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温泉作りとゴブリン肉


 接岸地点の魔物を全員で一緒に討伐し、火山灰の積もる島へと上陸する。

 たちこめている硫黄の香りを追って、島のなだらかな斜面を登った。


「温泉なのだーっ!」


 白煙に覆われた温泉が、小高い丘の上に溜まっている。

 エクトラがポンチョと下着を投げ捨て、ぼこぼこと泡の立つ湯へ真っ先に飛び込んだ。


「いい湯だぞー! 皆も入るのだー!」

「いや、混浴は……仕切りとかを作って、男女別に入るべきじゃないか」

「いいからー!」

「よくないだろ!?」

「あのさ、私はアンリとなら、別に……」

「ロンデナは回りを見ろよ!? 俺だけじゃないだろ!?」


 まったく。

 こうなってしまったなら、女性陣へ先に入ってもらえばいいか。

 念の為に、湯加減を確かめておこう。指を湯に浸けっ!?


「あっっづう!? 熱湯だこれ! 火傷するんだが!?」

「えー? いい湯加減なのにー」


 ボコボコ泡の沸き立つぐらいの熱湯に、エクトラは首まで浸かっている。

 熱や炎に耐性があるんだろう。

 なんとなくドラゴンっぽい風貌だしな……。


「この湯は駄目だ、他を探すぞ」

「みんな軟弱なのだー」


 一人で気持ちよさそうにしているエクトラを置いて、俺達は別の湯を探した。

 のだが、ない。湧き出しているのはこの一箇所だけだ。

 溢れた温泉は小川となって海まで流れているが、入浴できるような場所はない。


「がっかりですな……」


 水兵たちと共に、デーヴが肩を落としている。


「まだだ。小川をせき止めて池を作れば、ちょうどいい温度の温泉になるはずだ」

「大変な土木工事になりますぞ?」

「だが、ここまで来て諦めるわけにはいかない……! そうだろう、皆!?」


 半端なことはしないのが、俺のモットーだ。

 気合を入れて小川を温泉へと作り変えていく。

 丸太を使って岩を転がし集め、砂でその隙間を埋め、船の塗料で防水性を高める。

 本格的な温泉が出来上がっていく。


「せっかくだし、休憩所と脱衣所も作ってしまいますか!」


 船の修理用に積んである端材を持ち出して、デーヴがぱっと簡易な小屋を作り上げた。


「ここまで来たらサウナも必要ですぞー! やりますぞー!」


 気付けば水兵総出での大規模な建築作業がはじまっていた。

 温泉から上がったエクトラが水兵たちと共に資材を運んでくる。

 加工は無駄に小器用なデーヴ、それと多少は心得のある俺の二人が担当した。


「楽しそうだなあ。私もやらせてー!」

「ロンデナ様!? あまり無理しては駄目ですからねー!?」

「メアリーの言う通りだ。一応は病み上がりなんだから、体力を使いすぎるなよ」


 ロンデナも混ざってきて、俺の加工を手伝った。

 既に温泉のほうは完成していて、あとはお湯さえ引けば入れる状態だ。

 が……ここまできたら、まず施設を完成させてから入浴するのが筋だ。

 半端なことはしないぞ……!


