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でかいコネ


「領主様」

「だから、俺は領主代理だ」

「代理でも領主は領主でしょう」


 ふっ、と前髪を撫でながら、無駄なキメ顔でデーヴが言った。

 仕事に慣れたのと仕事量が落ち着いてきたことで、ふざける余裕も出てきたらしい。

 俺のほうはまだまだ激しく忙しいんだが……。


「違いますかな?」

「た、確かにその通りだ。だが、あくまで代理だと周知しておかないと、領主の後任が来たときに困るからな」


 下手に人気があるせいで、それを示しておかないと引き継ぎのときが大変だ。


「ああ、そういうことですか。では呼び方を変えて。領主代理様」

「なんだ」

「港にアゼルランド商会の船が来ていることはご存知ですかな?」


 領主館の窓から、港を見る。

 見覚えのある帆船が五隻並んでいた。同じ船団の仲間として海を渡った船だ。

 あの船団はアゼルランド系だったから、アゼルランドの商会の船がいたのは当然だ。


「あれか。しかし、アゼルランド商会なんて聞いたことがないな」

「いかんせん小国ですからな。ここらはアゼルランドの植民地とはいえ、完全に自由貿易ですし、他国の大商会に存在感で負けるのも、まあ」


 言われてみれば、たしかに関税だとかの話を聞いていない。

 自由貿易か。合理的だ。小国のアゼルランドが植民地の利益を囲い込もうとしたら、その瞬間に軍事力でボコボコにされるだろう。


「それとですな。アゼルランド商会の商人ファルコネッタ・ヤーコプが、ニューロンデナム領主と冒険者ギルドマスターへそれぞれ別に面会を申し込んでおりますぞ」

「……なら、二回会ってみるか。別人のフリでもして」

「それでいきましょうか」


 ほほほ、とデーヴが含み笑いを漏らした。

 しょうもないイタズラだが、こういうのが人生を豊かにするのだ。


 そういうわけで、俺は商人が泊まっている宿へ向かった。


「ファルコネッタ・ヤーコプはいるか?」

「はあい……」


 気だるげな雰囲気の女が、俺に振り返った。


「……でっ……」


 でかい……!

 うつ伏せでも海に浮かべそうなぐらいでかい……!

 脂肪で出来た天然浮き輪かよ……っ!? あれに掴まりてえ……!


