ギルドの依頼
午前のうちに領主としての業務をこなし、午後にはギルドマスターとして冒険者ギルドの指揮をとる。
そんな生活にも慣れてきたころ、じわじわと冒険者の志望者が増え始めた。
噂が外に広まりはじめ、ニューロンデナムに人手が集まってきているのだ。
「ポーションを転売させた甲斐はあったか」
半分ぐらいは冒険者としての一獲千金を狙っているが、もう半分ぐらいは違う。
冒険者用の店でポーションを仕入れ、転売するためにやってきている。
楽して金が手に入るのだから当然だろう。
「ギルドマスター、ちょっといいですか?」
二階の執務室で仕事をしていると、受付嬢のハンナが俺と話をしに来た。
「本当に、ポーションの価格はあのままでいいんですか?」
「構わない」
「でも、転売するためだけに冒険者試験受けてる人たちすら居ますよ?」
「それでいいんだ。そいつらはギルドの広告塔になってくれてるんだからな」
「広告塔……」
「商人見習いだろう? 狙いは分かるんじゃないか?」
ハンナは少し考えて、彼女なりの考えを言った。
「そうですね。冒険者になれば安値のポーションが買える、っていうのは噂になりますし、みんなこぞって冒険者の資格を手に入れたがりますし」
「そうだ。こんな儲け話が噂にならないはずがない。冒険者ギルドの宣伝費として考えれば、ポーションの利益を捨てるぐらいは安いものだ。それに、高価な転売が成立するのは一瞬だけだからな」
「なるほど。ポーションを銅貨五枚で買えると広まれば、あまり高くは売れないですね」
ギルドにとって、転売はそこまでの損にならない。
価格を統制して高値で売りつけるようなやり方はしないからだ。
「最初は濡れ手に栗で稼いだ転売屋も、すぐに利益が減っていくわけだ。すると?」
「すると……。次の儲け話を探しますね」
「それは冒険者だ。ゴブリン一匹で銀貨一枚。他の商売よりよほど魅力的だろう」
ポーションを買うためにはギルドカードが必要だ。
つまり転売屋は全員が冒険者資格を持っている。
儲け話を失った彼らの前に、おあつらえ向きな商売が転がっている。
「賭けてもいいが、転売屋はほとんどが冒険者稼業に手を出すはずだ」
「おお、なるほど……」
冒険者の数が増えていけば、ギルドに出来ることも増える。
顧客から依頼を受け付けたり、ギルドから冒険者へ直々に仕事を斡旋したりするようなことも可能になるはずだ。
「冒険者ギルドの広告を打ちつつ、冒険者の数をも増やす作戦なんですね。すごい……」
「そうでもないな。優秀な商人なら誰でも思いつくレベルの話だ」
思いついても、商人ならポーションの供給を絞って高値で売るだろうが……。
俺は金を稼ぐんじゃなく、街とギルドを繁栄させるのが目的だ。
俺はギルドの書類に目を通す。
試験を受験したがるパーティの数は増え続けている。
合格率も高い。まあ難しい試験ではない。ジャンに試験官を任せられるぐらいだ。
「ところでハンナ、冒険者たちは街からどのぐらいまで離れてるんだ?」
「遠くへ行ってるパーティですと、かなり。移動に何時間もかかるような奥地で狩りをやってる人たちもいるみたいで」
「そうか。周辺が安全になってきてるんだな」
実際、まだ一度も魔物による街の襲撃は起きていない。
討伐の効果が出ているのだろう。
「ギルドマスター? お客さんですよー」
別の受付嬢が、誰かを連れて執務室へやってきた。
軽く机を片付けて客を迎え入れる。
日焼けした肌と筋肉質な男。肉体労働者のようだ。
「領主様、木こりの許可がほしいんですわ」
「木こり? ……ん? 木こりのギルドか何か、あるんじゃないのか?」
「いやいや領主様。つい最近まで、森の中は魔物だらけだったんで、木こりなんか一人もおりませんわ」
そ、そうだったのか。確かに、書類で木こりを見た覚えがない。
「じゃあ、今まで船の修理と建築用の木材はどこから?」
「そりゃ、ニュークールシですわ。あそこは妖精に守られた安全な森があるっちゅうんで、人間界の品で取引して伐採しとると」
名前は知っている町だ。ニューロンデナムから船で数時間ぐらいの場所にある。
「話は分かった。となると、まずは木こりの団体を設立するところからだな」
個人に許可を与えると、流石にちょっと不平等な特権になってしまう。
まったく規制せず自由に伐採を許可すれば、それはそれで制御が効かなくなる。
「ええ、団体? そんなめんどっちいことせんで、パパッと仕事にかからせてくれませんかね。木がねえと、城壁の修理も家の修理も進まねえんですわ」
ふむ。確かにその通り。何か方法は……あ。
「冒険者の資格は持ってるか?」
「ええ、まあ。そりゃね」
「分かった。冒険者ギルドを通して、木材調達の依頼を出そう」
よし、これで行けるはずだ。
「ははあ。冒険者ギルドねえ。領主様がギルドマスターもやってるんっていうんだから、確かにそりゃあ話が手っ取り早くていいですわ」
「ハンナ、もう依頼用の掲示板は作ってあったよな?」
隣で話を聞いていたハンナが、はい、と頷いた。
「よし。今から依頼を作って張り出してくれ」
「おお、今日から始められるんか! すげえや、領主様は話の分かるお人ですわ!」
日焼けした男は俺の手を熱心に握りしめ、一階に戻っていった。
ちょうどいい機会だったな。そろそろ依頼のシステムも動かす時期だ。
冒険者ギルドをただの魔物素材の買取屋にしておくんじゃもったいない。
この街の人々のために、いろいろと活用していくとしよう。




