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「最後にして最初の人類」への幻想

作者: 豪陽

小説「最後にして最初の人類」を読了しました。これでオラフ・ステープルドンの四大作品を読んだことになります。記念に短い小説を書いてみました。まったく稚拙な作品ですが、ある創作をリスペクトして新しい創作を作ることは最高の返礼の形式であると考えるからです。

1949年2月アメリカ合衆国ニューメキシコ州ホワイトサンズ。白茶けた砂丘の上に青空が広がっていた。

広大な区画の中央に設けられた発射台上にロケットが据えられていた。尾部に矢尻型の翼を付けた流線形、先端には一回り径の小さい円筒型のロケットが取り付けられている。ロケットは打ち上げ姿勢の解析を容易にするため全体を白と黒に塗り分けられている。ドイツのV2ロケットとアメリカで開発されたコーポラルロケットを組み合せた観測ロケットバンパーであった。

要員と支援車両は既に退避し、映画撮影班とレーダー追跡班は持ち場で待機している。打ち上げへのカウントダウンが始まっていた。技術者達は固唾を飲んで見守る。

「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、ゴー」

バンパーロケットは轟音を土煙を上げながらゆっくりと発射台から上昇していく。透明に近い火炎を吐きながらロケットは徐々にスピードを上げていく。

「行け!、そのまま姿勢を崩すな!」

多くの失敗を見てきた設計主任は思わず立ち上がり叫ぶ。

ロケットは一度揺らめいたかのように見えたが立ち直し、矢のように上昇していく。成層圏を越え小さくなっていくロケットの姿。やがて、むしろ黒くさえ見える群青の空にロケットは吸い込まれて見えなくなった。

設計主任は電話を取る。

「電報を頼む。あて先は....」

彼は電話会社のオペレーターにあて先と電文を伝えながら、過ぎし日々の事を思い出していた。


1930年にオラフ・ステープルドンによって発表された小説「最後にして最初の人類」の反響は大きかった。20億年にもおよぶ人類の未来史、その壮大な想像力と哲学は絶賛された。しかしある人々にとってはフィクション以上のショックであった。「20億年後の人類の声」を聞いたのは作家だけではなかったからである。様々な人がそれを聞き、夢か精神の混乱だと思った。しかし「最後にして最初の人類」を読み、確かな未来からの伝達であると理解し、行動に反映させた人々もいたのである。設計主任もそのひとりであった。


歴史の必然性は同時に可能性をも意味している。宇宙からの脅威は大きい。この地球は人類の永遠のゆりかごではない。

未来の人類の間違いは過去に耽溺し未来への挑戦が遅れたことにある。もっと早い時期に死に物狂いで宇宙に進出したら他の恒星系まで植民できたかもしれない。

宇宙飛行実現のための技術を早く開発すべきなのだ。

まず始めることだ。

初めは原始的な試みに過ぎないかもしれないし自分の世代ではゴールを見ることはないかもしれない。

しかし正しい志ならば後世の人びとが必ず実現してくれる。そう自分は信じる。

大学も出ていない若造だったが設計主任は決意したのだった。


宇宙飛行に必要な技術はロケット、核エネルギー、コンピューターである。原子力ロケットによるロボット宇宙船で人類の種をまくのが最も早期に実現できるであろう。

また技術を育成するため国際情勢の安定も必要であろう。大量破壊戦争は避けなければならない。ヨーロッパの知性の壊滅を避けるために安全地帯へ退避させなければならない。またアメリカはより大きな責任を持つべきだ。

知識は行動を促す。

若き日の設計主任だけでなく多くの人が行動した。その活動で世界が変わり始めた。


イングランド北西部の田舎町コーディーのよく手入れされたこじんまりとした家に電報が届く。

「ロケット宇宙到達、高度新記録」

老いた作家にして哲学者は静かにそれを読み感慨にふける。

多くの素晴らしい人々の顔。思いもよらない大物も、一世紀に何人も出ないであろう天才もいた。年寄りも若い人も。英国に限らず諸大陸にも。

彼らはある未来の声を聞き、密かに協力して人類の未来の苦痛を小さくしようと各分野で雄々しく活動したのだ。

偉大な知性にして幻視者であった老作家は目を閉じて思う。

人類の歴史の方向性は変化したように見える。では、20億年後の「最後の人類」はどうなったのだろう。

我々の行為によりある未来が消滅してしまったのだろうか。

あるいはその未来と新しく引かれた未来が並立しているのだろうか。

分岐点で枝分かれして、可能性がすべて並行して存在する時空。

宇宙は思っていたよりもずっと大きいことになる。

思えば「最後の人類」も過去に感応することはできても未来を見ることはできないと言っていた。

では、なぜ20億年後の人類と現世代が通信できたのか。

あのビジョンの20億年の人類の苦闘の意味は何なのか。

すべての可能性に実在性が付与されるような宇宙での人間存在の意味は何か。

老作家の思索は尽きることがなかったのである。

<終>







拙い小説とも言えないような小文を読んで頂きありがとうございました。

「最後にして最初の人類」は1930年に発表された小説で、作者のオラフ・ステープルドンは今から70年前の1950年に死んでいます。SFの歴史に大きな影響を与えた古典的作品と言われることが多いのですが、力強い物語で2020年の現代でも読む価値のある小説だと思いました。

もちろん「最後にして最初の人類」は小説でありステープルドンのイマジネーションの産物で、ある未来から受信したという事はフィクションです。

しかし「最後にして最初の人類」の時間線と私たちの2020年現在との関係をもう少し現実的な緊張感をもったものにできないかと思いました。

また、原作小説を読んでいて思った不満、宇宙観がやや古い点、技術が生物学と心理学に偏重しすぎで宇宙工学が貧弱である点、過去への耽溺は魅惑的な罠である点、それらも盛り込みました。

オラフ・ステープルドンの「最後にして最初の人類」は本当に面白い小説なので機会があれば是非とも読んでみてください。

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