「……?」

「ああ、えっと。俺はアンリ・ギルマス。冒険者ギルドのマスターだ」


 視線を落とさないように努力しながら、彼女へ挨拶する。


「ファルコネッタです……よろしく……」


 隈のある目を眠そうに震わせている。


「それで、話があるそうだが」

「ええと……ギルド主導で、魔物素材を加工してるそうですね……」

「ああ」

「ギルドの窓口で売られている商品の価格……魔物素材の相場を考えると、あまりに低い……つまり、冒険者を相手に稼ぐつもりはないということ……」


 ファルコネッタが腕を組んだ。

 思わず視線が下がる。でっ……いや、雑念を追い払うんだ。

 この商人の分析は正しい。油断ならない相手だ、会話に集中しろ。

 あっでもやっぱ胸でけえ……。


「輸出ですか……? 財源に見込んでるのは……」

「そうだ」

「でしたら、荷を預けるのに最適なのはアゼルランド商会です……航海で船を失う率がもっとも低いのは、わたしたちですから……」


 マジの商談だ。気合を入れなければ。

 ……あっ、腕を組み直した……その拍子にぷるんっと胸が揺れてる……。


「素材も加工品も、相場より五割高く買い取ります……加えて、最終的な売価の二十%を買取価格に上乗せして支払いましょう……ですから、アゼルランド商会に専売権を……」


 めちゃくちゃな条件だ。

 そんな条件を提示してくるということは、それだけやっても稼げるということ。

 それぐらい冒険者ギルドが将来的に利益を生むだろうと思っているらしい。

 正解だ、ファルコネッタ・ヤーコプ。


「それはできない。専売権をめぐる戦争になる」

「……」


 ファルコネッタが微笑んだ。


「……冒険者ギルドの戦力を、戦争に使う気はないということですね……安心しました……今まで通り、安心して自由貿易を続けられます……」


 ダメ元で独占契約を結べないか試しつつ、俺のスタンスを試してきたか。

 眠そうな顔して油断ならないやつだ。こいつは味方につけておくべきだろう。

 ……おっぱいもでかいし。いや関係ないが。


「オークションですか……?」

「オークションだ」


 俺なら分かるだろう、と見込まれたのか、話が飛んだ。

 専売ではない以上、どこの商会もギルドから魔物の素材や加工品を買い取りたがる。

 だが供給が安定しないから定期的な契約は結びにくいし、めったに手に入らないような貴重品は争奪戦になる。買い手と値段を決めるための手段が必要だ。

 無難なのはオークション。最も高い値をつけた商会が商品を手に入れる。


「商品を落札した商会の船が、”海賊”に襲われますが……」


 商品を落札するより効率のいい手がある。

 大海原で海賊行為をして商品を略奪することだ。

 海の上に統治者はいない。その気になれば、目撃者もゼロにできる。

 大きな商会が自ら海賊行為に出てもおかしくない、ということだ。


「冒険者ギルドから依頼(クエスト)を出し、落札者が高額商品を輸送する際に冒険者を同行させる。商品を乗せた船を襲うことは、すなわち冒険者ギルドに喧嘩を売ることだと知らせれば、襲撃の頻度は減るはずだ」


 ゼロにはならないだろう。ルバートのような、後ろ盾のない海賊もいる。

 そういう相手は、いくら脅しても無駄だ。


「……よく考えられている……これからも、長くつきあいたいものですね……」

「ああ。仲良くやっていこう」

「わたしたちは、しばらく近辺の海で短距離の交易をやっていますから……他の街に広めたい商品があれば、請け負いますよ……〈ポーション〉とか……」


 転売させたがってるのもバレてるか。

 まあ、バレて悪いことはない。お互いに利益のある話だ。


「薬屋をちらりと見ましたが……製造は途切れていないし、倉庫との間に馬車が行き来している……あのペースなら、五百瓶ほど余剰在庫がありますよね……?」

「……正解だ」


 恐ろしい推察能力だ。

 これが本物の、商会を回すような商人か。


「一瓶あたり銀貨一枚で、その全てを買い取りましょう……金貨五枚で……」

「銀貨一枚。高い……噂の届いていない場所で売り抜ける気か」

「このあたりは、やることがなくて金を溜め込むばかりの成金が多いですから……」

「分かった。ただし、恨まれるほど派手には騙さないでくれよ」

「任せておいてください……どうせ、成金からすればはした金です……」


 俺たちは握手を交わした。商談成立。

 運営のために垂れ流してきた赤字を余裕で補える額だ。

 これでギルドが黒字化したことになる。一応は、だが。


「……いい取引でした、ギルドマスターのアンリ・ギルマスさん……」

「ああ」


 ファルコネッタ・ヤーコプ。敵に回したくない女だ。でかいし。

 これだけ優秀だと、そう簡単に味方につけることもできないだろう。でかいし。

 互いに利益のある取引を続け、信頼を重ねていくしかない。でかい。


「あの……あまり、胸ばかり見ないでください……」


 げっ。バレてた。


「す、すまない」

「恥ずかしいので……」


 彼女は身をよじった。


「それで……その……では、ギルマスではなく領主としてのあなたと話を……」

「実は別人なんだ。待っててくれ。今、アンリ・リョウシューを呼んでくるから」


 ファルコネッタは苦笑した。


「あ、あはは。勇気がありますね……嫌いじゃないですよ……」


 ド滑り……っ!

 待てよ。冷静になれば、こんなネタが面白いはずがない。

 やはり……疲れが溜まって、俺はちょっと暴走気味なのか?

 そうか、それで巨大おっぱいに視線が吸い寄せられていくのか。

 疲れているなら仕方がないな……。


「だ、だから、恥ずかしいですってえ……」

「すまない」


 いや仕方ないわけがない。頑張って視線を顔に戻す。

 俺は冷静になった。よし。

 冷静になったついでに気付いた。ファルコネッタがギルドマスターと領主へそれぞれ面会要請を出したのも、俺がどっちを優先してるか試すための作戦か。


「あの、不足しているだろう物資を持ってきましたので……」


 食料や木材、弾薬などをかなりの安値で売ってもらった。

 赤字覚悟という雰囲気でもない。彼女の手腕が仕入れの方でも効いているのだろう。

 何はともあれ、でかいコネができたな。


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― 新着の感想 ―
[一言] 男性相手なら有利な材料を持った女商人だな
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