休日返上
船大工の工作室で、俺はクロスボウの改造を始めた。
矢の後ろ側に穴を開けて、糸を通す。
改造、終わり。
あとは糸の反対側を適当なところに結んでおけば、手で引き上げられる。
「エクトラ! これで釣りをやってみないか?」
「……クロスボウで?」
「そうだ。このへんの海は透き通ってるから、魚の姿も見えるだろ?」
「狙って直接撃つのだ!? やってみたいのだ!」
エクトラがクロスボウを構え、尻尾でバランスを取りながら身を乗り出した。
海中の魚へ狙いを定め、引き金を引く。
「あっ、ズレたのだ! っていうか海に入った瞬間にすごい遅くなってるのだ!」
もちろん外れた。そう簡単に当たるものではない。
「水の抵抗があるからな。浅いところに居る魚じゃないと……ハッ!」
「どこ行くのだ!?」
俺は引き上げたボルトを握り、船内の〈祈祷室〉へ向かった。
神へ祈りを捧げるための部屋だ。祝福を貰うための部屋、と言ってもいい。
俺は祭壇にボルトを乗せて、アゼル様へと祈りを捧げた。
彼女ぐらい信者の多い神になれば、神が祈りへ個別に応答することはしない。
神殿で働いている巫女たちが判断し、半ば自動的に祝福を与えてくれる。
そういうわけで、すぐにボルトへアゼルランドの祝福が付与された。
水中で動きやすくなる効果がある。これを付ければ。
「エクトラ、もう一回試してみてくれ」
「分かったのだ!」
彼女が狙いを定め、引き金を引く。
海中に入ったボルトが、あまり速度を落とさず一直線に進む。そして魚を貫いた。
「わーい!」
「すごいな、一発目で。流石は冒険者の神だ」
俺は糸をたぐり、ボルトごと魚を引き上げる。
鱗が黄色っぽい色の、見たこともない魚だ。
「ポークフィッシュか! どうやって釣ったんだ!?」
近くにいた水兵が驚いている。
「……驚くほど釣れない魚なのか?」
「動いてる船から釣れる魚って、遠洋のでかい奴だけだろ? このへんじゃ、良い漁場にいって止まらなきゃ絶対に釣れねえよ!」
「そうなのか。ちなみに、クロスボウで釣った」
「クロスボウで!?」
水兵たちが集まってきて、魚へ刺さったボルトを眺めた。
「なるほど、アゼル様の加護を……!」
「いや、何がどうなりゃ矢で海の魚を仕留めようなんて思うんだよ……!?」
「故郷にそういう遊びがあってな。川の魚を弓矢で射るんだ」
その後、俺はもう一つ釣り用のボルトを作り、水兵たちに貸した。
十発に一発も当たらない精度だが、暇つぶしにはなるだろう。
ずっと続けていれば、クロスボウの狙いも上手くなるかもしれないしな。
- - -
数時間後。マスト上の見張りが、ニュークールシが見えたと叫んだ。
「煙が見える! 何か燃えてるぞ!」
「何だって?」
俺はマストを登り、単眼鏡を借りて町を眺める。
確かに黒い煙が上がっていた。
「魔物の襲撃か!?」
「いや、街は燃えてない! 停泊してる船が燃えてる!」
言われてみれば、その通り。
小さな港町ニュークールシはまったく無事だ。
港に停泊した船だけが燃えていて、消火作業の人だかりが見える。
「ふむ。付近の海上に、一隻。港街から西に出ていく航路ですな」
いつのまにか上がってきていたデーヴが、洋上に船を見つけて呟いた。
「ひとまず町で話を聞いてみるか」
俺たちはニュークールシへ向かい、燃え盛る帆船から離れたところで船を留めた。
手漕ぎボートで岸壁につけて上陸する。
「あ、あなたは……!?」
着古された服をまとった男が、慌てた様子で駆け寄ってきた。
痩せこけている。住民たちの栄養状態も、あまり良さそうには見えない。
食料を十分に買うこともできない、貧乏な町なのだろう。
「領主様、ですよね? 私はここの町長で……」
町長が緊張した様子で挨拶した。
一応、ロンデナが新領主になったことや、俺が副領主になったことを説明した。
「ははあ……して、皆様が自らお越しということは、何か重大な案件でも?」
「いや。今日は休日でな。観光に来たつもりだったんだが」
燃えている帆船に目をやった。
必死の消火作業の甲斐あって火の勢いは弱まっている。
甲板を張り直してマストを作り直せば、また航海に出れる範囲だ。
「何があったんだ?」
「そ、それが……その。お恥ずかしい話ですが、海賊らしきごろつき共に、船を乗っ取られてしまい」
そういえば、デーヴが西に向かっていく船を見つけていた。
あれが乗っ取られた船だったのか?
