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教会に泊まった夜、俺はまたあの真っ白な空間に立っていた。
「気が付いたようですね」
俺の前には笑顔を浮かべる女神がティーカップ片手に優雅に椅子に座っていた。
「女神様、ごきげんよう」
「はい、りくさんごきげんよう」
4回目ともなれば、お互いに慣れてきたものでだいぶフランクな関係になっている。
ちなみに3回目はグリフォンを倒して、『力の欠片』を手に入れた次の日だ。
「今回は何か用事でもありましたか?」
「いえ、今回はたまたま泊まれる宿がなくて教会に泊めてもらいました」
「そうですか。大変でしたね」
「これも経験だと思えば、たいした事ないです」
「そうですね。ウフフ、ならせっかく来たのですからお茶でもどうですか?」
「はい、いただきます」
女神様の対面に座ると目の前にティーカップが現れる。
砂糖もどうぞと薦められ、角砂糖を二つ、ゆっくりと混ぜてから女神様に習い、ソーサーごと持ち上げてカップに口をつける。
それだけで紅茶の良い香りが口の中に広がり、心が安らいでいく。
「お口に合いましたか?」
「はい、こんなにおいしい紅茶は初めてです」
「なら良かったです」
そう言って、ティーカップ片手に静かに微笑む女神様の姿は大層、絵になる。
他愛ない話をして、おかわりした紅茶が尽きたところで長いするのも悪いかと思いおいとまさせてもらう。
「今日はあなたのおかげで大変楽しい一時を過ごせました」
「こちらこそ、おいしい紅茶をごちそうさまでした」
久しぶりの糖分も摂取出来たことで気分は良好だ。
「気に入ってくれたようでなによりです。また、いつでも来てくださいね」
「はい!『力の欠片』を手に入れたらまた来ます」
「はい、あなたの頑張りに期待してますね」
「そうでは女神様、またの機会にお会いしましょう」
俺の言葉を最後に意識はホワイトアウトしていった。
◇
礼拝堂にある窓から朝陽が射し込み、新しい今日が始まる。透明度の低いガラスは朝陽を和らげ、優しく俺の顔を照らす。
早朝の礼拝堂は物音ひとつなく、清廉とした雰囲気が漂う。女神様と神界で会っていたのは実は夢だったのではと錯覚しそうになる程だ。
毛布を捲ればひんやりとした空気が眠気を吹き飛ばし、身体が活性化していく。
起き上がると自身に《ピュア》の魔法を掛けて、身体を浄化してベット替わりに使っていたベンチを元の位置に戻す。
ついでに借りた毛布にも魔法を掛けて綺麗にしておく。
借りた以上、綺麗にして返すのは褒められた行為だろう。
綺麗にした毛布を丁寧に折り畳んでいると礼拝堂の奥の扉が開き、おじいちゃん神父が姿を現す。
「起きておられましたか」
「はい、昨夜はお世話になりました。これはほんの気持ちです」
そう言って、毛布を返しつつ500Gを手渡す。
だいたい普通の宿と変わらない金額だ。
教会を出る前に礼拝堂に飾られる女神像に一礼すると気のせいか、俺には女神像が優しく微笑んだように見えた。
きっと、錯覚ではないと思う。
おじいちゃん神父に感謝されて教会を後にする。
教会から一歩踏み出せば、昨晩とは違い通りには生活している人達が行き交う。
堅いベンチで寝たからか少し固まった身体を伸ばし、歩き出す。
まずは魔物の解体と魔物狩りで生活費を稼ぐためにも冒険者ギルドで情報収集しようと思う。
冒険者ギルドに向かう途中、屋台で肉と野菜をパンで挟んだサンドイッチらしき物を買い、かぶり付きながら歩く。
朝の冒険者ギルドは想像通り、混みあっており遠巻きにクエストボードを眺める。
クエストボードの前は依頼を取り合う激しい争奪戦が繰り広げられており、俺からしたらなかなかの混沌だ。
ギルド内を眺めていると、いくつかわかったことがある。
争奪戦や依頼を受ける冒険者達とは別にクエストボードから少し離れた所ではパーティーメンバーの募集などが行われていることに気付いた。
眺めている間、何回か見た目からか俺も荷物持ちとして声を掛けられたが今のところ誰とも組むつもりはないので丁重に断っておいた。
そして、どうやらこの町にいる冒険者達の数はだいたい100人いるかいないかくらいだと思われる。
あくまで俺集計だけど。
受付カウンターは2つでディアさんともう一人の受付嬢は慣れた感じで次々に冒険者達を捌いていき、30分程でギルド内は驚くほど、静かになった。残っているのは俺の他にパーティーメンバー募集から溢れた者が数人。
メンバーに選ばれなかったことを考えて、何か問題のある人達かもしれないので顔を覚えておこうと思う。
ギルド内が落ち着いたこともあり、朝の依頼ラッシュに揉まれ、少し疲れているディアさんの元に行く。
「ディアさん、おはようございます」
「りく君、おはよう」
さっきまで疲れて元気がなかったのが嘘のように華のような笑顔で挨拶してくれる。きっと、これがプロフェッショナルというやつなのだろう。
「カウンターに来るのがちょっと、遅いけど他の冒険者達に気圧されて出遅れちゃったのかな?」
「それについては否定出来ないですけど、依頼を受ける前に色々と聞きたいことがあって、空くのを待ってました」
「わざわざ待ってまで私に声を掛けるなんて、ひょっとしてデートのお誘いかしら?うふふ」
「ディアさんなら誘ってみたいとも思うんですが今日は昨日、聞きそびれた解体の仕事についてとこの町の周辺にいる魔物の事について、聞きたいです」
どういう訳か年が近い同年代の女の子が相手だと緊張してまともに話も出来ないのにディアさんが相手だと自然体で話せるのは年上の女性が持つという包容力の為せる業というやつなのだろうか。
「あら、残念。普通に流されてお姉さん、ショックだわ」
完全にからかわれている。
「それは兎に角、命の危険と隣り合わせの冒険者として情報収集する姿勢、お姉さん感心しちゃうわ」
年上のお姉さんに褒められるのも悪くない。
ディアさんに好印象を抱かせることが出来た俺はその後、すんなりと聞きたかった情報を手にすることが出来た。
俺の希望する解体業務は現在、ギルドマスターに確認中らしく、近々返事が返ってくるだろうとのことだ。
そして、やはり冒険者になる人達の多くは脳筋ばかりで俺のように事前に調べる人は珍しいらしく、残念ながら資料とかは少ないとのこと。
その少ない資料を見せてもらいつつ、詳しく知るためにディアさんにも質問していく。
資料は確かに少なく教科書くらいの本でページ数は30ページ程。
余裕で一時間もかからずに読破してしまった。
しかし、これで俺の当分の目標の目処が立った。
まずはこの町の周辺に生息する魔物は全部で9種類。
大概が近くの森に生息していることがわかった。
魔物の種類は『跳兎』、『大牙鼠』、『種飛ばし草』、『糸吐き芋虫』、『大爪烏丸』、『小鬼人』、『突進猪』、『森狼』、『三日月梟』となっていた。
これからの目標はこの9種類の魔物を各1000匹ずつ倒してコンプリートすることだ。