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ギルド作りの第一歩


 数時間後、日が落ちるころ。

 ガレオン船に乗っていた海兵隊の協力もあり、ニューロンデナムは完全に解放された。


「報酬は不要だと、領主に伝えておいてくれ」


 ガレオン船の艦長はそう言い残し、素早く撤収していった。

 この街で補給することができない以上、急いで他の港へ行く必要があるのだろう。


「アンリ・ギルマスさま。こちらへ」


 神殿に戻った俺達は、ささやかな宴で出迎えられた。

 出されたのは、雑味の混ざったワインとふくらみきっていないパンだけ。

 それでも船上の食事よりははるかにマシだ。


 一緒についてきた水兵たちも、大喜びで食べ、飲み、笑った。

 ……事情があったとはいえ、彼らは元の船から離脱したことになる。

 後で話を通しておかなければいけないな。


 宴が一段落したころ、俺は神官長へ仕事の話を切り出した。


「俺たちの来た目的は聞いているのか?」

「はい。ロンデナ様より、神託を通して聞いております」

「ということは、領主にも第二の目的が伝わっているんだな? 話が早そうだ」

「……それが」


 神官長が口ごもった。


「領主様は戦死なされました。民衆を砦へと逃がすための殿に、自ら立たれ……」

「……お悔やみ申し上げる。手紙を通して話しただけだが、人の良い男だった」


 残念だ。俺たちにも協力的で、一緒に仕事がしやすい人間だったのだが。


「誰が領主の後を継ぐことになるんだ?」

「神託を通じ、正式な領主が派遣されるまでの代理は指定されております」

「それは?」

「アンリ・ギルマス様。あなたです」

「失礼。耳がおかしくなった。もう一度聞いても?」

「あなたです」


 本気か? ギルドマスターの設立業務に加えて、領主の業務まで?

 とてもじゃないが、一人でさばける仕事の量じゃない。


「……そこまで人材が居ないのか?」

「いえ。近頃は魔物の襲撃が活発化しておりまして。魔物に立ち向かえる力を持った人間でなければ領主は務まらないだろう、と」

「そうか……」


 この周辺は魔物だらけの不安定な植民地だ。

 魔物を倒す専門家が領主に最もふさわしい、と言われれば反論はできない。


「分かった。引き受けはする。だが、あくまで代理だ。本腰は冒険者ギルド設立の方に入れさせてもらう」

「ありがたい。これで民衆の不安も和らぐでしょう」

「……ところで、前領主の下にいた文官は生き残っているんだろうな?」

「いえ……全滅しました」


 ……どうしろっていうんだ。


「デーヴ。とりあえず補佐についてくれ」

「ええっ!? 私ですか!? まあ、書類仕事ぐらいは出来ないこともありませんが」

「あとは……神官長、領主の館は無事か? 書類が見たい」


 宴会を途中で抜け出して、俺とデーヴは領主館へ向かった。

 後ろからエクトラもくっついてきた。


「わがはいを置いてこうなんてひどいぞ! 神と巫女はいつでも一心同体なのだ!」

「だが、疲れてるだろう? 休んだほうが良い」

「疲れてるけど、アンリが仕事するならわがはいもおしごとするのだ!」


 エクトラは尻尾を振り回しながら言った。

 なんて健気なんだ……やっぱりエクトラはかわいいな……。


「分かった。じゃあ、領主館を見て回って、どこにどんな部屋があったか教えてくれ」


 街の外れに立つ館は、質素な二階建てのレンガ作りだった。

 実用性を優先した、四角くて飾りっ気のない家だ。

 前領主の人柄が伺える。


 譲り受けた鍵で、俺たち三人は館へ足を踏み入れた。

 受付カウンターらしき場所に、海から見たニューロンデナムの絵画が飾られている。

 どうやら、民衆からの陳情もここで受け付けていたようだ。


「見てくるのだー!」


 エクトラが片っ端からドアを開けて、中を眺めている。

 彼女に間取りチェックの仕事を任せ、俺達は二階の執務室へ向かった。


「おおっ! 書類が種類別の年代順で整理されていますぞっ!」

「マメなんだな。これなら何とかなるか……」


 机のカンテラに魔法で火を灯す。

 何気なく、引き出しを開いた。目立つところに手紙が置かれている。

 ……”後任者へ”?


「デーヴ、来てくれ」


 二人で手紙の中身を見た。

 簡潔な言葉で最近の情勢がまとめられている。

 ……こんな手紙を用意しようと思うぐらいには、苦しい状況だったようだ。


 ”アンリ・ギルマス。もしこれを読んでいるのが君ならば。何を置いても、冒険者ギルドの設立を優先してほしい。軍隊を動かしての対応では絶対に間に合わない襲撃頻度だ。民衆が冒険者になり、自衛できる戦力を持たなければ、我々は全滅する”


