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機械式矢じり


 ニューロンデナムの奥地にどのような魔物が潜んでいるか、情報はない。

 もしかするとゴブリンしかいない可能性もある。

 だが、危険な魔物がいる可能性は高い。


 俺なら大抵の魔物に対処できる自信はあるが、それでは意味がない。

 今の冒険者でも何とかなるよう、更に強力な武器防具を開発するべきだ。

 とはいえ、剣も防具も素材への依存度が高い。

 より強く大きな魔物を狩って素材を集めない限り、そこの更新は無理だ。


「改良するべきは、矢だな」


 俺にはアイデアがある。

 古文書に「機械式矢じり」を使うパーティがいた、という記述があったのだ。

 大型の魔物を狩るとき、これがあると弓矢の火力が相当に増したという。

 ただ、具体的な構造や仕組みは乗っていなかったのだが……。


「よし……夜中に研究開発するか」


 忙しいが、時間はなんとか作り出せる。

 そういうわけで俺は徹夜し、鍛冶屋から貰ってきた端材で実験を重ねた。


 機械式の矢、というからには、何かが動く矢なのだろう。

 何が動けば火力が増すのか。答えは一つしかない。

 直接ダメージを与える矢じりの部分だ。矢じりが動き、それによって威力が増す。


 まず、俺は矢の基本的な性質から確認していった。

 矢じりの殺傷力は、矢じりの与える傷の広さと深さで決まる。

 傷口を広くするためには、矢じりを平たく、刃のような形にするのが有効だ。

 そうすれば軽くて威力のある矢が作れる。


 問題は、矢じりをそういう刃にすると矢が不安定になること。

 いわゆる”風見鶏効果”のせいだ。


 重心より後ろに羽根がついていれば、安定する。

 逆に、重心より前に羽根があると不安定になってひっくり返る。

 そして、平たい刃は羽根として機能してしまうのだ。


 矢羽を大きくして対処もできるが、これでは速度が遅くなってしまう。

 ゆえに、大きく平たい刃は実用的ではない。


「……そういうことか!」


 実験を繰り返して理屈を確認しているうちに、俺は気付いた。

 つまり、飛んでいる最中は閉じていて、当たったとき開く刃があればいいのだ。

 そうすれば高速かつ高威力で安定した矢を作ることができる。


 それから、俺は徹夜で試作品を作った。

 まず、衝撃を受けると留め金が外れてバネで刃が開くような矢を作ってみる。

 俺の手先の器用さの問題で悪戦苦闘したが、一応は形になった。


「複雑すぎるな」


 だが、矢にバネを仕込むのはちょっと複雑すぎる。

 できればもっとシンプルで故障しにくい仕組みが良い。


「おはようなのだー……!? いったいどうしたのだアンリ!?」

「ああ、おはようエクトラ。ちょっとな」

「ちょっと、じゃないのだ! なんで大量のゴミと弓矢と的が転がってるのだ!?」

「冒険者ギルドで売る新型矢の試作品だ」

「て、徹夜で……?」

「徹夜で」


 気付けば朝になっていた。

 俺はそのまま領主としての執務に移り、午後にはギルドマスターの業務をこなす。

 その最中も、機械式矢じりのことは頭から離れなかった。


「おっと」


 書類を書いている途中、インクをこぼして紙の隅にシミが出来てしまった。

 ……書き直すのはもったいない。俺はハサミを取り出し、隅だけ切り落とす。


「ハサミ?」


 引っかかりを覚えて、空中でハサミをしゃきしゃき開閉する。

 二つの刃が一点で止まっていて、左右に開く構造。


「これだっ!」


 半端に開いたハサミに前から力が掛かれば、勝手にハサミは左右へ開く。

 つまり、矢じりからそういう状態の刃が少し飛び出た形にすればいい。

 命中したときに刃の先端が引っかかり、勝手に左右へ開いてくれる。


「悪いハンナ、後は任せる!」


 ギルドから飛び出して、材料のある領主館へ戻る。

 書類仕事中のデーヴを押しのけて、俺はハサミ風の矢じりを試作し、撃ってみた。

 二枚の刃が綺麗に開いた状態で、矢が的に突き刺さった。 


「よしっ!」


 短剣、いや長剣の刺突にも匹敵する傷の広さだ。

 そんな殺傷力を持った弓矢が雨あられと降り注げば、かなり凶悪だろう。


「鍛冶屋に行ってくる!」

「忙しいですなあ……」


 小走りで鍛冶屋に向かい、鍛冶師の偏屈爺さんにこの矢を発注する。

 彼は興奮した様子で大はしゃぎしながら説明を聞いた。


「こりゃ、すばらしい発明じゃあ! 狩猟用の弓矢が復権するぞおっ!」


 だいたいわしは銃が嫌いなんじゃ、とか言いながら、彼はさっそく仕事にかかる。


「しっかし、よく思いつくのう、こんなもの! 矢なんて何千年もずーっと似たような形じゃろうに! あんたは天才じゃわい!」

「それほどでもある」


 とはいえ、古文書の情報がなければさすがに思いつかなかった。

 この発想ができた大昔の天才に感謝しなければ。


「おう、誇れ誇れ! こりゃ歴史に名が残る発明じゃ! アンリ式矢じりじゃわ!」

「その名前はちょっと……」


 ……そして遠征の前日、新方式の〈アンリ式矢じり〉を搭載した矢が届いた。

 爺さんが興奮して広めまくったせいで、すっかり名前が定着してしまった……。

 少し恥ずかしいけれど、まあ、誇らしくもある。



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