それから
海賊の問題にはケリがついた。
クリストフは処刑が決まり、ルバートは冒険者になった。最上の結果だ。
俺たちはいったんニューロンデナムに戻り、アゼルが連れてきた官僚に会った。
驚くべきことに、彼らは何の問題もなく街運営の仕事をこなしている。
しかも定時帰りだ。俺からの引き継ぎもないのに。
……素人の俺と違って、彼らは書類や政治の専門家だ。
やっぱり効率の差が出るらしい。
「ロンデナ様が領主様になり、アンリ様が副領主様になるのですよね」
「ああ。そうだ」
「常にロンデナ様の決裁をいただくほうがよろしいでしょうか?」
官僚に聞かれ、ロンデナが首を振った。
「アンリに任せるよ」
「分かりました。では、そういうことで」
「最終的な決断は俺の仕事ってことか?」
「そういうことになります。問題はないでしょう。今までの仕事ぶりを見ましたが、あなたは大変に優秀ですよ。アゼルランド王国の官僚にも負けないぐらいです」
「そ、そうか? ありがとう」
「官僚にはまったく向いていない気質ですがね。あなたは改革者だから」
そうだな。確かに、決まった枠に収まることは苦手だ。
「あと二日ほど休みがあるのでしょう? 休めるうちに休んでおくべきですよ、副領主様。仕事の話は、また休み明けにでも」
彼の心遣いに感謝しながら、俺達は領主館を後にした。
冒険者ギルドの方の様子も確かめたが、特に問題はないようだ。
ハンナが居ない代わり、入った助っ人が受付に査定にと大車輪の活躍らしい。
「なんか……私が居なくても回るとなると、それはそれで面白くないですね」
「あいつは助っ人だろ。アゼルと一緒に帰るっていうし。お前は欠かせない人材だ」
不満顔のハンナをたしなめて、ギルドを後にする。
途中、自警団リーダー兼冒険者のジャンが寄ってきて、俺に近況を報告した。
「おっすギルマスさん! 聞いてくれよ、奥地の探索も進んできてさ!」
「何かあったか?」
「あったあった! でっけえ湿地があるんだよ! でさ、そのあたりで木に登って周囲を見てみたんだが、なんと遠くに山が見えたんだ!」
「山が!」
つまり、少なくともその山までは陸地が広がっているということだ。
そして、今回の航海で実感したが、ニューロンデナムの海岸線は長い。
「ここは大陸かもしれないな……!」
「そうなんだよ! めちゃくちゃ冒険できる先がありそうで、もう楽しみでさあ!」
それだけ陸地が広ければ、冒険者が開拓先を失う危険はない。
冒険者ギルドとしても、全速力で探索を進めていける。
嬉しい話だ。
それから、俺達は神殿に顔を出し、アゼルと話をした。
このニューロンデナム周辺はアゼルランド王国の領土だ。
一応、開拓するのにも彼女の許可が必要になる。
「今更確認しなくてもいいわよ! もう許可しましたもの」
「だが、大陸だという情報は無かったからな」
「真面目ねえ。そうそう、休みの成果は出てるかしら、ロンデナちゃん?」
「全然だめかな。このひと朴念仁だよー」
……別に、俺のことを好いてるらしいとは分かっているが。
ただ、人間と神の恋愛はやや厄介だ。
おまけに俺はエクトラの巫女。
なのにロンデナと付き合ってしまったら不倫みたいなものだ。
せめてエクトラに恋人が出来るまでは、彼女の好意を受け取ることはできない。
「大丈夫よ、あなたは街の領主になるんだもの。チャンスはいくらでもありますわ」
それからアゼルはロンデナに寄っていって、彼女の肩を抱き何かささやいている。
ロンデナの顔が赤くなったり青くなったりした。
どうせろくでもない手練手管を授けているんだろう……。
「こんなところよ」
「さ……参考になった……」
「頑張ってね、ロンデナ……あ!」
去り際に、アゼルが振り返った。
「そうだ! 私も温泉に行きたいわ! エクトラちゃんと一緒に!」
そういうことになった。
どちらにしろ、また温泉に行きたいと思っていたし。
せっかくなのでアゼルの快速帆船に乗り込み、全速力で海を渡る。
揺れても不思議と酔わなかったのは、アゼルランドの祝福のおかげだろうか?
