温泉島へ
「あれだけ休みたかったのに……いざ休んでみると、何をするべきか迷うな」
「わがはいは冒険したいのだ! 内陸に行って魔物を倒したいぞー!」
「勘弁してくれ。それじゃ休みにならない」
立ち話もなんなので、俺達は海沿いの飯屋に入った。
日傘の差されたテラス席に集まって、山盛りにされた白身魚のフライをつまみながら、だらだらアイデアを出し合う。
「そういえば、近くに温泉の湧き出す島があると聞きましたな」
「むっ」
「詳しくお願いしたいです」
俺とハンナは食いついた。
「えー。温泉なんてじじくさいのだ。退屈なのだー」
「あの、私、できればニューロンデナムを案内してほしいなあって」
言われてみれば、ごもっとも。
今日はロンデナを案内して、温泉は明日にでも行けばいいか。
そういうわけで、俺達はロンデナの観光案内をした。
あまり大きな街でもない。一時間もかからずに、主なスポットは回りきれる。
軽く説明を入れながら、俺達はゆっくりと丘へ向かっていった。
「……見えてきたな。あの丘の上にあるのが、お前の神殿だ」
「なんか、照れちゃうなあ。あんな立派な建物が、私のために建ってるなんて」
えへへ、と彼女は頭をかいた。
すっかり健康になった彼女も、こうした仕草からはまだ”薄幸の美少女”の雰囲気を漂わせている。
なんだか花のように萎れて消えてしまいそうで、守らなければ、という気になるのだ。
しかも……。これは、今気付いたことなのだが……。
そんな雰囲気なのに、意外と体の発育がいい……。
って、いや。どこ見てるんだ。さすがに失礼だな、俺。
「あ! 冒険者ギルドだ!」
ロンデナが立ち止まり、笑顔でギルドを眺めた。
武装した冒険者が出入りしていることを除けば、何の変哲もない建物だ。
それでも、彼女は飽きずにずっとギルドを見ていた。
「すごいなあ……作ったばかりなのに、こんなに活気があって。アンリはすごいよ、ほんと。たった一人で、私のことを助けちゃうんだから……」
俺の肩に、ロンデナが頭をもたれかかってきた。
!? 顔が近い! 絶世の美少女の顔が近い!
「そうだぞ、アンリはすごいのだー!」
「うん。そうだね」
上目遣いでじっと見つめないでくれ、反応に困る……!
「ロンデナ様。そこまでにしておきましょうね」
ぐいっ、とロンデナの体が引っ張られた。
「えー、何で邪魔するのー。やめてよーメアリー」
「やりすぎですよ、ロンデナ様。それに、その男は確かに優秀ですごいやつだけど、一言多くてウザい変人なんですから。大変ですよ、惚れると」
ロンデナの巫女メアリーは、もちろん仕える神と行動を共にしている。
昔と見違えるぐらい、かなり落ち着いた様子だ。
彼女はまだ10代で、ちょっと目を離せば成長する時期だしな。
「ほ、惚れっ!? べ、別にそんなんじゃない……から……」
「はい。では、まず神殿に行きましょうね。神官たちが待ってますからね」
その後、俺達は神殿で食卓を囲んだ。
今までのエピソードをかいつまんで、皆でロンデナに話をする。
エピソードが尽きてからは、とりとめもない雑談を繰り返した。
南国の陽気な午後が、ゆっくりと流れていく。
気付いた頃には日が落ちている。
夕食と共に軽く酒を飲み交わし、俺たちは宴を満喫した。
たまにはこんな一日も悪くない。
- - -
「戻ってきた! 私は海に戻ってきましたぞー!」
テンションの高いデーヴの操船で、〈エクトラ号〉がエメラルドの海をゆく。
背後のニューロンデナムがぐんぐんと遠ざかっていった。
「わあ、すごいっ! 海の底が見えるよっ!」
手すりから身を乗り出して、ロンデナが海を眺めている。
南国にふさわしい爽やかな白い服が、風に吹かれて揺れている。
「すごいだろー? よく目をこらせば、魚の姿も見えるのだぞー!」
「ほんと!? ほんとだ! いるねー!」
このあたりの海は透明度が高く、本当に綺麗だ。
海中に魔物が出ても上から見ればすぐわかる。
だから、昼間の航海なら不意をつかれる心配はない。
「アンリー! こっちに来なよー! 綺麗だよー!」
「待ってくれ、今は指導中だから!」
〈エクトラ号〉の水兵たちは、全員が冒険者の資格を持っている。
肉体に自信があり、サーベルや銃砲を扱える彼らが冒険者になるのは、まあ当然だ。
しかし、下手に武器が扱える分だけ癖がついていて、魔物相手には苦戦している。
そこで俺が指導役を買って出た、というわけだ。
「よし、いいぞ。両手剣の握りはそれで合ってる。さあ、俺の真似をしてみろ」
甲板に並んだ水兵たちが、俺に習って剣を振る。
魔物が相手でも型稽古は重要だ。
「休みなのに、結局アンリさんは仕事してるんですねえ」
甲板に寝っ転がったハンナが、呆れたように言った。
「まあ、やっていて楽しいからな。仕事、っていう感じはしないんだ」
冒険者ギルドの運営は、俺にとっての天職だ。
何をやっていても楽しく感じられる。
「近づいてきましたぞー! 海の色が変わってきましたな!」
エメラルドブルーの海が、やや暗めの青い海へと変わっていく。
「デーヴ、なんで海の色が変わったんだ?」
「それはですな! 温泉のある島は、もちろん火山島でしょう? 火山島の土は黒っぽいですからな。陸から海に運ばれた黒い砂が海底に積もり、海の色も黒く見えるのです!」
流石だ。本職だけあって、海については詳しいんだな。
「おっと、見えてきましたな! ホットスプリング島が!」
ホットスプリング……温泉か。
ド直球だ。ま、無人島の名付けなんてこんなものか。
「よし、訓練は終わりだ! 接岸するぞ、持ち場に戻れ!」




