冒険者ギルドの始まり
〈冒険者ギルド〉の窓から外の様子を伺うと、朝から行列が出来ていた。
彼らの目的は、試験を受けて〈ギルドカード〉を得ることだ。
未熟すぎる者が冒険者になって死ぬのを防ぐために、俺は冒険者の免許を設定した。
簡単な試験をやって、大丈夫そうなら〈ギルドカード〉を発行し、これが冒険者として活動する免許になるというわけだ。
「ハンナ。案内は任せるぞ」
「はい」
現場の指揮はハンナに任せている。
数名いるギルド職員の中だと、ハンナが最も優秀だ。
単身で海を渡って商売をやろうとするだけはある。
応対や査定、ギルドカードの登録といった仕事ならまったく問題ないだろう。
ギルドの中に置かれた柱時計を見る。開くまではあと数分だ。
俺はギルドに併設した室内訓練場へ向かう。
木で出来た人型の標的と、壁に掛かった各種の武器。
床は固めた土で、平らすぎず実戦に近い足場だ。狭めだが、上等な設備だろう。
「アンリ。いよいよなのだな」
「ああ」
試験場の隅に立つエクトラが、そわそわと翼を揺らしている。
試験に合格した者へ直々に祝福を与えるのが、彼女の仕事だ。
扉が開く音がした。
わっ、と熱気が押し寄せる。
「冒険者ギルドへ、ようこそ!」
ハンナほか数名の職員が、一斉に挨拶した。
……あまり列を作る文化がないのか、集まった人の並び方はぐちゃぐちゃだ。
それでも、窓口からちゃんと声をかけて列を作らせている。
「それでは、左手の訓練場へどうぞ!」
最初のパーティがやってきた。
ジャンの率いる自警団だ。彼らなら心配はいらないだろう。
「試験内容の説明だ。あの標的を魔物だと想定し、〈サポーター〉と〈アタッカー〉に分かれて戦え」
「おう、前に教えてくれたやつだな!」
ジャンたちは、俺が教えた通りの動きをやった。
サポーターたちが動きを妨害し、そこへアタッカーが斬りかかる。
完璧には程遠いが、油断しなければゴブリンぐらいなら倒せるだろう。
「合格だ。望むなら、冒険者の神エクトラから祝福を授かることもできるぞ」
「もちろん望むぜ!」
「当然なのだ! さあ、こっちに来るのだ!」
エクトラがジャンたちを並ばせて、祝福を授ける。
「われは〈冒険神〉エクトラ、天頂より灯もて導く冒険者の守護神! わが神名の下に、祝福を授けん!」
ジャンたちの体に紋章が刻まれる。
腕を選んだ者も居れば、頬の目立つ位置に刻んだものも居た。
「さあ、行って来い!」
俺は彼らの背中を押した。
冒険者パーティ第一号が、意気揚々と外へ向かう。
入れ替わりで、次のパーティが入ってきた。
彼らも問題なく試験を通った。ジャンに教えてもらったようだ。
希望者の受け付けも試験も、順調に回っていた。
しばらくすると、冒険者希望者の列は途切れはじめた。
ニューロンデナムはそこまで大きな街ではない。
冒険者になれるような若い男女の数に、そもそも限りがある。
「こ、困ります!」
受付のほうから揉め事の気配がした。
様子を確かめに行く。
「一人じゃ冒険者になれねえってのはどういうこったよ、ああ!?」
酔っ払った大柄な男が、窓口の職員へ叫んでいる。
「……外していいですよ。私が対応します」
ハンナが席を変わり、男と向き合った。動じていない。
「魔物を狩るためには、パーティで役割を分担する必要があります。ですから、一人で試験を受けることはできません。その説明は聞きましたよね」
「知るかよ! この〈大熊〉のガリシッド様を雑魚どもと一緒にするんじゃねえ!」
確かにこの男、ジャンたちに比べて一回り強そうだ。
喧嘩なら負けたことがない、ぐらいの実力はあるんだろう。
だが、海賊公ルバートのような強者に比べればはるかに格下だ。
一人で魔物を狩ってよし、と許可を出すには弱い。
「いいぞ。試験を付けてやろう」
「何を偉そうに!」
「偉いんだ。俺がギルドマスターだからな」
彼を試験場に招く。
「実力に自信があるんだろう? 俺が直々に相手をしてやろう」
「言ったな? 後悔するなよ」
ギルドの中にいた冒険者希望の男たちが、試験場へと野次馬に集まってくる。
ちょうどいい機会だ。ガツンとやってやろう。
「かかってこい」
「だりゃあっ!」
昔はそれなりに稽古していたらしい、そこそこの斬撃だ。
受け流し、カウンターで切っ先を突きつける。
「っ!」
「偶然かもな。もう一回やってもいいぞ」
「くそがっ!」
俺は剣を下げたまま、ひょいひょいと足さばきで攻撃をかわし続けた。
バテたところで足を引っ掛けて、転がしてやる。
「その程度か?」
「う、うるせえ!」
男が全力で振るった剣に、俺の全力をぶつける。
剣が飛んでいき、壁に突き刺さった。
……一日目から内装に傷を付けてしまった。まあ、訓練場だし。
「おい。あまり魔物をなめるな。その程度の実力じゃ、ゴブリンにだって遅れを取るぞ? お前がバカにしてる”雑魚”連中のほうが、態度がいいだけはるかにマシだ」
「……!!!」
ガリシッドは顔を真っ赤にしてギルドから逃げていった。
「す、すごい! あの〈大熊〉のガリシッドが!」
「どんだけ強いんだよ!? やべー!」
「マジリスペクトっす! パネーっす!」
野次馬たちが騒いでいる。
「真面目に正しく訓練していれば、あの程度の男は一月で追い越せる。大事なのは続けることだ。それが出来ないと、ああいう半端者になるしかない。覚えておくといい」
俺は壁に突き刺さった剣を抜きながら、言った。
「さあ、次はお前たちの番だ。試験をやるぞ」
「えっ!? む、無理ですっ!?」
「いや、俺と戦うんじゃなくて……」
そんな調子で試験を進めていくと、昼頃には希望者も途絶えた。
そのかわり、ちらほらと魔物の討伐に成功した冒険者が現れる。
ハンナが外へ出ていって、魔物の死体を査定し、窓口に戻って銀貨を渡す。
……ちょっと効率が悪いかもしれない。
魔物の持ち込みと査定専用の小屋か何かを作るべきだろうか?
陽が落ちたころ、冒険者ギルドは本日の営業を終えた。
本日の討伐成果、ゴブリン七匹と魔狼一匹。
怪我した冒険者が二人、重傷はゼロ人。初日なら十分な成果だろう。
「ふう」
苦労した甲斐があって、冒険者ギルドの滑り出しは順調だ。
「やったな、アンリ! うまくいってるのだ!」
「ああ。ひとまず回りはじめたな」
やるべき事はまだ大量にある。
今の冒険者ギルドは赤字を垂れ流すだけの存在だ。
集めた魔物素材をうまく金に換えなければいけない。
ここからが本番だが、それでも、俺はエクトラと祝杯を交わした。
うまくいったんだ。まずは今日を喜び、明日のことは明日に考えよう。




