身体測定
アンズベルム学園の施設の1つ、唯一、常時魔法の許可されている体育館で初回の授業が行われていた。
厳密には授業と言うよりは授業の時間を使った身体測定的なものだ。
通常の人間の測定なら全校生徒200人あまりの人数でも、別々に行えば1時間もかからないで終えることが出来る。
例えば測るのは身長や体重、視力などだからだ。
しかし、魔法使いが測るのはそんなものじゃない。
魔力量、魔力放出量、魔法練度、魔力操作力、魔法適正、魔法防御…と、上げればキリがない。
出来ることと出来ないことを事細かに把握し、進路に役立てたり、授業内容が変わったりするらしい。
今日一日は生徒全員が測定にかかりっきりで職員以外にも学園にいるほぼ全ての魔法使いが人手が足りない為出動される年に1回の日だ。
そして入学したばかりの1年生が他学年と一番最初に出会う日でもある。
ここで周りに才能を示せれば優秀な魔法使いとして注目され、良き師に恵まれたり、将来の就職先で重宝されたり、人間とは少し違うこの学院の部活動に積極的に勧誘されたりする為今までの実力を見せる1年間で1番の日と言える。
積み上げた努力の分だけ。
磨いた才能の分だけ。
周りにも負けなく光れる宝石のような魔法使いがこの200人あまりの中に居るのだろう。
もちろんアベルもそうなりたいし、並々ならぬ努力をしている自負はある。
だが、それが結果に直結するとは限らない。
まあ、今は無理でも来年に越せば良いだけの話だが。
体育館の中はまるで屋内であることを感じさせないほど広く、塀と同じように堅牢に作られている。
今年の新1年生の注目株は最強の魔法使いは誰か?そんな話になる度に上がる学園長の息子であるレオ=ファザールだ。
魔力量、洞察力、知識、どれもずば抜けていてそれ以外の魔法の素質もさることながら彼の魔法の師は父親である学園長なのだ。
才能とそれを育てる場所がそれぞれ完璧と言える状態で揃っている。
そして彼と少しでも話したことがある人なら分かるだろうが彼は妥協をしたり努力を怠ったりする性格ではない。
その実力は上級生を含めても上の方に入れるだろう。
それに対しアベルは努力こそして来たものの環境が良いとは決して言えない。
彼にも両親がが居たが数年前に亡くなっており親族も居ない。
その中で教えて貰った魔法の基礎練習方法、彼らが残した魔法の研究資料や魔法のコツや練習方法をまとめたノートを見たりして練習してきたのだ。
不遇なれど地道に突き進み今この場所に立っている。
しかし、魔法の修練において避ける技術を練習し続けた為、魔力操作以外の項目で遅れを取る事になる。
担任のヴィルソンに連れられる形で32名の生徒が身体測定をし始める。
それから日が暮れるまでの約9時間、慣れない魔力の使いすぎにより気だるい体を動かして寮の自室に戻る。
そのまま身を投げ出すようにベットに倒れ込み息を深く吸いながら手を肩の上にやるようにして目を塞いだ。
込み上げてくるのは、周りに対する自分への劣等感。
まさか、あそこまで彼らと自分に差があるとは思わなかった。
魔力操作では周りに比べて出来ていた自信があるがそれ以外がからっきしダメだった。
1番問題だったのは魔力放出速度だ。
一気に魔力を放出するのに体が慣れていない。
今、体が重い理由の半分はこれが原因だろう。
自分が周りよりも劣っていたのは予想はしていた。
周りが魔法使いとしてレベルを上げる事に重きを置いているのに対し、アベルは魔法戦闘の、避ける分野に重きを置いていたから。
でも、実際に周りと比べてみれば自分の考えの甘さが目立つ。
現状は自分が思っているよりも随分と酷いものだった。
これからは鍛錬の量を増やさなければならないだろう。
自分がこのレベルの高い学園に合格したのが奇跡のように思えてくる。
問題なのは今じゃない、現状が限界じゃない。
そんな事が分かりきってても心に来るものがある。
しかし、この状況はむしろ肯定的に捉えるべきだ。
今日で自分の苦手な部分を把握出来た。
それはアベルにとって成長出来る機会になる。
しばらくベットに身を預けて、淀んだ思考をまとめる。
今、するべき事と後回しにすべき事これからすべき事ここに来た理由とこの人生の目標を。
落ち込んでないと言えば嘘だが、先程よりはましになっただろう。
ベットから起き上がり部屋を出る。
向かうのは常時解放されて魔法が使える体育館だ。
とにかく体を動かしたい。
まだ春先で少し肌寒く、空には幾数の星と主役のように彼を月が照らしている。
体育館に着くと、中には誰も居なかった。
約9時間も魔法を行使する機会なんてあまりないのだから休みたいのだろう。
