニューロンデナムが開拓されたおかげで、あの無名の砦は役割を失った。
資材はここで再利用するほうがいい。
その計画を進めだしたころ、ようやく道の工事が再開された。
村を守るようなカーブを作ったことで湿地帯の流れが変わり、数カ所を固めるだけで水を抜ける状況になったおかげだ。
この水抜きの工事は、木製のポンプが大量に使われたそうだ。
工事を担当しているルバートは、当然ポンプの作りぐらいは知っている。
帆船にだって、船底に溜まった水を抜くため、ポンプが備えられているのだ。
俺とエクトラも、船底の水を抜くためにキコキコやった覚えがある。
湿地帯の開拓が進み、いよいよ村と城壁を建てる工事が始まっていく。
湿地でも問題のないような基礎を作ってもらい、村へと用水路を引いた。
用水路で土地が区切られて、なんとなく村らしい景色になってくる。
その頃になって、ようやく街道の工事が終わった。
工期の賭けは俺の勝ち。知識の差だ。
「で、俺達は何を賭けてたんだ?」
「……お、覚えてねえ」
もともと酔っぱらった末に言い出した賭けだ。内容なんか覚えていない。
「畜生っ! こうなったら! 屈辱だが! 俺の腹踊りを披露するしかねえぜ!」
「しなくていい」
された。彼の部下たちとエクトラが爆笑していた。何が面白いんだ。
これが海賊のノリってやつなのか……。
それはともかく、いよいよ農村建設は本格化した。
海賊たち……いや、農民たちが家に住み着き、用水路に沿って畑を作っていく。
同時に、ルバートのような冒険者になることを選んだ者たちは、街道工事で得た賃金を元手に活動を始めている。
今のところはゴブリンを倒しているだけだが、すぐ強くなるだろう。
「クリストフの部下はどうするのですかな?」
暇だからと様子を見にきたデーヴが、俺にたずねた。
彼に従って船を盗んだ海賊たちは、みな強制労働の刑罰を受けている身だ。
街道工事が終わったので、彼らには治水工事を手伝ってもらっている。
「素行の悪いやつと良いやつが分かってきた。素行の悪いやつはそのまま強制労働の刑罰を続けさせて、良いやつらは農民になってもらうと思う」
「では、強制労働の人手は私が引き受けてもよろしいですかな? ルバートの持っていた小型船が余っておりますから。あれを使って、私が性根を叩き直すとしましょう」
「そうしてくれ」
治水工事の先はどうしようか、と困っていたところだ。
彼なら頼れるだろう。海軍のあらくれを矯正してきた経験があるに違いない。
それから数日。とりあえず一通りの治水は終わり、農村も完成した。
木製の城壁に囲われた村の中を用水路が走り、畑に混ざって家々が建つ。
つい最近までジャングルだったとは思えないような光景だ。
もうしばらくすれば、川を固める砦の移設も完了する。
陸の魔物討伐に加え、川も安全になれば、いよいよ安全地帯の完成だ。
「人間が安心して住める場所が、ようやく新世界に作れたな」
この村を皮切りにどんどんと農村が増えていくはずだ。
安全に農業が出来るなら、旧大陸で食い詰めた移民が大挙して押し寄せる。
結果的に、冒険者も冒険者への仕事も増えてギルドは拡大するだろう。
「ほんと、感謝しかありませんぜ、ギルドマスター。略奪しなきゃ生きていけなかった俺達が、自分たちの手で何かを生み出せるようになったなんて」
「そうだな。奪った分より多くのものを作り、世界へ返して罪を償うことだ」
「へえ。ルバート海賊団一同、そのつもりですぜ」
ルバートの腹心だった男が、この村の長に収まった。
話したかぎり、彼ならば問題なく村の舵を取ってくれるだろう。
「ギルドマスター。名前を決めてくだせえ。名付け親にふさわしいのは、あなたしかおりませんぜ」
「そうだな……湿地の村、”スワンプヴィル”でどうだ」
「そのままですな。ま、開拓村の名前なんて、素っ気ないくらいが丁度ですぜ」
村長はクワを手にとって、畑へ向かっていった。




