ホームドア
「西栗坂、西栗坂。お出口左側です」
いつもの通勤路線。
いつもの帰り道。
いつも通り俺以外誰もいない車内に、ただアナウンスだけが響く。
自宅の最寄り駅の二つ手前のこの駅で乗り降りする人間を見たことがない――この時間でも、そうでなくても。
路線図のはるか先で都心に通じてはいるものの、この辺りは過疎な田舎。ここはこの路線にはいくつもある山間にポツンとある駅だ。
去年か一昨年か、この路線のすべての駅にホームドアが設置されたが、どうにもこの駅にはその必要を感じない。何しろホームに人を見たことがないのだ。
西栗坂は山間の小さな町だ。ここでは夜の8時を過ぎれば駅はおろか、町の中にすら通行人を見つけることは困難だろう。
「……」
俺はスマートフォンを取り出し、その画面に目を落とす。
ここから自宅の最寄り駅まで10分かそこら。正直時間を潰す程のこともない。
「駆け込み乗車おやめください。ドア閉まります」
動作確認の意味しかなさない発車ベルと同時にアナウンスが響く。
俺はスマートフォンの画面に視線を落とす――いや、凝視する。
他の何も見えないように。
無人のホームが見えないように。
ドアの閉まる音。それにかぶさるようなホームドアのそれ。一拍遅れて、今日もその判断が正解だったと伝えるアナウンスが、無人のホームに響く。
「ホームドアから離れてください。電車が発車できません」