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俺だけ混浴


「まともな温泉だな……」

「住めそうなのだ!」


 完成した温泉を皆で眺める。

 男女別の脱衣所と、その先にある仕切りで分かれた二つの温泉はともかく。

 どうして寝れそうな休憩所とサウナまで作ってしまったのだろう。

 やりすぎた気がする。まあいいか。半端なものにはならなかったし。


「この温泉、冒険者ギルドで運営して客を入れられるんじゃないか?」

「まだ厳しいでしょうな。海がもっと安全になれば、あるいは」

「それもそうか。なら、当分は俺たち専用の隠れ家だな」


 ひとしきり施設を眺め、満足した俺はいよいよ脱衣所へ向かおうとした。

 ……両腕をがっしりと掴まれる。


「アンリがいないと体が洗えないのだ……」

「私はいいよ? アンリなら、混浴でも」


 神に囲まれた俺は、半ば無理やり女性用の脱衣所に連れ込まれた。

 ハンナやメアリー、それと女水兵たちは、面倒事を避けるかのように目を逸らす。

 ……まあ、大丈夫か。湯けむりでけっこう隠れるし……。


 そんなことより温泉だ。お湯が漏れている様子はない。

 ちゃんと湯加減もいい感じだ。


「おお……極楽だな……」


 溜まった疲労が溶けていく。

 岩に頭を預けて空を見上げれば、空には満点の星空が広がっている。


「アンリー! 景色がいいのだー! こっちくるのだー!」


 ばちゃばちゃ飛沫を上げながら、エクトラが呼んでいる。

 いつのまにか周囲の木が切り倒され、海まで視線が通るようになっていた。

 浅瀬に錨を降ろした戦闘用スループ船〈エクトラ号〉も見える。


「頑張れば、あそこまで飛べそうな気がしてくるのだ」


 背中の翼を羽ばたかせながら、エクトラが言った。

 だが、飛ぶためには翼の大きさが足りていない。

 万神殿に居たころ試してみたが、彼女が空を飛ぶのは無理だ。


「なあ、エクトラ。かつてお前が大量の冒険者から信仰を集めていた時なら、空ぐらいは飛べたのか?」

「そんなこと言われてもわかんないのだ。でも……きっと飛べるのだ」

「そうだな」


 彼女の翼に手を触れる。骨組みの間に薄い膜が張られたような作りだ。

 絹のように滑らかな手触りの翼を優しく洗ってやった。

 いつか飛べるというんなら、綺麗にしておいて損はない。


「アンリ! そ、その……私も……や、やっぱなんでもない!」

「お前にはメアリーがいるだろ、ロンデナ……」


 彼女の顔は真っ赤だ。それ、好意とかじゃなくて普通にのぼせてないか?


「少し、湯の温度を落としたほうがいいか。体力が戻ったとはいえ、ロンデナは病気が治ってから時間が経ってないしな」


 〈水神〉の紋章を刻んだ女水兵に頼み、冷たい水で温度を下げてもらう。

 少しぬるいが、長く入るならこれぐらいがいいな。


「あ、ありがと、アンリ」

「気にするな」


 目を閉じて、頭を空っぽにする。

 普段の心配事を忘れ、潮風と湯のあいだにたゆたう。

 わずかな眠気にまどろみながら、心地よい一時を過ごす。


 はずが、いつの間にか二柱の神が両隣に来て、露骨に距離を詰めてきた。

 なんなんだ。俺の体から神に好かれるフェロモンでも出てるのか?



- - -



「いい湯だったな……」


 翌日、俺達は〈エクトラ号〉に乗り込み、港街を目指した。

 行き先はニュー・クールシ。林業の町だ。

 せっかくの休みだし、別の街を見てみたい。


「ギルドマスター。そういえば、頼まれていた調査の件ですが」

「調査? ああ……あの、ルバートに沈められかけた密航者の男か」


 そういえば、事実関係を確かめるために調査の指示を出していた。


「まだ噂話を集めた段階ですが、概ねの情報は掴めました。聞かれますか?」

「頼む、デーヴ」

「まず、名前はクリストフ。彼の”ルバートに潰された村”とやらは、バルバロイと呼ばれる島のようです。一応、ニューロンデナム領主の治める範囲内ですな」

「領主館に島の資料はあったのか?」

「それが……どうやら〈バルバロイ〉という名の海賊団が根城にしていた島らしく。公式な資料は無いのですが、極めて素性の悪い連中だったようです」

「……ん?」


 密航者だった男……クリストフは確か、「自分の村が滅ぼされた」と言っていた。

 それに鍵開けの技能を身に着けていて、おそらく盗人だ。


「もしかして、ルバートがクリストフの居た海賊団を滅ぼしたのか?」

「可能性はありますな。単にサハギンに負けたのか、ルバートにも負けたのか。どちらにせよ、逆恨みと言ってよろしいかと。噂でも、クリストフの評判は悪いそうですからな」

「そうか……」


 そんなやつなら、縛って海に落とされるのも納得できる。

 俺はわざわざ海に飛び込んで悪人を助けてしまったらしい。

 まあ、そういうこともあるだろう。


「今はどこで何をしてるんだ?」

「わかりませんな。おそらく、まだルバートの命を狙っているのでしょうが」

「わざわざ調べるほどの相手でもないな」


 休日なのに嫌な男の話を聞いてしまった。

 気晴らしに釣りでもするか。船倉から釣り竿を持ってきて、針を投げ落とす。


「あっ! わがはいもやるー!」

「釣り竿、持てるか?」


 鱗と爪のごっつい手で、エクトラが頑張って釣り竿を握りしめている。


「釣れないのだー……つまんないのだ」


 すぐに音を上げて、俺に釣り竿を返してきた。

 まあ、向いてないよな。

 糸を結んだ矢で直接魚を撃ち抜く”弓釣り”ならエクトラの趣味に合うかもしれないが、彼女の手で弓を扱うのは難しいだろう。


「いや、クロスボウなら行けるか?」


 確か、武器庫に誰も使っていないクロスボウがあったはず。

 よし。改造してみるか。


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