「な、何故こんなに立派な施設があるのかしら?」
温泉施設にドン引きしているアゼルと共に、俺たちは温泉へ入った。
流石に、今回は俺も男湯だ。水兵たちは居ないので、デーヴと二人きり。
彼の太った体を見る趣味はないので、空を見上げてゆっくりとした。
「帰ったら、仕事の準備をはじめないとな」
冒険者ギルドは軌道に乗り、人材も集まった。
アゼルランド王国という後ろ盾もあり、開拓するべき土地も無数にある。
ルバートが冒険者になり、クリストフを捕まえたことで、海域の海賊も居なくなった。
まさに順風満帆、街もギルドも上り調子だ。
だからこそ、油断してはいけない。
むしろ俺の手腕が問われるのはここからだ。
魔物の加工産業が盛り上がれば、世界が変わる。
古文書を読む限り、魔物がいた時代は今よりも遥かに豊かで進んでいたのだ。
「半端な成果じゃ終わらせない。やるべきことを、やらないとな」
俺は誓う。
冒険者ギルドを使って、世界をもっといい場所にしてみせる。
それがエクトラの巫女としての責務であり、ギルドマスターとしての責務だ。
その瞬間、両手の甲が同時に輝きはじめた。
ロンデナの紋章が形を変える。
今の”砂浜と海”に加えて、大きく斜めの松明が描かれた。
それは冒険者ギルドの紋章だ。
……ニューロンデナムは、冒険者の街だ。ロンデナがそう決めたのだ。
そしてまた、エクトラの紋章も輝いている。
こちらは形こそ変わらないが、明確に力を増していた。
これならばエクトラの〈ギフト〉も発現するかもしれない。
「びっくりしたー? ねえアンリ、びっくりしたー!?」
仕切りの横から頭をひょっこり出して、エクトラが言った。
「ああ、びっくりした。何があったんだ?」
「あのねー! アゼルばあちゃんから、ちょっと力を分けてもらったのだ!」
「私の祝福も、だいぶ形になったんじゃないかな?」
エクトラの上側から、ロンデナの頭もひょこっと出てきた。
「ひゃあ! 覗きはいけませんぞ! はれんちですぞ!」
「デーヴ、誰もお前の体を覗いてるわけじゃないと思うが」
「わがはいの〈ギフト〉がそろそろ発現する頃らしいのだ、試してほしいのだ!」
「とはいえ、効果が分からないと発動しにくいからな。エクトラ、何か覚えてないか?」
「んんー……」
エクトラが両手で頭を押さえた。
「……炎。炎なのだ。わがはいは、炎を吐くのだ。がーおー!」
エクトラの口からは何も出ていない。
だが、炎か。試してみよう。
右腕を突き出し、念じる。
炎よ、灯れ。
明るい橙の炎が、俺の腕を覆った。
「っ!?」
慌てて温泉に沈める。だが、炎は消えない。
……熱くない。むしろ、心地がいいぐらいだ。
「なんだろうな、これは」
魔力を纏った炎は、どことなく神々しい空気を放っている。
神聖な炎か。もしかすると、魔物になら効くのかもしれない。
「エンチャント・ファイアなのだ! 名前は思い出したのだ!」
「その名前なら、古文書で見た覚えがあるな。冒険者に人気のギフトだったと聞く」
ギフトが発現するようになったなら、エクトラへ集まる信仰は増えるはずだ。
アゼルの助けがあってのことだが、彼女の神としての格は一段上がった。
「アンリとアゼルばあちゃんのおかげなのだ! ありがとなのだー!」
「いや……こちらこそありがとう、エクトラ」
「急にどうしたのだ?」
「お前が居なければ、俺はずっと万神殿から出れないままだったかもしれない」
俺たちの相性はいい。
冒険者の神たるエクトラは、上下関係や細かいことを気にしない神だ。
だが、そういう神は少数派。
大半の神はふんぞり返っていて、俺のような人間を嫌う。
だとしても、俺は半端が嫌いだ。
自分がやるべきだと信じたことを、愚直に突き通したい。
やるべきことをやっていれば、必ず結果は出るはずだから。
「これからもよろしく頼むぞ、エクトラ」
「もちろんなのだ! これからも二人で頑張るのだーっ!」
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その後、ルバート海賊団は正式に解散を表明した。
ニューロンデナム近郊の農民になることを選んだのは、およそ半数。
彼らには街から正式に土地が与えられ、農業が安定するまでの生活費も支給される。
海賊団が解散した代わりに、〈ルバート冒険団〉という集まりが出来た。
ルバートを筆頭に、元海賊たちが寄り合う冒険者集団だ。
複数のパーティーを束ねる団体、というコンセプトが生まれたことで、彼らを真似して団体としての名前を名乗る冒険者がぽつぽつと生まれつつある。
今の所、規模が大きいのは自警団リーダーのジャンが作った〈ロンデナ自警団〉ぐらいだ。街の防衛に当たっていた兵士たちを取り込んだおかげで人数が多い。
冒険者が増えたことで、魔物の討伐速度は一段と加速した。
魔物素材の加工需要もうなぎのぼり。これから街を代表する産業になるだろう。
「さて!」
俺は冒険者ギルドの執務机に座り、気合を入れた。
冒険者ギルドが成り立つかどうか実験する時期は、既に終わっている。
いよいよ、本格的に。
「冒険者ギルドを、作るとするか!」
第一部はここで完結です。ここまでお読み頂きありがとうございます。
ここで終わればきっちりと完結できるので、打ち切りにしようか悩んだのですが、まだ書きたいことがあるのでもう少しだけ続けようと思います。




