なんでもない南国の一日
ギルドと領主の仕事をダブルでこなしているせいで、少し忙しすぎる。
体力に自信はあるほうだが、それでも疲れが溜まっていくのは避けられない。
そろそろ休みを入れるべきだとは分かっているんだが……。
「あんりー」
領主館で書類仕事をやっている俺の袖を、エクトラが引っ張ってきた。
「なんだ」
「わがはいも神殿がほしいのだー」
「無茶言うな」
「ねー、あーんーりー……」
上目遣いで甘えてくるものだから、少しぐっときた。
これが神殿なんていう無茶な要求じゃなければホイホイ応じていただろう。
「ロンデナが持ってるんだから、わがはいのもー」
「まだ早い。もう少し信者が増えて大人になったら作ってやるから」
エクトラの髪をわしゃわしゃ撫でてやる。
緩みかけた頬をわざと膨らませて、エクトラがそっぽを向いた。
でも、感情を隠しきれずに尻尾が左右に揺れている。
「大人になったら、なんて言葉を真に受けると、大人になったときバカを見るのだ!」
「誰の受け売りだ?」
「デヴ!」
「ちゃんと間を伸ばしてやれ!」
ほっほっほ、と笑いながら、デーヴが腹をつまんでいる。
「なあに。この脂肪はですな、海に出たあと飢えないようにするためなのですぞ」
「アザラシみたいだな」
「ええ。ですから、私がおやつを食べて酒を飲むのは海のためなのですとも」
「本当か?」
「ほんとかー?」
「……ほんとですとも! ただのデヴとは違うのです!」
彼は目を逸らして、仕事に戻る。
なんだかダラダラとした空気が流れていて、あまり手が進まない。
南国の暖かな午後と、爽やかで臭いのまったくない潮風が悪い。
ああ、あの金色に輝く砂浜へ寝転がってまどろみに身を任せたい……。
「というかエクトラ、神殿の役割は分かってるのか?」
「神様をあがめる場所なのだ!」
「それもそうだが、同時に、神様が神官へ神託を与える場でもある」
「はー」
「エクトラ、夢の中で信者の声が聞こえてきたことはないか?」
「んー、なんとなくあるのだ。かわいいって言われてたのだ!」
当然だ。信者もそういう思いを抱くだろう。エクトラはかわいいからな。
「神とその信者は繋がっているから、そういう事も起きうるんだ。さらに神殿を造り、いろいろな設備を整えた上で祈りを捧げれば、はっきりと声を交わすこともできる」
「なるほどなのだ!」
「そういう交信を通じて、神から神官へ神託を与えるわけだ」
まだ信者も少なく活動範囲も狭いエクトラなら、神殿は要らない。
大掛かりな設備なんて作らなくても、自分で会いに行って喋ればいい。
そう伝えると、エクトラは大きく頷いた。
「分かったのだ! 喋ってくるのだ!」
彼女はどたどた階下へ走っていく。
「デーヴ。後は頼む」
俺は彼女を追いかけることにした。
「すこし過保護じゃありませんか」
「俺は名目上、一応は神の巫女だぞ。側に仕えるのが役割だ」
「巫女にして騎士にして領主にしてギルドマスター、ですか。そんな調子では、いつか体を壊しますぞ?」
「大丈夫だ。エクトラに構ってれば俺の体力は回復する」
「……あながち嘘とも言い切れないのが困りものですな」
外へ走っていったエクトラは、冒険者ギルドを始点に街中を練り歩いた。
すれ違った人から果物や肉をもらっては嬉しそうに食べている。
食べ方が汚いから、エクトラの着ているポンチョに色々な汚れが。後で洗わなければ。
「おお、おれたち冒険者の守り神さまだあ!」
木で足場を組んで家を直していた大工たちが、わっ、と盛り上がった。
木こりがやりたいと俺に頼んできた男の姿もある。
足場に使われている木をよく見ると、まだ水気の多い新鮮なものだ。
「おうい、木こりの依頼の調子はどうだ!」
エクトラが通り過ぎたあとで、俺は聞いてみた。
「上々ですわ、あっちゅうまに必要分集まりましたわ!」
「なによりだ!」
「おかげさまでー! また機会があれば、依頼出させてもらいますわ!」
上手くいったようだ。
遅れ気味だった街の修繕も、これで加速していくだろう。
活用の例が出たことで、少しづつ依頼の数も増えていくだろう。
前の方で、いきなりエクトラが角を曲がった。
見失わないようについていく。
「……なにしてるのだ?」
と、エクトラが腕を組んで待ち構えていた。
「なんか視線を感じるから、妙だと思ったのだ! ふしんしゃだぞアンリ!」
い、言われてみれば。
「だが、俺は付き人だ。お前を見守るのも仕事のうちだ」
「……たしかにー!」
ちょろい……。
「どうせアンリなら別にいいのだ! 裸も見せてるし今更なのだ!」
通行人が「えっ」という顔で俺のことを見ている。
説明しておこう。
「まあ、俺は巫女だからな」
「えっ」
顔だけに留まらず、疑問の声まで出させてしまった。
……確かに変な勘違いを招くかもしれない。もっと説明しておこう。
「書類のミスがあって、何故か巫女をやることになったんだ」
「えっ? そんなミスある?」
「……ハッ!」
た、確かに……!
「まさか……! 俺を女にしたくてしょうがない何者かの大陰謀が……!」
「えっ……?」
「なに言ってるのだ!?」
エクトラにツッコミをされるとは。完全に頭がぼんやりしている。
これも南国の陽気が悪い。こうなったらなんとしてでも昼寝してやる。
「もしかしてアンリ、疲れてるのだ……?」
「なに? いや、そんなことはない。なんでも、俺は疲れると決まって暴走するらしいんだが、今の俺は特に暴走していないし冷静だからな」
特に暴走した覚えもないのだが、昔の知り合いは皆そう言っていた。
「よし。エクトラ。砂浜に行くぞ」
「なんで!?」
「浜が俺を呼んでいるからだ!」
このあと二人でめちゃくちゃ昼寝した。