「その海賊連中が、追手を防ぐためにあの船を燃やしたか」
「はい……首謀者のクリストフという男が、自ら松明を……」
なんだって? クリストフ?
「船を乗っ取った男はクリストフで間違いないのか?」
「ええ。間違いありません」
「〈バルバロイ〉の残党でしょうな。こんな町に潜んでいたとは」
デーヴが顎に手を当てた。
「人員は? 何名ほどでしたかな?」
「それが、何処から現れたのか、四十人は下らないほどの数で……」
「四十? それだけ数が居たなら、噂になりそうなものだが」
「それが、重ね重ねお恥ずかしい話ですが、さっぱりなのです」
「……確か、安全な妖精の森があるんだったよな? そこに潜んでたんじゃないか?」
町長がハッと驚いたような顔をした。
あまり頭の回るほうではないらしい。小さな町の長だから、そんなものか。
「町長。俺たちは冒険者ギルドだ。何か依頼があるなら、受けることができるが」
「で、では……海賊の討伐を依頼してもよろしいですか?」
「報酬は」
「あまり持ち合わせが……その、銀貨百枚に、あとは彼らの持ち物で……」
「安いな。半端な額を受け取るぐらいなら、いっそゼロのほうがいい」
「へっ?」
「この依頼、無償で受けさせてもらおう」
「よ、よろしいのですか!? ありがとうございますっ!」
貧乏な町から金を巻き上げるのは、さすがに気がひける。
そもそも俺がクリストフを助けたのが原因だ。
そのケジメは取らせてもらおう。
俺は合図を出して、水兵たちをボートに戻らせた。
休日返上だ。状況を考えれば、俺達が動くほかない。
船を持っている冒険者なんていないはずだ……今はまだ、だが。
「盗まれた船の所有者と種類は?」
「所有者は、一応、私です。古めの軍用キャラック船のお下がりでして……大砲十四門と、爆弾用スロープが六つの」
「……こんな小さい港町が、何故そんなものを?」
「買わないか、と言われたので……」
古い船をまんまと売りつけられたのか。金がない町なのに、なんて買い物をするんだ。
この町長、機会を見てクビにするべきだな。
「情報は十分だ。さっきの船を追うぞ!」
俺たちはエクトラ号へ戻り、町から西側へ向けて進んだ。
ハンナが伝書鳩を飛ばす。ギルドへ依頼を張り出すためだろう。
「休日返上だ。海賊退治と洒落込むぞ!」
おおっ、と水兵たちが気合の声を上げた。
「戦いなのだー! のんびりするのも悪くないけど、やっぱり戦いが一番なのだー!」
「私はもっとアンリとのんびりしたかったな……」
「そうは言うがな。海賊を野放しにすれば、ニューロンデナムの治安にも影響が出るぞ」
「わ、分かってるけどさ」
「ロンデナ様。民を守護するのも街神の役目ですよ」
メアリーに諭されて、ロンデナはふてくされたように海を見た。
エクトラと違い、彼女は戦いに向いているタイプではない。
まあ、無理に戦ってもらうこともない。俺とエクトラで片をつければいいだけだ。
……ん?
「待てよ? 船と船で撃ち合う海戦で、俺とエクトラは役に立つのか?」
「今更ですな」
デーヴが含み笑いした。
腹の脂肪の厚みに負けないぐらい、余裕をたっぷりみなぎらせている。
まあ、デーヴが居れば大丈夫か。
時には専門家に任せるのもギルドマスターの仕事だ。




