弓士と小休止
遠征に出た俺と冒険者たちは、街から遠く離れた密林にキャンプを作った。
いくらか開けた場所を選んだが、それでも夜の密林だ。
何が出るか分からないので、周辺の警戒は欠かせない。
「よっし、斥候役を決めるぞ! パーティから一人づつで合計六人な!」
「〈クマクマ団〉の斥候は、この〈大熊〉のガリシッド様だ!」
俺が何かを言うまでもなく、冒険者たちは自発的に動いている。
ジャンが音頭を取って見張り番を決め、炊事や薪の確保といった仕事を分担していく。
自警団なんてものを作るだけあって、彼はリーダー気質が強いようだ。
「よっしゃあ、酒だーっ!」
ラム酒を持ち込んだ一部のパーティが、思いっきり気を緩めている。
人数が多いからといって、危険な場所で飲酒か……。
彼らのランクを上げるのはまだ早そうだ。顔を覚えておこう。
「ぐわははー! 愉快だー! 愉快なのだー!」
エクトラが瓶を一気に飲み、いきなり笑い始めた。
彼女の手から酒を取り上げる。
「エクトラ。お前に酔われると困る。みんな頼りにしてるんだぞ」
「おー? そうかそうかー! いやー、わがはいはさいきょうだからなあー!」
彼女はふらふら虚空めがけて爪を振り回し、ぶっ倒れて寝息を立てはじめた。
酒には弱いほうか。よかった。
こいつが酔っ払って暴れると、俺が本気を出さなきゃ止まらないだろうからな……。
「勝手に酒飲んで勝手に倒れやがった……! でもカワイイから許す……っ!」
酒を持ち込んだ冒険者が、なぜか倒れたエクトラを拝んだ。
「いつもありがとうよっ、あんたの加護で冒険者やれて人生バラ色だぜ!」
他の冒険者たちもエクトラを囲んで拝んだ。
確かに、彼女がいなければ俺も冒険者ギルドを作ろうとは思わなかった。
きっとまだ万神殿の下っ端巫女として暮らしていたはずだ。
「……ありがとう、エクトラ」
俺も囲いに混ざり、彼女へ祈りを捧げた。
この調子で信仰が集まれば、エクトラの祝福は強くなっていくだろう。
魔物相手に強くなる、という強化効果に加えて、〈ギフト〉と呼ばれる特殊能力が発現するようになるのも遠くない。
「よしっ、飲むぞ! エクトラ様に捧げる酒だ! お前も来いよガリシッド!」
「俺はいい!」
おっと?
この前は酔っ払って窓口で暴れてた男のくせに、酒を断ってるぞ?
「飲まされると毎回ろくなことにならん!」
「だからいいんだろ! 肥溜めに頭から突き刺さった時は傑作だったぞ!」
「うるせえ!」
彼は騒いでるパーティに背を向けて、キャンプの外を警戒しはじめた。
弓士らしく鋭い視線だ。悪くない。
「ガリシッド、ちょっといいか。話がしたい」
「なんでえギルマスさんよ、ついに〈大熊〉のガリシッド様へ一目置いたか!」
「いや。ギルドに来た日は、どうして酔っ払ってたんだ?」
「……別に、何だっていいだろ」
彼は目を逸らした。
「そりゃあ、弓なんて時代遅れ扱いだったからな! パーティ入ろうとして断られたんだろ、そいつ!」
「うるせえ! この〈大熊〉のガリシッド様が断られるわけねえだろ!」
ああ、そういうことか。
せっかく実力を磨いているのに、活躍の場がないんじゃ腐りもする。
断られた勢いで酔っぱらい、酔っ払った勢いで一人でギルドに来て、俺にボコられた。
なるほど。第一印象ほどは悪い男じゃないな、ガリシッドは……。
「あと、もう一ついいか」
「なんだよ?」
「何でパーティ名が〈クマクマ団〉なんだ?」
「かわいいだろうが! 女の子に入ってきて欲しかったんだよ! カワイイ名前をつければ女の子が来るかと思ったんだよ!!!」
「……本気か?」
「うるせえ!!! 実際に女の子が入ったんだからいいだろ!!!」
ガリシッドの近くにいるゴブリン骨の杖を握った少女が、俺に手を振った。
……作ったはいいが、数本しか売れてなかった魔法の杖だ。
良かった。一応、ちゃんと活用してくれてる魔法使いも居たか。
「なあ、ギルマスさんよ。あんた、徹夜でこの矢の仕組みを考えたんだよな?」
「ああ」
「あんたのおかげで、俺の人生が無駄にならなくて済みそうだ。ありがとうよ」
意図しない形で、俺は一人の男を救っていたらしい。
徹夜続きで苦労はしたが、それだけの甲斐はあったな。
「気にするな。その弓矢の腕で、今度はお前が他の誰かを救ってやれ」
「もちろん! この〈大熊〉のガリシッド様は最強だからな!」
「……わがはいなのだ……むにゃ」
「あー!? いくらエクトラ様といえど聞き逃がせねえ! 最強なのは俺だ!」
「わがはいい……」
「俺っ!!!」
こいつ、寝言と喧嘩してやがる……。
「なあガリシッド、俺が試験した時のことはもう忘れたのか……?」
「酔ってたからノーカンだ! よしっ、今から勝負しろっ!」
ガリシッドは剣を抜いた。まあ、手合わせぐらいならいいか。
「ぐえーっ!」
一瞬で勝った。いや、せめて弓で勝負を挑んでこいよ。




