ゴリマスさん
「どうしてこんなところにサハギンが出るんだ!?」
「この先に川があったんですよ!」
冒険者が答えた。
「川が……そうか、海から上がってきたか」
予想外だ。ここの安全確保は簡単だと思ったんだが。
水中を自在に泳ぐサハギン相手となると、討伐しきることが難しい。
「ん? 怪我しているな。ポーションはあるか?」
「いえ、もう使い切ってしまって」
「これを使え」
流血している冒険者へ、持ち歩いているポーションを渡す。
彼がそれを飲み干すと、みるみるうちに傷口が塞がった。
「いつ見てもすごい効果だなあ……こんな薬を安値で売ってくれるんだから、ほんとに感謝しかないですよ。無かったら、もう何回か死んでたかも」
「冗談じゃない。とにかく、俺が時間を稼ぐ。その間に逃げろ」
冒険者と入れ替わる形で、俺が最後尾につく。
湿地帯にぼうぼうと生えた葦の向こうから、サハギンたちが姿を表した。
ざっと見て三十名。ちょっとした軍隊ぐらいの規模だ。
「……と思ったが。これぐらいなら楽勝だな。戦うぞ」
「えっ!?」
「だが、戦場が悪い。湿地を泳いで撤退されるからな。誘い出すぞ!」
冒険者に指示を出し、街道のほうへと戻る。
三股の槍トライデントを構えたサハギンたちが、俺たちを追って駆けてきた。
「よし。お前たちは左右に分かれて、サハギンの後方に回れ」
「い、いいんですか!? 俺たちが迂回してる間、ギルドマスターが一人に……」
「一人で何とかなる。それより、魔物を逃さないことを優先しろ」
「わ、分かりました!」
冒険者たちが左右のジャングルに飛び込んでいく。
獣道には俺一人。サハギンたちが舌なめずりしながら寄ってくる。
そして、ぐるりと俺を取り囲んだ。
「……久々に、暴れるとするか」
両手剣を鞘から抜き放つ。これほど劣勢での戦闘は、万神殿に入る前ぶりだ。
腕が鳴る。
「来い!」
トライデントの穂先を払い、体当たりするような勢いで数匹をなぎ倒す。
力の差を見せつけられたサハギンたちの足並みが乱れた。
寄るなとばかりに突き出される槍の穂先。
それをまとめて切り払う。数十個の穂先が宙を飛んだ。
ただの木の棒になった槍をサハギンたちが見つめ、一斉に逃げ出していく。
その背中を切り捨てながら叫ぶ。
「逃がすな! 今だ!」
冒険者たちが背後から現れ、退路を塞ぐ。
三十匹ものサハギンは、瞬く間に殲滅された。
「ば……バケモン……」
戦闘後、冒険者たちは唖然としていた。
「俺は幼い頃から訓練に明け暮れてきたんだ。冒険者になったばかりのお前らと比べれば、実力の差があって当然だろう」
「いや……そ、そういう問題じゃないって……」
「人間の皮を被ったゴリラかよって暴れ方してたし……」
「ゴリマス……」
何だよゴリマスって。
「バナナとか要りますか……?」
「要らないが。それは喧嘩を売ってるのか」
「ですよね。いや、なんか、要るかなって」
「……あるなら貰う」
恐る恐る差し出されたバナナを、食べる。
美味い。ジャングルの恵みだ。
「ゴリマスさん……」
「誰だ呟いたやつは。名乗り出ろ」
- - -
「参ったな……」
川があると聞いた俺は、早速ギルドに調査の依頼を出した。
結果、ニューロンデナムから北東に行った場所へ河口があると判明。
おまけに川はサハギンだらけで、むしろ海よりも危険だと分かってしまった。
「用水路を作る以上、サハギンが村のすぐそばまで泳げてしまう……」
サハギンが近づけないような防御を施す必要がある。
最低限、水中からの接近さえ防げば何とかなりそうなものだが。
「……そういえば、ニューロンデナムにもサハギン対策が必要だしな」
村も街も、要するに水から上がってくるのが厄介なのだ。
これを何とかできないかぎり、襲撃があれば必ず被害が出てしまう。
「どうしたものか」
陸上になら、城を作ればいいが。
海に城を作ることはできない。埋め立てるか? いや……。
「海に城が作れればなあ……」
「んー? 何を悩んでるのだ?」
エクトラがギルドの執務室に入ってきた。
「サハギン対策」
「あー」
彼女は机の上にある貯金箱を手に取った。
振っている。物音ひとつしない。
しょぼん、と尻尾が垂れている。
「買い食いのしすぎだ」