「いやしかし、疲れますな。休日だというのに、我ながらなぜこんな」

「でも、楽しいだろ?」

「もちろんですぞ!」


 普段の仕事とは違う。全員が好き勝手に動いているので、わりとグダグダだ。

 遊んでいる者もいる。ハンナなんか、ずっと木陰で休んでいる。

 みんな自分の好きなように動いているだけだ。

 その結果、何故か立派な温泉が出来上がっているわけだが……。


「陽が傾いてきたな。誰か、食事の用意をしている者はいるか?」


 みんなが首を振った。

 よし、たまには俺が飯を作るか。


「えっ? ギルマスさんって料理も出来るんですか?」

「俺は神の巫女だぞ、ハンナ。食事ぐらいは作れなきゃ、この仕事は務まらない」


 確か、上陸したときに狩ったゴブリンの肉があったな。

 まずいと評判の肉ではあるが。せっかくだし、魔物肉で料理してみるか……。


「い、言われてみれば」

「え、アンリがご飯作るの!? 食べたい!」


 ロンデナが寄ってきた。


「ああ。ゴブリン肉で何か作ろうと思う」

「うげっ……で、でもアンリの料理なら……」

「私も手伝うわよ」


 メアリーが言った。

 彼女もなかなか優秀な巫女だ。食事ぐらいは作れるか。


「分かった。船まで来てくれ」


 メアリーを伴い、島を下って材料を取りに行く。


「あんた、変わったわね」

「そうか? お前こそ、昔に比べてずいぶん立派な巫女になったじゃないか」

「お互い様よ。あんたも、万神殿に居た頃に比べれば、ずいぶん明るくなったじゃない」

「そうかもな。……お互い、狭い世界に閉じ込められるのは性に合わないんだろう」


 そういう狭い世界が好きな人も居るんだろう。

 だが、俺はこうして辺境で伸び伸びとやるほうが好きだ。


「さて。ゴブリン肉の臭みを飛ばすなら、やっぱり酒かな」

「そうね。料理はこの船でやるの?」

「いや……船の調理場(ギャレー)は狭いからな。材料を持っていこう」


 血抜きの終わったゴブリン肉、野菜の各種と柔らかいパン。

 遠くに航海をするわけじゃないから、新鮮な食材が揃っている。

 砂糖をはじめとする調味料もギルドの稼ぎで揃えておいた。


 温泉の近くへ食材を運び、大鍋へお湯を注いで生姜と共にゴブリン肉を茹でる。

 癖の強い臭いが周辺に漂い、誰もがげんなりした顔を浮かべた。


「エクトラ。ラム酒の樽を丸ごと持ってきてくれ」

「わかったのだー!」


 力仕事を彼女に任せ、下茹でを続ける。


「あんた、自分の仕えてる神にパシらせたの? 本気?」

「いいだろ? 適材適所だ」

「……そうかもしれないわね。万神殿の高官連中も、少しはあんたを見習うべきかも」


 十分に肉が柔らかくなったころ、エクトラが酒樽を持ってきた。


「メアリー、ラム酒と砂糖で煮込みのベースを作ってくれ」

「任されたわ」


 彼女が火にかけたもう一つの大鍋へ、茹でたゴブリン肉を投入する。

 更に玉ねぎや味のいい薬草を合わせ、じっくりと煮込んだ。

 嫌な臭みは消えて、蒸発した酒のうまそうな香りが漂う。


「ゴブリン肉のラム酒煮込み、完成だ」


 俺たちは、温泉作りで疲弊した皆へと料理を振る舞った。


「おおっ!?」

「あんなにまずいゴブリン肉が、こんな……!?」

「アルコールを多めに使って長めに煮詰めた。肉の臭みをアルコールと一緒に蒸発させて、かわりに甘めのスープを染み込ませるために。それなりに食える、と思う」


 自分でスープをよそって、一口。

 長めに煮込んでも、まだ癖のある肉っぽい味は強めだ。

 だが、慣れれば悪くない。ゴブリン肉、調理法次第ではけっこう食えるかも。


「あれっ!? おいしいのだ!?」


 普段は柔らかくした肉が嫌いなエクトラにも、けっこう評判がいい。

 わずかに残るゴブリン肉の臭みが、彼女の好みと合ったんだろうか。


「ねえねえアンリ。今度さ、私に料理を教えてよ」

「料理? 自分の巫女がいるんだから、メアリーに教わればいいんじゃないか?」

「でも、私はアンリに教わりたいから。駄目かな……?」

「ロンデナ様、攻めますね……」


 じと目のメアリーが、何か言いたげにロンデナを見つめている。


「まあ……時間があればな」

「分かった! 今度、アンリの家に行くから! つきっきりで教えてね!」

「お、おう」


 グイグイ来るな、この神。

 嫌じゃないけど、俺はエクトラに仕えてる身だし……ちょっと困る。


「ギルマスさん、おかわりですぞ! 大盛りでお願いしたい!」


 デーヴが助け舟を出してくれた。

 ……いや、単に食いたいだけだなこいつ。


「太るぞ」

「今更ですな!」


 そんな調子で、すぐに大鍋は空になった。


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