半魚人の神
ルバートの操る船を追い、島の多い海域を進む。
たどり着いた先は、クリストフの”宝の地図”に記されたバツ印の位置だ。
「アンリ、二人だけで行くぞ。あまり多いと怖がるからな」
「怖がる?」
「人に慣れてねえんだよ、これから会う相手は」
……もしかして。
「なら、エクトラとロンデナを連れていきたい」
「なるほどな。それなら構わねえか」
四人でボートに乗りこみ、小さな海岸へ乗り付ける。
しばらく待っていると、水面に小さな泡が浮かび上がった。
ざばあっ、と水面から影が飛び上がる。
人間に似た、しかし異形の娘が、浅瀬に立ち尽くしている。
青みがかった肌はぷにぷにとした質感で、人間のものとは別だ。
サハギン……というか、イルカやシャチに近い。
全体的に、人間とサハギンを混ぜてかわいくまとめ上げたような雰囲気がある。
優美なドレスをまとっているものだから、まるでお姫様のようだ。
ヒレのような半透明の長い耳がぴくぴくと震えている。
「〈半魚人の海〉にだって、神はいる。崇めてるのは主にサハギンだがな」
「サハギンの神。あれが、お前の”魔物を操る”という噂の正体か」
「ご名答だぜ」
ルバートが歩み出て、半魚人のような神と言葉を交わした。
怯えた様子の彼女が、嫌々ながらに俺へ寄ってきた。
「わたし、マルメ」
自分を指差して、彼女が言う。
「あなたは?」
「俺はアンリ。ギルドマスターだ」
「ギルド?」
「まあ……魔物を殺す仕事かな」
「ひぇっ!? ころさないでー!」
マルメは大急ぎでルバートの背中に隠れた。
事実だが、もう少し言い方というやつがあったかもしれない……。
「こ、怖くないのだー! アンリは怖くないのだー!」
エクトラが彼女へ寄っていく。
「うわー! 化け物ー!」
「化け物!? ひ、ひどいのだ! わがはい化け物じゃないもん!」
マルメは更に逃げていき、海から頭だけを出している。
「心配いらないよ。魔物を殺すと言っても、人間に手を出す邪悪な魔物だけだから。ね、アンリ?」
「そうだろうか……わりと無差別で殺してる気も」
「そうだよね、アンリ?」
「あ、ああ。そうだな」
ロンデナが放った謎の圧力に押されて、俺は頷いた。
「ほら。怖くないよ、マルメちゃん。あなたも神なんだよね? 私もなんだ」
「う、うん」
「ねえ、そこにいるルバートって人のことは怖くないんだよね? みんな、ルバートがあなたに会わせてもいいって信頼した相手なんだ。そう考えれば、少しは怖くなくなるんじゃないかな?」
「そうかな……」
恐る恐るマルメが俺に寄ってきた。
そーっ、と指を伸ばして、俺の体をつんと突く。
「ひーっ、無理ぃー」
やっぱり駄目だったらしく、海へ戻っていく。
「でも、その人はね。私を救ってくれた人なんだ」
「ほんと?」
「ほんとだよ。アンリが居なかったら、私はもう消えてたかも。アンリのおかげなんだ」
ロンデナが熱の入った視線で俺を見つめた。
なんだか少し……狂信的なものを感じるような……。
「万神殿、っていう神殿にいた人なんだよ。だから、あなたにも優しいと思う」
「万神殿? 聞いたことある……神様がたくさんいるって」
「そうだよ。私も、そこのエクトラちゃんも、元は万神殿に居たんだ」
「そうなんだ……」
マルメはじわじわとロンデナに寄り、彼女の背中に隠れた。
「お姉ちゃんは怖くない……」
「あ、あはは。私の方が、神としては若いんじゃないかなーって思うなあ」
「え……お姉ちゃんって呼んじゃダメ?」
彼女は上目遣いでロンデナを見上げた。
「っ! いいわ! お姉ちゃんが守ってあげるからね!」
何から守るんだよ。
「マルメ。サハギンの事情について話してやってくれねえか?」
「うん、わかった。あのね、サハギンの中にも頭がいいのと、悪いのがいて」
頭のいい魔物、か。
そういう存在は”魔族”と呼ばれ、魔物とは区別される。
昔は人間に劣る奴隷扱いされていたこともあったが、今では平等だ。
「それでね、悪いのは同族にも襲いかかってくる危険な魔物なんだけど、人間がこういうのを倒してくれて助かってる。いつもありがと」
ぺこり、と彼女は頭を下げた。
「いじょ」
「なるほど。なら、冒険者ギルドでサハギンを討伐するのは問題ないのか?」
「うん」
「分かった。なら、サハギンの討伐報酬をいくらか増やしてみよう。それで討伐も活発化すると思う」
「いいの? ありがと、お兄ちゃん」
マルメがひょこりと頭を下げた。
かわいい。エクトラほどじゃないが。
……いや、見た目だけならエクトラよりかわいいかも。
「何を見比べてるのだー!?」
「うわー化け物が喋ってるー!」
「さっきから喋ってるのだっ!」
マルメはロンデナの背中に隠れ、袖を握りしめて震えている。
「マルメちゃん! 私が化け物から守ってあげるからね!」
「ロンデナにまで化け物呼ばわりされたのだっ!?」
そんな調子で、三柱の神はわちゃわちゃと話していた。
「……ってわけだ。俺が魔物を操るだとか魔王だなんだとかいう噂の誤解を解くには、直接会ってもらうのが一番いいと思ってよ」
「確かにな」
マルメを通し、ルバートは水中の魔族と人間の和平を結んでいるような状態だ。
いずれは正式に、領主として同盟を申し込んでもいいかもしれない。
……いっそ、冒険者ギルドの海底支店でも作ってみるか?
「ね、帰っていい?」
「ああ、いいぜ。土産物はしっかり持っとけよ」
「うん」
マルメが俺たちに背を向けた。
「マルメー! 次はもっと話そうなー! わがはい友達を増やしたいのだ!」
「ひーっ!」
エクトラを怖がって、彼女はものすごい勢いで懐中に消えていった。
「な、なんでえー……」
「見た目だろうな。めげるなよ、エクトラ」
「めげてないのだ! でも傷つくのだ……!」




