ニューロンデナムの夜明け
(ジャン視点)
ジャンは意気揚々とボロいベッドから飛び起きた。
彼は自警団員のリーダーだが、給料が出ているわけではない。
本職は船の荷物を積み下ろしする荷役だ。稼ぎも悪かった。
だが、今では違う。一人あたりゴブリンニ匹を倒し、銀貨ニ枚もの大金を稼げたのだ!
一日中ずっと荷役として働いた日の給料にして、ニ日分。
実際はそんなに仕事がないので、一週間分ぐらいの稼ぎだ。
「よっしゃー! 稼ぎにいくかー!」
さっそく冒険者ギルドを訪れた彼は、いきなり度肝を抜かれた。
窓口の横に店があり、そこで〈ポーション〉を売っている。
あれは魔物の素材から作る薬。つまり、本国の貴族でしか飲めないような薬だ。
「りょ、領主様! なんなんだこりゃ!?」
自ら店頭に立っているアンリへと、ジャンが尋ねる。
「領主代理だ。俺はあくまでギルドマスターだぞ」
「おっと、そうだったっけ」
そうは言われても、みんなアンリのことを新領主だと思っている。
前領主に負けないぐらい人気が高い。
気取らず民と直接話すし、的確な計画を立てて街の復興を進めている。
これで一言多い性格がなければ、人気が出すぎて大変なことになっていたところだ。
「で、なんなんだよ!? このポーションの数と、値段!」
ジャンは店に掲げられた値札を読んだ。
ポーション一瓶が、銅貨にして八枚。
鬼のように安い。しかも、ガラス瓶を返却すると銅貨三枚が戻ってくるという。
実質、たったの銅貨五枚。大衆食堂の料理と同じぐらいの値段だ。
ただし、冒険者一人につき一瓶まで、という販売制限がされている。
「ポーションみたいな魔法薬って、金貨とか出てくる価格なんじゃ!?」
「価格の大半は、海を渡るためのコストだ。それでもまあ、まだポーションの値段は銀貨数十枚ぐらいだろうが」
「一瓶でオレの月収より高いっ!?」
「今はな。だが、銅貨五枚が将来的な適正価格なんだ。魔物を狩れるようになれば、ポーションの価格はすぐに下落する。値下がりすることが分かっているのに高値で売りたくはない」
転売はするなよ、とアンリは言った。
絶対だぞ、と念押しまでした。
他の街にポーションを持っていくだけで銀貨がざくざく手に入るけど、絶対に転売するなよ、と冒険者たちに聞こえるような声で更に念を押した。
罰則はないが、とまで付け加えた。
「分かった! 絶対に転売はしないぜ!」
「……お、お前は正直なやつだな、ジャン」
それからジャンは仲間と合流し、全員分のポーションを買った。
加えて、稼ぎをはたいてゴブリン皮の防具や骨の槍を購入する。
更に弾を補充すると、パーティ全員がすっかり一文無しだ。
「稼ぎにいくぞー!」
「おーっ!」
それでも、今の冒険者ギルドならどうにかなる。
彼らは意気揚々と街を出て、さっそくゴブリンの痕跡を見つけた。
足跡を辿って密林を漕いで進めば、すぐにゴブリンの集団がいた。
やや多い。十匹以上が固まっている。
無理はしないように、と受付嬢やギルドマスターから言いつけられてはいるが……。
「やっちゃうか」
彼らはノリで決断し、交戦した。
〈サポーター〉の仲間を先行させて、ジャンと〈アタッカー〉たちは機をうかがう。
ジャンの背中には両手斧があり、手には骨の槍があった。
脆いかわりに切れ味鋭いと聞かされ、使いたくなって買ってしまったのだ。
「……あ、ヤバっ」
〈サポーター〉が妨害したところへ斬りかかろうとしたジャンが踏みとどまる。
敵が多すぎて、転ばせた相手を狙おうとすると、他のゴブリンから狙われる。
数で負けていればそうなるのは当然だ。
あまり頭が良くないジャンだって、喧嘩の経験でそれぐらい分かる。
「うおっ!」
ジャンの胴体を、ゴブリンが握った棍棒で殴りつける。
「痛っ……くない?」
防具が衝撃を防いでいる。
ジャンはとっさに骨の槍を振るった。
すると、楽にゴブリンの体へ穂先が刺さる。
エクトラの紋章による効果に武器が合わさり、相乗効果で切れ味が凄まじい。
「強っ!?」
時を同じくして、仲間たちも似たような驚きの叫びをあげていた。
ギルドで買った装備が、ひたすらに強い!