苦手な魔力放出量を考慮しながら他の分野の練習をする。
今年に注目されていたレオは物凄かった。
極限まで磨かれた才能のレベルを知った。
それに対して自分は何を誇れるだろうか。
彼は全ての項目で堂々と上級生の中でもトップに立ったのだ。
後は経験と魔法の知識を埋めれば間違いなくどこの場でも活躍出来る。
あまりにも場違いな実力をこの目でしっかりと見た。
その逆に自分はこの学園の全ての魔法使いの中で1番下なのだ。
だが、しり込みしてはいけない。
『志し高く、今は無理でも次に繋げれば必ず出来ないことは無い。』
よく、父が口にしていた言葉だ。
今でも1字1句違わず言える。
それがアベルの魔法使いとしてのモットーで、彼も母もそんな父の前向きな言葉と態度が好きだった。
今ではもう二度と会えなくても、この言葉は彼の中で深く息づいている。
しかし、魔法の練習も数十分と持たない。
いつも放出している量を越えると制御が上手くいかない。
魔力操作なら得意なはずなのにどうしても感覚が狂う。
これ以上の量で魔力が操作出来ない。
例えるなら、これ以上力めないほど力を入れてるのに少し力を入れている時と力の出方が変わらない様な状況に陥っている。
それがいつまで経っても放出量を上げるきっかけすら掴ませてくれない。
それがどうしょうもなくむず痒い。
やりたいことが出来ない、体が思うように動かない。
なのに、同じことを同じように繰り返すしかない。
突破する為の案が思い至らない。
不意に、後ろから足音が響いた。
直ぐに杖を下げて後ろを向く。
足音の正体は、彼と同じ新1年生のレオだった。
見られた、と彼の脳内は焦った。
別に見られて困るようなことはしていないがレベルが劣る者に対してどう思うかなんて分からない。
彼はこの学校一の逸材なのだ。
アベルは当たり前だが人に見下されて良い気はしない、今の状況なら尚更に。
だが、レオが放ったのは人を馬鹿にするような発言ではなかった。
「魔力放出の時は魔力を杖に流してそのまま放出するんじゃなくて杖に1度貯めてから放つものだ覚えておけ。魔力操作がそこまでできるのだから練習をせんでも少しの理解さえあれば大抵の事はできる。」
それは、アベルに対する助言だった。
先程から見ていたのか、それとも先程着いたばかりなのにそこまで導き出せたのか、それは分からないが後者だとしたら洞察力の高さが見て取れる。
そして行き詰まった彼に対しての助言だけではなく同時に励まされているのだ、まだ上を目指せる、と。
「ありがとう。」
それだけ言ってアベルは練習を再開する。
レオの言った通りに杖に魔力を貯めてから放出すると思った以上に魔力を安定して大量に放出できた。
改めて魔法でのイメージの重要性を再確認させられる。
すると気を計らったのかレオがもう一度口を開く。
「やはり俺の言った通りだな。だがかなり初歩的な事だ師には恵まれなかったのか?」
初歩的な事、アベルは今までそんな所で躓いて居たのだ。
それなら当然疑問も出てくるだろう。
この学園に入る時点である程度の才能が認められているのだから。
「両親が居たんだけど亡くなってそこからは1人で暮らしてるんだ。親族も居ないし拾ってくれる人も居なかったから師匠なんて居なかったな。」
アベルは少し過去の思い出を脳裏で振り返るように、そう言った。
少しの沈黙のあと、レオが口を開く。
「───そうか、気遣いが出来なくてすまない。なら、俺が教えてやろう。このままだと授業に支障をきたしかねん。それに昔の自分を見ているようで危なっかしい、良く似たような間違いをしたものだ。」
育つ環境が良かったのだろう、決して自分の力を傲る事無く接するレオ。
そんな彼を見ていてアベルは自分の足らなさをまたも確認する。
ここに来て自分が思っていたよりも広い世界を知れる。
そういう意味でもここはいい学園なのだろう。
自分の右手を相手に差し出しながら、アベルは口を開く。
「アベル=アイナートだ。これからもご教授頼む。」
「ちゃんとした挨拶はまだだったな。レオ=ファザールだ。手厳しく行くぞ覚悟しておけ。」
硬く握手を交わしあう。
自分が思ったよりも彼は良い人で少し申し訳なくなる。
「時間は空いてるな?今から始めるとするか。気になる点はなんだ?」
「そうだな…。じゃあ────」
レオはアベルにとって始めて親以外での師として、同級生として、あるいは友として、関係を気づくことになる。
まだ長く夜は続いていた。
サボってすんません。短くてすんません。次は早くあげます…。ここまで読んで下さりありがとうございます。