「……わ、わがはいは神様だぞー! 神様だからもっと贅沢したいのだ!」
「サハギン対策を思いついてくれたら、こづかいをあげるが」
「対策? うーん?」
彼女は転びそうなぐらい大げさに首を傾けた。
「マルメに聞けばいいのだ! 海のことは海の神に聞くのがいいと、わがはいは思う!」
「それだ!」
俺は懐から銀貨を取り出して、エクトラの貯金箱に入れてやった。
「銀貨!? やったのだー! 買い放題なのだー!」
彼女は貯金箱を抱いてぐるぐる回っている。
「ゴリマスさんありがとーなのだ!」
「誰がゴリマスだ! 誰だこのあだ名を広めたやつは!」
「ルバートが言いふらしてたぞー!」
「あの野郎っ! 今日という今日は許さないからなっ!」
俺はルバートに会いに行くべく、ギルドの階段を駆け降りた。
「ギルドマスター。ちょっといいですか?」
資料を抱えたハンナが俺を呼び止める。
「この前、ギルドマスターが三十匹ぐらいサハギン討伐しましたよね? あの素材の買い取り報酬、規則上はあなたが受け取ることになりますけど、どうします?」
「いや……俺はいい。ギルドの受付嬢で分割して受け取っておけ。頑張ってもらってるから、ボーナスの一つぐらいは出してやらないとな」
冒険者が増える一方なので、ギルドはどんどん忙しくなっている。
それでも問題なく回っているのはハンナのおかげだ。
「おおっ! ありがとうございます! 何買おうかな……」
さっそく使いみちを考えている。わりと欲が強くて金に汚いんだよな、こいつ。
金をちょろまかす人間じゃないから、悪い性格じゃないんだが。
査定や依頼の金勘定にシビア、と考えれば、ギルド職員には向いているんだろう。
「ところで、ルバートの居場所を知らないか?」
「ああ、伝言を頼まれてますよ。マルメに会いに行ってるぜ、とかなんとか」
「そうか」
俺より行動が早かったようだ。マルメとの付き合いが長いだけはある。
その優秀さに免じて、ゴリマス呼びを広げた罪は許してやろう。
おかげで今日の仕事が無くなった。優秀な人材に囲まれてると楽でいい。
「ついでに聞くが。ギルド受付嬢の目線から見て、最近の状況はどうだ?」
「少し手狭になってきましたね。何人か追加で雇ったのもあって。あと、素材が余りはじめました。借りてる港の倉庫もすぐ埋まりそうですよ。自前の倉庫を建てません?」
確かにな。規模を拡大していくべき時期だろう。
「分かった。ついでにだが、魔物素材の査定スペースと解体場も倉庫に併設しないか? ギルド窓口に魔物を持ち込むのは……色々と、汚れるからな」
とりあえず窓口に持ち込ませるようにしたのは失敗だった。
汚れるし、依頼の処理や冒険者登録とかちあって行列が出来てしまう。
魔物や素材の買い取りには専用の建物を用意するべきだ。
「いいですね。ついでに素材処理の専門家も雇いますか。肉屋とか」
「そうだな。費用は気にしなくていいぞ。アゼルランド商会を通じた輸出で、ものすごい額の黒字が出てる」
「ものすごい額……?」
「金貨が飛び交うぐらいの額だ」
「!!」
ハンナの瞳にお金のマークが見えた……ように錯覚した。
露骨な反応だ。
「倉庫の他に、何か先行投資のアイデアはあるか?」
「そうですね……ギルドカードの高機能化とか、どうでしょう?」
「具体的には?」
「せっかく魔石があるんだから、カードに魔法陣を刻んだら便利そうじゃないですか? どんな魔法があるのか、あんまり知らないですけど」
悪くないアイデアだ。古文書でも、ギルドカードに個人識別だとか便利な生活魔法、取引の証書みたいな機能が付与されていたと見た覚えがある。
「俺も魔法は専門外でな。どこかに魔法が得意な人材が居ればいいんだが」
「やっぱゴリ……」
「何か言ったか」
「滅相もありません」
魔法といえば、やはり魔法学園がその本場だ。
旧大陸で魔物が狩りつくされてから年月が経ち、昔に比べて魔法技術は衰退したが、魔法学園ではだいぶ技法は保存されていると聞く。
それ以外で魔法が得意といえば、万神殿の巫女がよく魔法を……。
「そういえば、メアリーは魔法使い一家出身だったか? そのうち聞いてみるか」
ま、ギルドカードの件は後回しだな。今は農村が優先だ。