「だろうな」


 手紙を置き、ぐりぐりと肩を回す。


「仕事にかかろう。デーヴ、お前は統治に関わる書類を読んで状況を把握してくれ。俺は冒険者ギルドへ関係しそうなことに集中したい」

「う、ううむ。私に出来るかどうか」

「軍隊の高級士官なんて、上官へ書類を書くのが仕事みたいなものじゃないのか? 書けるなら、読めるだろう」

「……まあ、やれるだけやってみますか……」


 夜を通して書類と睨み合い、俺は考えを巡らせる。

 魔物の討伐は金になる仕事だ。だが、それは魔物素材の加工業あってのこと。

 冒険者が廃れて長い旧世界ではすっかり魔物素材の利用ノウハウが失われている。

 ましてこちらの植民地群では、素材といえば商人に売って食料と変えるものだ。

 売って飯の種にしているのだから加工して利用しようとは思わないだろう。


 まずはその意識を変えるところから始める必要がある。

 万神殿の古文書を読み漁って、重要なアイテムの製法はメモしておいた。

 手始めには、薬草と魔石から作る〈ポーション〉が良いだろう。

 度重なる魔物の襲撃で、この街には怪我人が多いはず。


 薬草の供給については心配する必要がない。

 このあたりでは、ラム酒に薬草を入れた薬酒(モヒート)が人気だと聞く。

 そんな酒を造れるぐらい、薬草は余っているってことだ。


 魔石も心配はいらない。魔物を倒せば必ず取れる魔力の源だ。

 魔石の加工に使う機材も博物館から引っ張り出して持ってきた。


 あとはポーションを民衆に広めれば、魔物素材を加工して使おうという気運も生まれるはず。そうなれば、魔物を倒して素材を集めたがる人間も出るだろう。


「ポーションをアピールするなら、今が絶好の機会かもしれないな」

「今?」


 ふわあ、とあくびをしながら、デーヴが呟く。


「今だ。朝になれば民衆が帰ってくる。そこが絶好のチャンスだ」

「……今から、朝までに、何かをするのですかな」

「そうだ」

「ホッホ……元気でよろしいですな。流石に、私は無理ですぞ」

「限界か? なら仮眠を取っておいてくれ。朝に手伝いを頼むから」

「ええ。戦った日に徹夜できるほど、私はもう若くありませんからな……」

「ああ。おやすみ。……エクトラ、いるか!」


 どたどた騒がしい足音が寄ってくる。


「アンリー! この家、すごいのだ! 万神殿のわがはいの部屋よりずっと広いのだ!」

「だろうな」


 下っ端の神に広いスペースを割り当てられるほど、万神殿は広くない。


「今から力仕事をする必要がある。魔石を砕いて粉にするんだ。やれるか?」

「任せるのだー!」



- - -



「朝ですぞ!」


 はっ。デーヴの声で目が覚めた。

 そうだ。領主館の庭で魔石を砕きおわり、ポーションを醸造している最中だった。


「ま、まずい! 間に合わなくなる!」


 徹夜ぐらい行けると思ったんだが……予想外に疲れが溜まっている。

 長い航海と戦闘が重なれば、そうもなるか。無茶をしすぎた……。


「心配は御無用ですぞ。醸造はやっておきました」


 木製の荷車に、ずらりとポーションの瓶が並んでいる。


「メモ通りの製法で作ったつもりですが、これで良かったですかな?」


 一つ瓶を選び、一口つける。

 魔力が優しく体に染み渡り、疲労を和らげた。


「完璧だ。これなら説得力がある。ありがとう」

「いえいえ。副船長……いえ、ギルドマスター。エクトラは連れて行かれますかな」


 大の字で……いや、尻尾を入れれば”木の字”になって、エクトラが寝っ転がっている。

 ……更に翼と角を含めて、”来”の字と言うべきだろうか。ゴテゴテだ。


「ベッドに寝かせておいてくれるか?」


 エクトラは十分によくやってくれた。

 魔石を砕く機材のハンドルを力任せにゴリゴリやってくれたおかげで、時間のかかる工程がすぐ終わったのだ。


「分かりました。では、幸運を」

「ああ」


 日が上ってくると、近くの砦へ避難していた民衆が戻りはじめた。

 俺は城壁の門で彼らを待ち受けて、神官長と共に彼らを歓迎する。


「疲れただろう! ポーションを飲んでくれ、怪我にも効くぞ!」


 通り掛かる人々へとひたすら声をかけ、ポーションを勧める。


「おおっ!? なんだこりゃ、薬酒よりもぜんぜん効くな!? すっげえ!」

「まあ! 肩こりが消えちゃったわよ、若返った気分だわあ!」


 評判は上々だ。


「あんたが街を解放したっていう新領主のアンリさまか! なあ、剣を見せてくれよ!」

「あーらやだ、なかなか男前じゃない!」

「領主代理だ。俺はあくまで冒険者ギルドのマスターにすぎない」

「冒険者ギルド?」

「そうだ」


 俺は周囲にも聞こえるような大声で言った。


「この〈ポーション〉のような魔法の品を作るために、魔物を狩って素材を集める。それが冒険者だ。昔、旧大陸に魔物がいたころは、そういう仕事があったんだ」

「へーえ?」

「でも、魔物を倒すなんて……軍隊でも手こずるのにねえ」

「心配は要らない。冒険者の神エクトラから祝福を受ければ魔物に対して強くなれる。それに、冒険者になろうという者には、俺が自ら指導をつけるぞ」


 好意的なざわめきが、街へ帰ってくる民衆の列を飛び交った。

 よし。

 冒険者ギルドを作るための第一歩は、うまく踏み出せた。




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