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海底貿易


 夕日の暮れるころ、一隻の船が港に入ってきた。

 ルバートのガレオン船だ。

 彼の背後に隠れているマルメの姿を見つけた俺は、出迎えに港へ降りた。


 桟橋にいるマルメへと、回りからの視線が集中している。

 彼女はどことなくサハギンを思わせる見た目だ。

 この街はたびたび襲撃されてきただけに、住民からすれば……。


「なあ、あの女の子の神様よう……」

「ああ……」


 港の労働者たちが、小声でささやきあっている。


「かわいいよな……」

「エクトラ様のおかげで、少し人外のよさが分かってきた……」


 心配は要らなかったようだ。

 豊かになってきたおかげで、住民の心にも余裕が出てきた。

 いや、別の意味では心配するべきなのかもしれないが……。


「おーい、マルメ」

「ひぇっ」


 彼女はルバートの後ろに隠れている。


「怖がらなくても大丈夫だ。そこの二人も、君のことをかわいいって言ってたぞ」

「え」

「グアハハ! 俺の言った通り、心配しなくても平気だったろ、マルメ!」

「う、うん」


 ルバートにしがみついているマルメが、恐る恐る頭を出した。

 そんな彼女を連れて、とりあえず領主館まで連れて行く。

 道中、人が通るたび怯えていたマルメだが、誰からも悪意を向けられることがないと気付くと少しづつ表情は柔らかくなっていった。


「それで、ルバート。彼女を連れてきたのは、サハギン対策の件だよな?」

「半分はな。詳しいことは本人から聞いてくれよ」

「えっとね。人魚族の人たちが、交渉したいって」

「人魚族?」

「そう。水中に住んでる、魔族」


 ああ。頭のいいサハギンがいる、と言っていたな。

 自分たちのことは人魚族と呼んでいるのか。


「聞こう」

「技術交換したい。ポーションの製法と、水中で使える建材」


 水中建材! 是が非でも、これは欲しい。

 港湾や川を完全に塞いでしまえばサハギン相手でも安全を確保できる。

 堤防をはじめとするような、治水のための建築にも役立つはずだ。


「交換しよう」


 俺は即答した。

 ポーションは軍事力に関わる技術だが、問題はない。

 彼らにとってみれば水中建材も軍事技術だ。

 それを出すということは、攻める気がない、と言っているようなもの。


「分かった。製法は貰ってる。そっちも書いて」

「普通の墨でいいのか? 水中だと掠れそうだが」

「あ。これ、使って」


 珊瑚から作られた石灰(チョーク)のようなペンを受け取り、木板に製法を記す。

 魔石を砕き薬草を混ぜるだけ。知ってしまえば簡単なものだ。


「ん。交換」


 向こうの出した建材も、知ってしまえばシンプルだった。

 魔法の珊瑚を砕き熱して火山の土と混ぜると、水で固まるコンクリートが出来る。


「魔法の珊瑚……」

「薬草……」


 俺たちはどちらも渋い顔をした。

 陸上では手に入らない原材料と、水中では手に入らない原材料。


「貿易だな」

「うん」



- - -



 冒険者ギルドはただでさえ仕事が多い。魔族との貿易を仕切る余裕はない。

 ゆえに、俺はファルコネッタを呼んだ。

 水中との貿易の話を出すと、彼女の眠たげな瞳がぱっちりと開かれる。


「……アゼルランド商会を、そこまで信頼してくれるのですね……」

「それは違う。商会を信頼してるんじゃない。俺はお前を信頼してるんだ」

「!」


 彼女から眠気が飛び、きりっとした顔つきになった。珍しい。


「分かりました。信頼には答えましょう。関係を損ねないように、ですね?」

「そうだ。目先の利益より、長期的な付き合いを優先しろ」

「もちろんです」


 それから、マルメを介して数回の交渉を行い、いよいよ貿易が開始された。

 エクトラ号の船上から、海中を泳ぐ人影を見つめる。

 その下半身は魚に似ていた。なるほど人魚だ。


 彼らは陸上で呼吸ができず、足もない。

 荷物の受け渡しは海面を挟んで行うことになる。

 場所はニューロンデナムから離れた沖合だ。お互いの拠点の中間点を選んである。


「確かに受け取りました……」

『額面通りの内容物ですね。感謝します。長い付き合いにしたいものです』


 頭の中に声が聞こえてきた。念話だ。

 薬草を抱えた人魚族が深く潜り、すぐに姿が見えなくなる。

 ファルコネッタたち商会も珊瑚の満載された石の箱を船へ揚げ、港へと戻った。


 珊瑚コンクリートの使い方は簡単だ。作ったあと水中の型へ注ぐだけ。

 時間が経てば経つほどに強度は上がり、やがて強固な壁になる。


「ところで、この街には堤防とか港湾を設計できる人間が居ないみたいなんだが」

「……アゼルランド商会にも居ませんよ……本国の水理学技師を呼ぶにしても、数ヶ月はかかりますが……今はあなたがやるしかないのでは……?」

「やっぱりそうなるか」


 幸い、俺は少しだけ攻城戦や野戦築城の技術を学んだことがある。

 技術者の真似事ぐらいならできないこともない。

 港の左右から沖合へ向けて壁を伸ばし、間に水門を作ればそれでいいはずだ。


「待てよ……。巨大船が通れるレベルの水門を、俺が作るのか?」

「……農村のほうで、用水路の設計をやるのでしょう? まずは小規模なもので経験を積んで、その上で挑むべきだと思いますが……」

「その通りだな」


 回り道の末に、話題は農村に戻ってきた。

 まずは川の防御からだな。珊瑚コンクリートを使い、サハギンが通れないようにする。


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