「いけるぞー! やっちまえー!」
ジャンたちは勢いづいて、そのままゴブリンを全滅させた。
反撃を食らって怪我した者にポーションを飲ませれば、みるみるうちに傷が治る。
「や、やっべえ……すっげー! 魔物って、こんな楽に倒せんの!?」
「あのギルドマスター、何者なんだよ……」
明らかに、実力ではなく装備の力で勝たせてもらった戦いだ。
実力のほうも、教えてもらった戦術が大半を占めている。
つまり、全てをアンリ・ギルマスが操っている。
「なあ……オレたちの領主様、めちゃくちゃすごくない?」
ジャンの言葉へ、仲間たちが一斉にうなずいた。
「……無理せずに、ここで帰っとくか! 領主様も無理するなって言ってたしな!」
そういうわけで、ジャンたちは今日の冒険者稼業を切り上げた。
成果のゴブリン十匹を運び込む。五人で山分けして、一人頭で銀貨二枚づつ。
「なあ、領主様!」
まだギルドの店頭に立っているアンリへ、ジャンが話しかけた。
「だから、俺はギルドマスターだ」
「もっといい装備ってないのか!? 金が余っちまうよ!」
「稼ぎで遊ぶより、装備を整えたがるか。いい心がけだな、ジャン」
「だってよ、滅茶苦茶すげえじゃんか! しかもこれ、ゴブリンの装備だろ? まだまだ上があるってことだろ!?」
「その通り」
アンリは会心の笑みを浮かべている。
「そんなお前のために、サハギン装備の一式も用意した。こっちは値上がりして、防具だけでも銀貨五枚だ。値段に見合う強さだぞ。ゆっくり稼げ」
「ああ! 明日からも頑張って冒険者やるぜ!」
ジャンは明るい未来を思い描いて、心をワクワクさせた。
「……ほんとにありがてえや。領主様のおかげだ」
彼は港湾の荷役だ。
偉そうな商人に頭を下げながら荷物を運ぶだけの代わり映えしない日々を送っていた。
生活には閉塞感しかなかった。
気を紛らわすため自警団を作っても、それは変わらなかった。
「俺はやるべき事をしているだけだ。褒められるようなものでもない」
「褒め言葉は素直に受け取ってくれよ、領主様?」
そうした閉塞感を覚えていたのは、彼だけではない。
ニューロンデナムという街そのものが行き詰まっていたのだ。
度重なる魔物の襲撃を受けて弱っていくばかりで、滅びも目に見えていた。
南国の楽園なんて宣伝文句に踊らされて、開拓地になんて来なければよかった。
それがジャンの、皆の本心だった。
アンリ・ギルマスが現れるまでは。
「俺だけじゃないんだ。ニューロンデナムの皆が、あんたに感謝してるよ」
そのとき、アンリの左手が輝いた。
紋章とも呼べないようなぐちゃぐちゃとした曲線が、形を変化させていく。
そして、砂浜と波を象ったような紋章へと変化した。
「それって……ロンデナ様の紋章か!?」
ジャンが腕の袖をまくり、自分の紋章を確かめる。同じものが輝いていた。
未だに線は少なく、他の神の紋章に比べれば未完成なことが分かる。
だが、一歩前進したことは疑いようがない。
アンリ・ギルマスのおかげで、ニューロンデナムは活気を取り戻しつつある。
それと同時に、この街の神も体調が良くなり、力が増したのだろう。
「ロンデナ様」
アンリは左手の紋章を見つめ、目を閉じて祈った。
「約束は果たす。ニューロンデナムは、今よりずっといい街になるぞ」




