強すぎて試験にならない
そして迎えた遠征当日。
Aランクへの昇格候補に選ばれた六パーティが、俺と共に獣道を歩いている。
彼らの様子は妙だった。
昇格試験への緊張というより、ワクワクソワソワ、という雰囲気だ。
ほぼ全員がサブ武器として弓を背負っている。
エクトラまで何故か弓を持っている。
そのデカくて爪の生えた手で撃てるのかよ。
……とは思うものの、彼女は目をキラキラ輝かせている。言うのは無粋だろう。
「そんなに期待されてもな……」
魔物相手の威力テストも出来ていない。
これで威力がショボかったら、ものすごく恥ずかしいことになってしまう。
あの爺さんが〈アンリ式矢じり〉なんて名前を広めるものだから……。
「いたぞ。ゴブリンだ」
斥候役が声を潜めて報告する。
ほぼ全員が一斉に弓を構えた。いやいや。
「君はどこのパーティの斥候だ?」
「あいつはオレんとこだよ。〈ロンデナ自警団〉だ」
「ああ、お前のとこか。ならジャン、射手を一人選んでくれ」
「え、オレ? じゃあ、そうだな、ガリシッドで。パーティ違うけど」
熊のような風体の男が、得意げに前へ出た。
「どこかで見たような……」
「おい!? この〈大熊〉のガリシッド様をボコボコにしといて忘れるってのは、どういう了見だよ!?」
ああ、ギルド運営初日に騒いで俺がボコボコにしたやつか……。
「まあいい、見てろ! Aランクに昇格するのは俺の〈クマクマ団〉だ!」
「いや何だそのパーティ名!?」
「カワイイだろうがっ!」
ガリシッドは弓を引き絞る。
見るからに引きの強い、力の必要な大弓だ。
かなり使い込まれている。ああ、こいつは弓士だったのか。
「見てろっ!」
ギリギリと引き絞った弦が放たれる。
ヒュウッ、と風を切る矢がゴブリンを吹き飛ばし、地面に転がした。
ピクりとも動かない。
「……」
マジかよ。当たったの胴体だぞ。即死って。
「す、すげえなこの矢!? この〈大熊〉のガリシッド様をボコボコにした男だけはあるぜ! この〈大熊〉のガリシッド様をボコボコにしただけはなー!」
「吹っ飛んでるし! そうはならねえだろ!」
「うおおおっ! オレも撃ちてえっ! 待ちきれねえっ!」
当然、遠征に集まったパーティは大騒ぎになった。
「当然なのだ! アンリはすごいからな! えっへん!」
「盛り上がるのはいいが、油断するなよ。強敵が現れるかもしれないんだ」
俺は皆に釘を差し、歩みを再開した。
最初は上等な獣道だった道が途絶え、やがて踏み跡すらも途絶える。
大きな剣で密林を切り払いながらでないと進めないほどの密度だ。
当然、視界は通らない。がさがさと音がするたび緊張感が高まる。
「道を作る必要があるな……」
こんな環境では、魔物どころか遭難で死者が出てしまう。
道作りも依頼で行けるだろうか?
最終的な舗装はともかく、草木を切るところまでなら冒険者でも出来るはずだ。
「出たっ!」
前方で誰かが叫ぶ。
冒険者たちが一斉に弓を構えた。
「な、何だコイツ!? デカいっ!?」
密林の中から現れたのは、角の生えた巨大な鬼だ。
あれは知っている。オーガ、と呼ばれる魔物だ。
ゴブリンとは比べ物にならない強さを誇るという。
撤退の指示を出さなければ。
と、思っていたのだが。
四方八方から放たれた弓矢が、オーガの体中に突き刺さっていく。
こ、古文書だと”弓矢は刺さらない”と書いてあったのだが!
強敵のはずなんだが!
「ウ……ガッ……?」
事態を把握すら出来ていない様子で、オーガが倒れた。
わっ、と歓声が上がる。
「めっちゃ強そうなヤツだったな! オレちょっと焦ったわ!」
「見たか! この〈大熊〉のガリシッド様の矢を! 背中まで貫通弾だあっ!」
周囲の安全を確かめて、皆で矢と死体の回収に向かう。
……この矢だけは高めの値段で売るべきかもしれない。
あまり安くすると弓矢だけに依存してしまう。それは避けたい。
しかし、妙だ。なぜオーガの皮膚を貫通できた?
刃が飛び出る仕組みだから、普通の矢より貫通力は下がるはずなのに。
拾い上げて、矢をまじまじと見つめてみる。
……俺が考えた設計と、わずかに違う。
ハサミのような二本の刃が異常に磨き上げられていた。
矢というより手術刀のような鋭さだ。
「あの爺さん、勝手に設計を変えたか。耐久性はないが、大物用としては最高だな」
案の定というべきか、あまりに鋭いせいで壊れている矢もあった。
高度な鍛冶が必要だから数が作れないのに、耐久力がないのはまずい。
……だが、これでいいのか? 耐久力がなければ、自然と切り札になる。
「む、また来たか」
二匹目のオーガが出てきた。
普通なら絶望的なピンチだが、このオーガも同じ運命を辿った。
これで更に強い武器防具が作れるだろう。
弓矢に負けないぐらい、他の装備も強化してやらないとな。
「……しかし、試験にならないなこれ」
まあ、弓矢で倒せるというのなら別にいいか。
奥地に危険な魔物が出ることも、そいつらを倒せることも分かった。
参加者全員Aランク昇格、でも特に問題ないだろう。




