理由
小高い丘の神殿から街の様子を確かめる。
いたるところで戦闘が起きている。
旗色はあまり良くない。マスケット銃の弾では魔物を仕留めきれないし、片手で扱うサーベルでは魔物を斬るには威力が足りない。
むしろ昔ながらの剣や弓のほうが、魔物退治には向いている。
特に、ガレオン船から降りてきたアゼルランド王国海兵隊が苦戦している。
練度は高いのだが、密集した戦列を組み銃を斉射したところで効果は薄い。
俊敏な魔物を相手に固まったところで、大きな的になるだけだ。
丘を駆け降り、その勢いを長剣に乗せて助太刀に入る。
斧のように先端が重いバランスの剣を振るい、到着と同時に魔物を両断する。
その勢いを殺さず一回転し、魔物を一気に薙ぎ払う。
一瞬のうちに戦況が傾き、魔物が次々と討たれていった。
「ひ……一人で? こっちは苦戦してるってのに、そんなあっさり……?」
「戦争の技と、魔物を殺す技は別だ。冒険者になれば誰でもこのぐらいはできる」
海兵隊の何人かが、ごくりと唾を飲んだのが見えた。
そのうちギルドに来るだろうか。
「お前が化け物なだけじゃないのか……? しかし、助かったぞ!」
「構わない。他にどこか戦況の苦しいところは」
「いや! 見たかぎり、どこも勝っている!」
確かにその通りだ。
ルバートの海賊団も含め、魔物の勢いが鈍っている。
襲撃の目標だった神殿を守ったことで戦況が変わったのだろうか。
俺は剣から血を払い、ふたたび神殿のある丘に戻った。
街を一望する。川の方向からも銃声が聞こえてきた。
〈エクトラ号〉に残っていた水兵たちも魔物の掃討に加わったようだ。
どこも援護の必要はない。ふたたび街に降り、単独で掃討に移る。
住民が戻ってきたとき困らないよう、路地裏や家の中に隠れた魔物を掃除した。
あらかたカタがついたころ、予想外の光景が見えた。
ルバートの一味らしき集団が、略奪品らしき物品を港へ運んでいる。
「……あの野郎!」
全力疾走で港の桟橋へと向かう。
金目のものや食料が次々と海賊船へ運び込まれていた。
「何か文句でもあるのかよ、アンリ?」
腕を組んだルバートが、下品な笑みを浮かべている。
「大ありだ。略奪を見過ごすわけにはいかない。続けるようなら、斬る」
「おいおい。俺たちに野垂れ死ねってのか? 略奪しなきゃ生きてけねえんだよ」
「いくらでも道はあるだろう。旧大陸との貿易で、十分に稼げるはずだ」
「そうだろうな。俺のことを魔王呼ばわりする奴らがいなけりゃあなっ!」
口角から泡を飛ばして、ルバートが叫ぶ。
「ふざけやがって! 俺たちゃサハギンに襲われた村を助けに行ってたんだぞ! なのにどいつもこいつも俺たちを襲撃の黒幕だと思ってやがる!」
嘘を言っているようには見えなかった。
だが、信じるには早い。噂通りの悪人なら、人を騙すぐらいはやるだろう。
「こんな状況でまともに交易が出来るってんなら、やってみせてもらいたいもんだ! 俺たちゃ海賊として生きてくしかねえ!」
「自分たちが生きるために、どれぐらい人を殺した? 後戻りできる可能性はある」
「……最低限だ。直接人を襲ったことはほとんどねえよ。だってな、サハギンの襲撃を受けた村は、応戦するよりは逃げて命を守るもんだろ?」
そこを狙って、火事場泥棒で物資だけ持ってくのさ、とルバートは言った。
最低限。最低限か。あの密航者に錘をつけて沈めたのは、最低限だろうか。
わからないな。あの密航者からも悪者の気配がする。
「その過程で、多少なり魔物は殺してやるようにしてる。……俺たちが奪った物資のせいで飢えるやつは出たかもしれないが……俺たちが魔物を追い払わなきゃ、そいつらはそもそも村に戻ることすらできねえんだ。仕方のねえことだ」
少なくとも根っからの悪人じゃない。俺は確信した。
本当の悪党は、物資を奪ったことで誰かが飢える、なんてことに気を回さない。
噂のような大悪党なら気にしているフリすら出来ないはずだ。
「ルバート。俺はこれから、この一帯に冒険者ギルドを設立する。よければ……」
「仇ィッ!」
いきなり突進してきた男が、ナイフをルバートに突き刺そうとした。
……ルバートの船から海に沈められた、元密航者の男だ!
「止めろっ!」
慌てて取り押さえる。
「放せ! こいつはおれたちの仇だ! こいつが村を壊したんだっ!」
「待て! 勘違いかもしれない。よく話を聞いてみろ」
「話だと!? この野郎の話を聞けって!?」
「そうだ。俺に助けられた身だろう。その恩返しだと思って、話を聞いてみろ」
胸の傷を押さえたルバートは、しばらく何も言わなかった。
「……こいつの村を潰したのは俺だ。大悪党の海賊公ルバート様だ!」
「な……」
「ほら見ろ! やっぱり悪人じゃないか!」
「その通りだぜ! せいぜい俺に襲われないよう、村をよおく固めておくんだな!」
ガハハ、と笑いながら、彼は桟橋へと歩いていった。
「……今更いい顔できるかよってんだ……」
その呟きを、俺は聞き逃さなかった。
元密航者の男を地面に投げ捨てて、彼に問う。
「海賊として死ぬつもりか」
「チッ。耳が良い」
彼は立ち止まる。
「止まれねえよ。まともに生きていけねえならず者どもが、俺の下に集まってるんだ」
彼の背中には、色々なものが感じられた。
……魔物だらけの植民地での生活が、楽であるはずがない。
食い扶持を失ってやむなく海賊になるものが出るのも当然だ。
「冒険者ギルドなら、そいつらの受け皿になれるはずだ!」
「作ってから言いやがれ。行くぞ、お前ら!」
ルバートとその一味は、海賊船に物資を積んで出港していった。
「そうだな……作ってから、改めて言いに行くことにする」
俺は拳を固めた。
冒険者ギルドを成功させなければいけない理由が、また一つ増えてしまった。




